第3話
1DKのマンションの角部屋。目覚ましの音が響き渡る朝5時。トーストを焼いて支度に取り掛かる。
寝るとき以外は執事服を着用しており、執事服を着るからには、髪の毛から何まできっかり整えておかないと不自然なので、早めに起きて支度をする。鏡に映る茶色の眼がまだ眠たそうだ。
「よし、完璧だ」
全身が映る鏡で身だしなみを確認していると、ふと、その横に置かれた写真立てが目に入る。
4人家族の仲睦まじい写真。特に、真ん中に映る茶色の瞳が特徴的な双子の姉妹は瓜二つで、入れ替わっても絶対に、分からない。
「お嬢様、ねえ――」
写真立てを伏せて、常に持ち歩いているリュックサックを手に取り、最高級の卵を仕入れるべく、養鶏場に向かう。
管理人のおじさんに挨拶をし、どうぞどうぞと勧められるがまま、いくつか拾って帰る。ここの養鶏場では基本的に、9時頃に産卵するよう調整している。
ただし、産卵の時間帯を早く調整しているお嬢様専用の特別な個体がいるので、こうして朝ごはんに間に合わせることができるのだ。
「にしても、たっけえ卵なんだろうなぁ……」
1パック10個入りで168円を狙って買っていた時代が懐かしい。それを抜きにしたって、ここの卵はもともと高いのだろう。こっそり卵かけご飯にしたときは、とんでもなく美味しかったし。
ここは、屋敷の主が契約している養鶏場なので、オレは管理人に挨拶して朝イチの卵を選び持って帰るだけだが、果たして、契約料はいかほどか。
「ついでにオレの買い物も済ませるか――」
そのとき、どんと体に重く響くような破壊音がやってきた。
「怪人か!こんな朝早くから……公共交通機関が止まるだろ!時間を考えろ!」
大事な卵を管理人に預け、まだ眠っているであろう、お嬢様の携帯に電話をかける。
「もしもしお嬢!?」
「……この私を起こしたからには、よほどのことなんでしょうね?」
「怪人が出ました!養鶏場の近くです!」
「いや、なんで私を起こすのよ。倒すのはあんたの使命でしょうが。ふわあぁ……」
「オレはもう逃げてるから、あとは頼みました!」
「ちょっ――」
うちのお嬢様はベルトの力で、怪人のところまで瞬間移動できる。だから、詳しい場所を語る必要はない。
「……仕方ないだろ。仮面バトラーに選ばれたのは、オレじゃなくて、お姉様なんだから」
リュックサックから仮面を取り出し、被る。バトラーの象徴たる執事服は就寝時以外、常に着用している。――あの日から、ずっと。
怪人が世界に現れて、オレはお嬢様に選ばれた。その事実を偶然、オレだけが聞いてしまった。
――同時にお姉様をオレのバトラーとし、性別を偽らせることも。
瓜二つなオレとお姉様は、けれど、性格はまるで正反対だった。男の子のように走り回るオレと違い、お姉様は性格こそ悪いが、食べ方が綺麗だとよく褒められていた。
オレは、白が好きだった。お姉様は、黒が好きだった。
お母様たちがオレたちを見分けるのに、リボンの白と黒を選ばせることを知っていた。だからオレはお姉様に頼んで、あの日だけ、黒を――バトラーを譲ってもらったのだ。
お嬢様なんて窮屈な役回りは、絶対に嫌だったから。今でもそうだ。
それ以来、彼女はお嬢様、オレはバトラーとなった。
「ベルトさえ反応すれば、オレだって怪人と戦えるのに……」
しかし、お嬢様であるオレにベルトは応えず、お姉様にだけ、応えた。ベルトに選ばれたのだ。
ベルトは生体認証で、一度登録するとその者にしか使えない。オレとお嬢様は瓜二つの姉妹だが、それでも指紋は異なるし、まったくの鏡映しではない。
選ばれなかったオレにできるのは、今のところ、怪人の出現を察知することと、ぐちゃぐちゃになった街をもとに戻すことくらい。
変身ベルトを開発した会社がオレ専用に開発した特別な靴で速く走ることはできるが、それだけだ。怪人を倒すことは、できない。それでも。
「――さて。お嬢様を守りに行きますか」
守られるばかりは嫌なんだ。
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