◆SS 祈り (ウィスティリア12歳の思い出と)

両手で抱えるくらいに大きなぬいぐるみが欲しかった。


つらい時、寂しい時、ぎゅっと抱き着けば、つらさも寂しさも……少しは減るかもしれないと思って。


だけど「欲しい」と両親に告げたところで「そんな無駄なもの、ウィスティリアには必要ない」と言われてしまった。


妹のリリーシアは、あれも欲しい、これも欲しいとわがままを言って。あれこれと買ってもらえるというのに。


「どうしてリリーシアのものばかり……。わたしが欲しいものは買ってくれないの?」


聞いたら、お母様が答えた。


「リリーシアはうるさいじゃない。買うまで泣いて喚いて。ウィスティリアは大人しく言うことを聞いてくれるから助かるわ」


……じゃあ、わたしも、リリーシアと同じように、泣いて喚けば買ってくれるの?


違う。

姉のクセにみっともないとか何とか、言われてお終い。


だから、わたしがどうしても欲しいぬいぐるみは、どうしたって買ってもらえることはない。





十二歳の誕生日の時の誕生パーティ。

招待客の一人が大きなウサギのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。


「ああ……、ウィスティリア嬢はもう淑女でしたな。こんなプレゼントですみません」


その招待客は謝ってくれたけど、わたしは首を横に振った。思いっきり振った。


「そんなことありませんっ! わたしっ! ずっと欲しかったんですっ!」

「え?」

「幼い頃からずっと……、ずっと……。抱えられるくらい大きいぬいぐるみが欲しくて……。だから、嬉しいですっ!」


招待客は「よかった」と微笑んでくれた。


「ありがとうございます! 本当にありがとうございますっ!」


何度も何度もお礼を言った。

ぎゅっと抱きしめたぬいぐるみの柔らかさ。涙が出るくらいに嬉しかった。


誕生パーティの間、ずっと、そのウサギのぬいぐるみを抱きしめたままでいようと思ったくらい。



……だったのに。



「あーっ! ウィスティリアお姉様っ! ずるいっ! それ、リリーにちょうだいっ!」


大声を出しながら、走ってきたリリーシアが、ぬいぐるみの耳を掴んだ。


「や、やめて!」

「これっ! リリーのっ! リリーが欲しいのっ!」


力任せに引っ張られて、このままではぬいぐるみの耳が取れてしまう!


「やめてって言っているでしょっ!」


怒鳴った。


リリーシアが一瞬、びくりと震えて。

目を大きく見開いたかと思うと、大声で泣きわめきだした。


「ひどい! ひどい! ひどい! お姉様はひどいっ! リリーのなのにっ! リリーが欲しいのにっ!」


床に転がりながら、わあわあと喚くリリーシア。


わたしはぬいぐるみを抱きしめたまま、茫然としてしまった。


騒ぎを聞きつけたやってきたお母様にぬいぐるみは取り上げられて。

リリーシアに渡された。


「ほら、リリーシア。これを持って、お部屋に帰っていなさい」


お母様が、リリーシアに言う。


「うんっ!」


にへらと笑って、リリーシアはぬいぐるみの耳を掴んで、ぶんぶんと振りまわしながら、走って、階段を上がっていく。


わたしはリリーシアに振り回されるウサギのぬいぐるみを信じられない思いで見るしかできなかった。


「お……、お母……様。あれは、あのぬいぐるみは、わたしの……」


欲しくて、欲しくて。手に入れられないと思っていた大きなぬいぐるみ。

せっかくわたしの誕生日のプレゼントにいただいたのに。

わたしの、なのに……。


なのに、お母様は、わたしを睨む。


「パーティなのよ。招待客もたくさんいるの。ウィスティリアは姉なんだから、妹の面倒くらい見てちょうだい」


今日は、わたしの誕生日のパーティでしょう?

招待客は、お父様やお母様のお付き合いのある人ばかりで、わたしの友達なんて一人もいないけど。

所詮、わたしの誕生日なんて、お父様とお母様がパーティを開催する名目でしかないのだけれど。


でも、あれは……、あのぬいぐるみは……。わたしが、欲しくて欲しくて、ようやく手にした……。



いつも、いつも、いつも。

リリーシアが癇癪を起すから、わたしは耐えるしかない。


たった一つ、欲しいものも奪われて。


ずっと、このまま……?


