「コミカライズ企画進行中記念SS」 ガードルフとウィスティリア


 雲海の上の、人間どころか獣すらやってこない崩れ落ちた遺跡跡。

 そこでガードルフと暮らして何十年かが経過した後。


「そろそろ場所を移動するか」


 ガードルフが言ったので、遺跡を離れ、あちらこちらを旅してまわった。


 絶海の孤島。過疎化して誰も住まなくなった森の奥の小さな村。王都に家を借りて住んだこともあった。


 今は、荘園の小さな戸建ての家を借りている。

 家は狭いが、庭に小さな池と花壇があるのが気に入った。池に観賞用の魚を放ち、花壇には花の種を植えた。

 ゆったりと静かな時間が流れていく。


 悔しかったり怖かったり憤ったり……。そんな感情などない、穏やかな日々。

 かといって、退屈さを感じもしない。


 朝になれば、太陽のまぶしさを。

 昼になれば、鳥のさえずりを。

 夕刻には、一日を過ごせたことに感謝をして。

 夜は星を見て、月を見て、そして、ガードルフの腕の中で眠る。


 何度繰り返しても飽きることはないのは……。


(ガードルフ様があまりにも美しすぎるから、かしら?)


 などと思いながら、ウィスティリアはちらりとガードルフを見る。

 今は読書に集中しているようだ。


(美しい横顔ね)


 起きているガードルフの瞳を覗き込むたびに、眠っているガードルフの寝顔を見るたびに。

 なんて美しいのかと感動する。


 見飽きることはない。


 だけど、今日のウィスティリアは、そのままじっとガードルフを見るのではなく、窓辺に椅子を移動させて、そこに座った。


 珍しく雨が降っている。

 細かい雨が、ぽつぽつと。

 しばらくして、ぱらぱら……と、まだらに降ったかと思えば、しとしとと降る細かい雨に変わった。

 時間の経過とともに、雨の降り方も、変わっていく。


 意外と、雨も、見飽きないものだ。


 窓から見える小さな池にも降り注ぎ、水面で軽やかに跳ねて、小さな音を立てる。


 ぴちゃん。ぽちゃん。


 雨音はまるで音楽だ。柔らかく、優しく、耳に届く。


(……外に出てみたら、どうかしら?)


 ウィスティリアは思った。


(雨に濡れたことなんて、なかったものね)


 雨にあたってびしょ濡れになったところで、きっとガードルフが乾かしてくれるだろう。

 それに、ガードルフと暮らすようになってから、病気になることもなく、食事も気が向いた時にとればいいだけになっていた。


 風邪をひいたり、熱が出たりすることも、きっとない。


「そうね、濡れてみましょうか」


 椅子から立ち上がり、ドアのほうへと向かう。


「リア?」


 ベッドに腰を掛けて、本を読んでいたガードルフが顔を上げた。


「あ、ガードルフ様。ちょっと外に行ってきますね」

「雨、だが?」

「それもまた一興でしょう?」


 くすりと笑えば、ガードルフがパタンと本を閉じた。


「私も行こう」


 手をつないで、玄関の扉から庭に出る。


「わあ……」


 空を見上げれば、雨は銀の糸のように降ってきた。

 だが……。


「あら? どうして濡れないのかしら?」


 雨にあたれば、普通濡れてぐっしょりとするだろう。

 が、ウィスティリアとガードルフの髪も体も服も、雨を弾いてしまう。


「……私の両親がな」

「はい?」


 いきなりなんの話だと思いながら、ウィスティリアはガードルフを見る。


「雷鳴轟くような土砂降りの雨の中、外に出て……」

「はい」

「『雨は……、汚れた我々の魂を……、洗い流してくれるのだろうか……』などと、苦悩に満ちた顔で、ほざいてだな」

「は? 汚れた?」


 ウィスティリアは首を傾げた。


「……あの、失礼ながら、ガードルフ様のお父様とお母様は……何かの罪でも犯されたのですか?」

「いや、違う。演劇のセリフを言って遊ぶ……ようなものだ」

「はあ……。演劇……ですか」


 よくわからないが。

 ガードルフが苦虫を潰したような顔になっているので、なにか不快な出来事でもあったのかもしれない。


「そのようなことがあったから、濡れるのではなく、ガードルフ様は雨を弾くようにしているのですか?」


 ガードルフは、重々しい息を吐くだけで、あとは何も言わなかった。


「でも、雨を弾くのも素敵ですね。濡れるのを気にせず、雨の中の散歩が楽しめます」

「そう……だな」


 軽い足取りで、池の周りを一周する。


「ねえ、ガードルフ様。池に落ちる雨の音が、まるで音楽のようですね」

「ああ、せっかくだから踊るか」


 すっと差し出された手を取って、ふたりで軽いステップを踏む。

 ゆっくりと、静かなリズムで。

 寄り添いながら。


(ああ……、ガードルフ様がそばにいてくださるから、わたし、生きていけるのね……)


 唐突に、そんな思いが湧き上がった。


 とっくに、死んでいるはずだった。

 病気でなくとも、普通の人間が百を超えて生きるなんて、想像外だ。


 ウィスティリアは人間。ガードルフとはもともとの種族が違う。

 名前と体、そして魂をつないで。ガードルフと共に、永遠に近い命と生きられるとしても。いつか、精神が疲弊し、死を願うようになるかもしれない。


 実はそんなことを考えたことも、ある。

 だけど。


 愛が、ある。

 ガードルフへの愛。

 ガードルフからの愛。


 柔らかな雨の中、雨音を聞いて。

 手をつなぎ、互いの温度を重ねて。


(きっと、わたし、永遠にだって生きることができる。愛を、胸に。ガードルフ様と共になら)


 踊りながら、ウィスティリアはうっとりと微笑んだ。







 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 あとがき


 完結したお話ですが、せっかくなので、記念にSS投稿。

 その後のガードルフとウィスティリアはこんな感じです。

 またそのうちSS投稿するので、完結表示から、連載中に表示を変えますね。

 それではまた。






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