第2話

 怪人を倒したその後、食べられていたカプセルは放出され、街は大方、元通りに。仕上げはオレが走り回ってやっておいた。


 ちなみにオレたちに助けられた女性は仮面を被ったオレたちを不審そうに見ながらも、お礼を言い、逃げるように慌てた様子で戻っていった。仮面を被っていないと、素性が割れて面倒なことになるだろうから仕方ない。


「召し上がれ」


 目の前でメインにトリュフを削ってかければ、完成だ。


 逃げ回って疲れたその足で、お嬢様のオーダーを叶えるべく、最高級のカニと牛を調達してきた。しかし、カニも牛も欲しいなんて、なんと食い意地の張ったお嬢様なのやら。


「いただきます。……まあまあね」


 この、まあまあ、というのは、天邪鬼なお嬢様なりの精一杯の褒め言葉だ。その一言を聞けるだけで嬉しくなってしまうのは、オレもバトラーらしくなってきたということなのだろう。


「お褒めに預かり光栄です」


 戦った後のお嬢様はとにかく、よく食べる。曰く、怪人なんていうのは珍味ではあるけれど、さほど美味しくはないらしく、口直しが必要だそうだ。


「でも、同じものでもその日によって味が変わるのはなんとかして。常に最高級を目指しなさい」


「あー、女性の味覚は毎日違うっていうからなあ」


「私の舌が悪いって言いたいのかしら?味覚が違うのも考慮した上で言ってるのよ。私を誰だと思ってるの?」


 確かに、食に関することでお嬢様に敵うはずがない。サッカーで戦うバトラーがいる中、カトラリーで戦うくらいだし。


「バトラーも、一口、食べる?」


 肉を一口分切り分けたお嬢様が、何の気の迷いからか、珍しく、そう言った。


「あ」


 と口を開けて待っていると、振り返りもせず、牛の刺さったフォークを掲げられたので、ありがたく頂戴する。


「んー、我ながら美味いなあ。しっかし、一口と言わず、もっと奮発してくれてもバチは当たらないと思うけど?」


「ふん。助けたのは一人だけなんだから、一口で十分よ」


 ――そういう意味か。


 食事中はお嬢様の斜め後ろで絶えず控えており、彼女が顔をわずかに動かせば、ナプキンで口元を拭う。


 背筋を真っ直ぐに伸ばし、決められた手順通り、お手本のようにカトラリーを扱い、小さな口で少しずつ食べるお嬢様。立ち居振る舞いだけ見れば間違いなく、満点のお嬢様なのだが。


「バトラー?何を考えてるの?」


「いんや。オレには真似できないなと思ってね」


「私に見惚れちゃだめよ?あなたはバトラーなんだから。いくら私のお世話ができて嬉しくても、気をしっかり持って私を守ってくれないと、ね?」


 振り返りざま、アメジストの瞳からウインクが飛んでくる。


「……お嬢様」


「なあに?改まって」


「見惚れるほどでもない上に、仕事でなければお嬢様のお世話など、絶対に、嫌でございます」


 シン、と、お嬢様が静かになる。カトラリーを音を立てないよう静かに置き、そして振り向き――オレの襟首を掴んで前後に揺する。


 お嬢様の馬鹿力で遠慮なくやられて、首がもげそうだ。


「はぁ〜〜〜!?この私のお世話ができるんだから、感謝しなさいよ!」


「お嬢がお嬢様でなければ、誰が好き好んでお……お嬢の世話などするものですか!」


 まるで、自分のお世話ができて幸せでしょ?みたいな言い方だったので、叩きのめしてやった。


「あー!言ったわね!?今、言っちゃいけないこと言った!謝りなさい!謝って!」


「ごめんなさーい。これで満足でございますか?」


「誠意が足りないわ!誠意!ちゃんと謝りなさい!大体、怪人を倒すのはいつも私じゃない!」


 ――ズキッ、と、心の傷が痛む。


「私は守られるべきお嬢様なのよ?そのお嬢様に守られてばかりで恥ずかしくないわけぇ?」


「それは、悪いと、思ってる」


 でも仕方ない。だって、いつも逃げ回ってばかりで、速く走ることくらいしかできないオレには、怪人を倒す力がないのだから。


「な、何よ。何か、言い返しなさいよ」


「――食事中に振り向いていると、マナーが悪いですよ。お嬢様」


「……悪かったわよ。言いすぎた」


 振り向いている上に反省して俯く背中で、肉とカニが隙だらけだ。カニの足を一本もいで、お嬢様が食事に向き直るのに合わせて持っていき、啜る。うん。美味い。


「……バトラー。カニ、食べたわね?」


「何のことでしょうか?」


「わなわなわな……。バトラー!明日のブレックファストはふわふわオムライスよ!いいわね!?」


 オムライスとなると、怪人の出現で卵が値上がりしており、スーパーの値札を見て泣く泣くやめたのを思い出す。お嬢様の分はスーパーでは買わず、朝一番の新鮮な卵しか使わない。正直、とても羨ましい。


「面倒だな……。てか、朝からめちゃくちゃ食べるじゃん」


「面倒!?バトラーの分際で面倒ですって!?とにかく、ふわふわとろとろのオムライスを食べないと、この苛立ちが収まらないの!」


 それだと朝までずっとぷりぷりしていることになるが、お嬢様は寝れば全部忘れているタイプだ。オムライスの気分であることだけは、覚えているだろうが。


「めちゃくちゃ食べる、の方にはツッコミなしかよ」


「たくさん食べるのは健康な証拠でしょ。太ってるわけじゃないし。ほら、返事!」


 確かに、お嬢様のスタイルは羨ましいくらいに整っている。ここまで自信に満ち溢れているのも当然か。


「――すべて、仰せのままに。我が最愛のお嬢様」


 まあ、仕方ない。これがオレの使命だ。

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