悔しくて、涙がこぼれる。


「パーティの時に泣き顔なんて、迷惑だわ。招待した皆さんにきちんと対応が出来ないのなら、ウィスティリア、あなたも部屋に帰っていなさい」


お母様は、張り付けたような笑顔で、将来客たちのほうへと戻っていった。





部屋に戻って、ドアを閉めて。

そのまま床に座り込んで、泣いて、泣いて、泣いて……。


どうしてわたしだけ、どうしていつも……。


どのくらい泣いていたのか、分からないくらいに泣いて。


仕方がない。いつものこと。

わたしが、パーティ会場で、喜び過ぎたから悪かったの。

リリーシアの目に留まらないうちに、使用人の誰かに、こっそりとあのウサギのぬいぐるみをわたしの部屋に隠しておいてほしいと伝えれば……。

そうしたら、せめて一日か二日くらいは、わたしの手元にあったかもしれないのに。


わたしが、失敗したのよ……。


袖で、グイっと、涙をぬぐった。


すると、コンコンと、控えめなノックの音がした。


「はい……」


力なく答えたら、そっと開けられたドアの向こうには……メアリーやアンソニー、使用人たちがいた。


「あ……、お客様のお見送りの時間?」


のろのろと、立ち上がる。

名目でしかないとはいえ、今日はわたしの誕生日のパーティ。

招待客たちが帰るのならば、見送らないと……。


「いえ、まだもう少し。皆様のお帰りまでは時間があります……」


言いながら、アンソニー達がわたしの部屋には入ってきた。ダフネにモーリンという女性の雑役メイドだけじゃなく、エドやミゲルいう男性の料理人たちもぞろぞろと……。


「どうしたの、みんな……」


我が家の使用人の大半が、やってきた。


アンソニーが使用人たちに一つ頷いて、

アンソニー以外の使用人たちもみんな一斉に頷いて。


「ハッピーバースデイ、ウィスティリアお嬢様……」


声を合わせて、歌を、歌って……。


「みんな……」


「……本日は、十二歳のお誕生日、おめでとうございます、お嬢様!」


使用人のみんなが、一斉にわたしに向かって、笑顔で言ってくれた……。


「我々は、何もできませんし、その……、使用人が僭越だと思ったのですが……」


ああ……。

胸の中のつらさが、悲しさが……、なくなりはしないけれど、薄れていく。


「ありがとう……、本当にありがとう……」


さっきとは違う、嬉しさで、涙があふれそう。


「嬉しい。今までで、一番の、プレゼントよ……」



両手で抱えるくらいに大きなぬいぐるみが欲しかった。


つらい時、寂しい時、ぎゅっと抱き着けば、つらさも寂しさも……少しは減るかもしれないと思って。


だけど、ぬいぐるみは、モノは、リリーシアに取られてしまう。わたしの手には残らない。


わたしに、残るのは……、きっと、形のないもの。


アンソニーやメアリーたちが、使用人のみんなが、今、こうやって、わたしを気遣ってくれた。ハッピーバースデイの歌を歌ってくれた。誕生日おめでとうと笑顔を向けてくれた。


「ありがとう……、みんな、本当にありがとう……!」




温かな、気持ち。

リリーシアには、絶対に、奪われないモノ。



「ありがとう……」



その夜、皆が寝静まった後。

わたしは胸の前で腕を組んで、神様に祈った。


「ありがとうございます、神様。どうか、みんなに感謝を」




ガードルフ様と出会って、リリーシアたちに『対価』を支払わせて。


あれから、何年もが経過して。



それでも、忘れない。

今も、わたしは、時折、神様に祈る。

神様なんて、いないとわかっていても。

祈る。


「どうか、アンソニーやメアリーやブレンダンやダフネが……、ずっとずっと、しあわせでありますように……」



祈り続けて……、しばらく経った後、ふと思い出したように、ガードルフ様がわたしに言った。


「そういえば、ウィスティリアの家の使用人の何人かが……、リード家を辞めて宿屋だか食堂だかを始めたらしいぞ」

「え……?」


食堂……ということは、エド達?


「行ってみるか?」


ガードルフ様が、ぼそりと提案してくれた。


「はいっ! 行きたいです!」


そっと、会いに行こう。

もうわたしの髪の色も変わったし。

何より、あれから何年も経過しているのに、わたしの外見は十五、六歳の時からほとんど変わっていない。


会っても、きっとわたしだとは、分からない。


それでも。


会いに行ってみよう。使用人のみんなに。


みんながしあわせであることを確かめたいから。





終わり。

























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