【完結】もう俺でいいだろ、と言われましても【BL】

路地裏ぬここ。

そういう概念ではないのだ

「な、な、な、なんでこうなった!?」


 ガンガンと痛む頭を抱え、蒼汰そうたは茫然と起き上がって隣を見る。


 自分はパンツも履いていない、素っ裸の状態だ。そして痛むのは頭のみではない。下半身がじんじんと熱く、鈍い痛みがする。


 隣には自分と同じように素っ裸のが気持ちよさそうに寝ている。柔らかい栗色の髪に、整った顔立ち。見慣れた男がそこにいる。


「な、なぜだ」


 単なる見慣れた男ならまだいい。酒に酔ってそういうを犯すことなんて世の中ザラにある。一晩の過ちで済ませられる。でも相手は――血の繋がった実の弟だ。


「兄貴、どうだった?」


 弟は蒼汰の狼狽した声に目を覚ましたのか、にやりと笑った。


「何がどうだった? なんだ!」


 弟もまた自分同様に狼狽するかと思いきや、平然としている。


「意外とイケるでしょ? 兄貴才能あるよ」


「何の才能だ! お前……っ」


 弟に掴みかかるも、弟はにやりと笑って蒼汰を逆に押し倒した。マウントポジションを取られた形だ。


「だから、男に抱かれる才能。俺、これまで男女共に抱いてきたけど、兄貴が一番最高だった」


「は!? お前、そんなに遊んでたのか!? お兄ちゃんは悲しいぞ!」


「大丈夫。これからは兄貴一筋に生きるから。俺を更生させてよ、お兄ちゃん」


 イケメンと称される我が弟、すばるは甘えるように微笑んだ。


 

