転校生

中里朔

星空

「あの、すみません。道をおたずねしたいんですが……」


 道に迷って、勇気を出して声をかけたのかな。

 上目遣いで僕に話しかけた女の子は、線が細く楚々そそとしていて、守ってあげたくなるような独特な空気をまとっていた。

「はい、いいですよ。どこまで行くんですか?」

 大人しそうな雰囲気の彼女に合わせるように、僕もできるだけ物腰柔らかく返事をしてみた。

桜岡さくらおか高校の場所を知りたいんです。駅からだいぶ歩いてきたのに、見つけられなくて……」

「えっ、桜岡高校は僕が通っている高校です。駅から来たのなら、だいぶ道をれましたね」

「そうなんですか。年明けから編入するので、場所を確認しておこうと思って……。でも、この辺りの地理に詳しくないから迷ってしまったんです」

「よかったら僕が高校まで案内します。駅からの近道も教えますよ」

「いいんですか? ありがとうございます。助かります」

 こんなかわいい子と一緒に歩く機会はそうそうない。こちらこそありがとうと言いたいくらいだ。

 すごく丁寧な言葉で話していたのに、お互い同じ1年生だと知って敬語で話すのはやめた。それなのに彼女の話し方はどことなく品がある。

 休日の高校を外から眺めたあと、駅まで歩きながら道順を教えた。

「どうもありがとう。挨拶が遅れちゃったけど、私、早瀬はやせ詩織しおり

「僕は北野きたの辰彦たつひこ。同じクラスになるといいね」



 親戚が来たりして、賑やかで慌ただしい正月が過ぎた。

 忘れていたわけではないが、年が明けた最初の授業の日に早瀬詩織が転校してきた。まさか本当に同じクラスになるとは思わなかったけど。

 年度が替わるまで桜岡高校の制服が手に入らないらしく、以前の高校の制服を着ている彼女はクラス以外でも生徒たちの目を惹き付けた。制服だけではなく、男子にとっては愛らしい姿も目で追ってしまう対象になるようだ。

「大人しそうだけどかわいいよな」

 友達の天宮あまみやが彼女を見ながら言う。「で? 年末に会った時に連絡先は交換したのか?」

「会ったばかりでそんなことしないよ。知っていたのは名前だけ」

 当の詩織は、女子に囲まれて質問攻めにあっている様子。

 一緒に歩いたあの日も同じ髪形だったかな。ポニーテールがよく似合っている。横顔に見惚れていたら、偶然こちらを向いた彼女と視線が合った。気付いたのかと思ったが、すぐに話しかけてきた女子の方に向き直った。

会ったのは道案内をした短い時間だけだ。僕のことなんて気付かないだろう。

 結局、その日は一度も話す機会はなかった。


「北野くん!」

 翌日。僕が駅を降りて歩き始めるとすぐに、詩織が声をかけてきた。

「もしかして待ってたの?」

「だって昨日は話せなかったから」

「気付いていたんだ。同じ制服を着た男子なんて、みんな同じに見えてわからないと思ってた」

「迷子を救ってくれた恩人だもの。本当に同じクラスだったね」

 改めて近くで見ると、詩織はキラキラとした綺麗な目をしている。それに、話している時の、柔らかそうな唇に目をとらわれる。

 ひとめ惚れから、さらに惹かれていく自分を感じていた。



 全国模試の補修授業があり、学校を出る頃にはすっかり陽が落ちていた。

「うわ、真っ暗だ。そろそろ帰宅ラッシュの時間じゃないか?」

「そうかも。急がないと満員電車に乗る羽目になるぞ」

 天宮と駅まで急ぐ道すがら、小さな神社の石段を上った先に、詩織がいることに気付いた。

「なにしているの?」

「ああ、北野くんと天宮くん。空を見て。星がたくさん見えるの」

「普通、星はたくさんあるものじゃないの?」

「そう? 私が前に住んでいたところでは、こんなにたくさんは見えなかったよ。ここはとても綺麗に見えるのね」

 この神社の近くには民家もなく、薄暗いから星が見やすいのだろう。それにしても、星に見入っているなんて乙女チックなところがあるんだなと思った。

「正月には“しぶんぎ流星群”が見れたんだけどな。除夜の鐘を聞いていたら、流れ星も見えたんだよ」

 石段から降りてきた詩織は、「へぇ、ロマンチックね」と驚いたように言う。たぶん、流れ星のことではなく、僕が流れ星を見ていたことに対して言ったんじゃないかと思った。


 勝手な勘違いかもしれないけど、僕たちロマンチストってことで気が合うんじゃないのかな? ちょっとだけ勇気を出して、デートに誘ってみることにした。隣の街にプラネタリウムがある。あそこなら流れ星も見られるだろう。その日のうちにオンラインチケットを手に入れた。

 夜遅くまで詩織とのデートを妄想していたら、翌朝は寝坊してしまった。いつもより遅い電車で駅に到着する。遅れた焦りより、早く詩織に会いたくて、駆けだしていた。

 校舎の入口で、天宮の後姿が見えた。その隣にポニーテールの女子――

 詩織?

 足を止め、距離を取って二人の後ろから様子を伺う。興味のあるバンドの話をしているのが聞こえてきた。

「じゃあ日曜のライブ、一緒に見に行く?」

「うん、行きたい」

 詩織は嬉しそうに返事をしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転校生 中里朔 @nakazato339

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