◇◆◇



「兄貴、元気出せよ」


 結婚式で花嫁を間男に攫われるという一大喜劇を起こした張本人、蒼汰の元に弟の昴が一升瓶を片手に訪れた。


 会社でも友人間でも腫れものに触るような扱いだ。LINEもこない。声のかけようがないのだろう。事件から一週間経った今もなお、それに触れるものはいない。昴以外は。


 蒼汰は一人暮らしをしてるマンションに昴を入れて、コップを二つ出した。昴が持ってきた一升瓶を注ぐ。


「あんまり呑みすぎないでよ」


「じゃあなんで一升瓶持ってきたんだ?」


 呑みすぎないで、なら缶チューハイでいいだろうと蒼汰は思うのだが、なぜか弟は一升瓶を持ってきたのだ。際限なく呑んでくれ、という意味ではないのか。


「なんとなく、だよ。四合瓶よりも割安だろ?」


 乾き物のおつまみを並べ、二人で摘む。BGM代わりにテレビをつけた。しょうもないバラエティ番組が流れている。録音された笑い声が不快だ。すぐに消す。


 蒼汰はコップに注いだ日本酒を半分まで一気に呑んだ。胃の辺りがかぁ……っと熱くなる。


「どうせお前も内心じゃ笑ってんだろ」


 いじけた蒼汰の声が、無音の部屋に響く。


「あの男は心春こはるの元カレだって話だ。元カレとうまくいかなくなって俺と付き合ったのに、結婚式の一週間前にヨリを戻したんだ」


「そんな女の名前出すなよ。酒がまずくなる」


 昴は不機嫌にそう返した。


「うるさい! 大体この酒、安もんじゃんか。うまいわけないだろうが!」


「今の兄貴に酒の味なんてわかるわけないかなって」


「やっぱり馬鹿にしてるじゃねぇか。笑ってんだろどうせ」


 そう言ってコップを空にして、手酌で追加の酒を注いだ。


「笑ってないよ」


 一気飲みをする蒼汰の手を、昴は掴んだ。そのまま指を絡ませる。


「俺は笑わない。笑えなかった。あの女が家に挨拶に来た時から、俺は笑ってない」


 昴は真剣な眼差しで、蒼汰を見つめた。


「あんな女、どこがいいの? 全然よくない。兄貴には相応しくない」


「……どこがって」


 今となってはどこがよかったのかなんてわからない。考えたくもない。蒼汰は視線を逸らす。


「好きだよ、兄貴。中学の時からずっと好きだった。大好きだった。今でも大好き」


 そう言って昴は蒼汰を抱きしめた。痛いほど強く――。


「す……昴? 今さら好きとか、な、なに?」


 家族とは、好きとか嫌いとかそういう概念で語るものではないはずだ。だって、家族なのだから。


「兄貴は俺のこと好き?」


 だから、そういう概念ではないのだ、と蒼汰は頭の中で繰り返す。二つ年下の弟。物心ついたときには既にそこにいた。


 気が合う、とは思っていた。でも、好きとか嫌いとか、考えたことがない。


「嫌いなのか?」


「いや、嫌いでは……ないけど。他の家と比べても、仲いいじゃん、俺ら」


 中学から高校まで同じ学校に通った。部活も同じバスケ部。蒼汰はベンチ要員だったが、昴はパワーフォワードのエースとしてレギュラーだった。


 後輩で友達のようでもあり、でも基本的な立ち位置としては家族。そう、家族なのだ。


「昴、家族に好きとか嫌いとかない。変なこと言うなよ」


 そう言って突き離そうとすると、急に唇を奪われた。


「んぅ……ッ」


 頭の中に危険信号が響く。


(な、な、な、なんだこれっ!?)


 混乱している間に奥まで侵入してくる。


(なんで? なんで舌まで入れてんの!?)


 うまく呼吸が出来ない、苦しい。離れたいと思い、抵抗するも封じられる。そうしている間に酔いが回ってきて……。



◇◆◇



「お前は酔った勢いとかじゃなく、確信犯的に俺を襲ったのか!」


 問い詰めると、昴は蕩けるような笑みで、蒼汰を見つめる。


「うん。だから痛くないようにローションも持ってきたでしょ?」


「アホかお前! 大体俺らは兄弟なんだ。実は血の繋がってない――なんてことはないからな。お前はお袋そっくりだし、俺は親父に似ている。血液型も同じAB型だ」


「そんなのなんの障害にもならないよ。大体、近親相姦が禁止されてるのって、子供の問題があるからじゃん。兄貴、俺の子を生んでくれるの?」


「生むわけねぇぇぇぇだろ! 馬鹿言うな!」


「なら何の問題もない。そもそも、今の日本じゃ、同性は結婚できない。そういう時ってどうするか知ってる? 養子縁組するんだ。つまり親子だ。だったら俺達が結ばれたところでなーんも問題がない」


「あるわボケ! お前、頭おかしいわ、マジで」


 そう言うと昴は悲しそうな目で蒼汰を見下ろした。


「そ、そうか。俺は頭がおかしいのか」


「今気付いたのか! 馬鹿なのか!」


 昴はぽろぽろと涙を流し始めた。


「な、なんだ。泣き落としか!?」


 昴が泣くのは久しぶりに見た。小学生の時以来かもしれない。あの時はどうしたのだろうか。


「兄貴ぃぃぃ! 好きなんだ! 大好きなんだ! 俺は馬鹿で頭がおかしい! 兄貴は女を好きになるな! もう俺でいいだろ!」


 叫びながら昴は蒼汰の胸に顔を埋めた。蒼汰は仕方なく、よしよしと背を撫でた。


「今回のことは……お互い忘れよう」


 その言葉は部屋にむなしく響いた。



 それからも昴は、定期的に酒を持って現れては、蒼汰の隙を狙い始めた。そして「近親相姦でも問題ない」と来るたびに口にする。蒼汰は昴を切ることもできず、昴が泣きだすと宥めるを繰り返す。


 そのうち、蒼汰は男同士なら近親相姦でも問題がないのでは――と思い始めてきた。この世の中で一番気がねなく話せるのが昴なのだから。


 もうパートナーは昴でいいような、そんな気がしてきたのだった。


【完】

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【完結】もう俺でいいだろ、と言われましても【BL】 路地裏ぬここ。 @nukokoko

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