第8話 正体

【ぶん殴ってやりたい】


 ビルの壁をよじ登り、屋上が吹き飛んで天井が空まで吹き抜けた5階に辿り着いた。


 改めて辺りの様子を見渡すと、レンとオリビアの近くのビルのショーウインドウにはレンのオートバイが突っ込んでいる。


 レンは、オリビアと落ち合うと決めた地点の近くのビルの屋上に事前にオートバイを隠していたに違いない。

 よく見えなかったが、オートバイは遠隔操作され、ビル屋上から飛び出したようだ。


 オートバイを用意していたことは聞いていなかった。恐らく、レンは俺たちが役に立たなくても、最初から一人で対処できるように保険をかけていた。階段を降りる間に、むくむくと怒りの感情が込み上げてきた。


 俺が仕留め損ね、レンの銃弾で機能停止したハガネが、地面に横たわっていた。ハガネの片足を掴んで引きずり、何くわぬ顔でオリビアと話すレンを睨みながら、二人に近づいた。


 レンは遅れたのではなく、接近するハガネが1体しかいないことに気がついて、作戦を変更したのだろう。

 元々はレンとオリビアが囮になり、戦いながら罠を張った場所までハガネを誘導して捕獲する予定だった。


 別にレンが作戦を変えたことに怒っているわけではなかった。レンが最初から、一人で片付けるつもりでいたことが気に食わない。


 協力してほしいと話したのは、そう言わなければ俺が納得しないと思ったからだろう。


 子供の頃から俺たちはずっと助け合って生きてきた。ところがレンは俺に何も相談しないし、避けるようになった。レンは何かを隠している。それが許せなかった。


 「おい、レン!お前は集会に現れないことも、オートバイを隠してたことも言わなかった。他に何か隠してんだよ」引きずってきたハガネを、レンの前にガシャンと放り投げた。


 「色々やらないといけないことがあって、ギリギリになっちまってさ、相談する暇なかったんだ」レンはヘラヘラしている。


 「話す気がないなら、今はもういい。目的のものは手に入れたんだからな」

 

 レンは、鞄から先端が針のように尖ったコードを複数本取り出して、ハガネの頭部に刺した。そのコードをタブレットに繋ぎ、データを取り出しているようだった。


 「ねえ、レン。今更なんだけど、『ハート』てどういうものなの?」オリビアが尋ねた。


 「・・・そうだな。簡単に言うと、ハガネの心臓を停止させる電磁波を発生できる爆弾ってところかな。」


 「ふーん。でも、ハートは、長年エデンにあったんでしょ。よく今まで壊されなかったね」


 「ハートは破壊できない。壊れるか停止する時に必ず電磁波を発生させる。その電磁波の防ぎ方はまだ見つかっていないし、一度起動したらこの世界にハガネの逃げ場はない。」レンはタブレット画面に映し出された暗号のような文字の羅列を見ながら説明している。


 「…レンの親父は天才だったからな」俺の言葉を聞いてレンは笑った。


 「親父は、ハガネの反乱が起こった後もハートを起動させなかったアホだ。その上ハートの情報を何一つ伝えずこの世を去った。だから、『人類史上最大の反逆者』なんて呼ばれてるんだよ」レンは、ハガネの頭からコードを引き抜いた。


 「ハガネもただ黙ってハートを抱え込んでたわけじゃない。電磁波の解析を進めてきた。防ぐ装置を開発していることもわかっている。ハートが無効化される前に、エデンに攻め込み起動させるしかない。」レンは遠い目をした。


「…俺がエデンに侵入し、システムをハッキングして主導権を握る。地上とエデンを繋ぐエレベーターを開放できれば、部隊が突入できる。突入後はハガネの攻撃に耐えながら、ハートを血眼になって探すしかない。」レンはため息をついた。


 「ハッキングするにしても、レン一人じゃなくて複数人で入ったらいいのに。」オリビアは心配そうな表情をしている。


 「……エデンの生物を探知するシステムを掻い潜れるだけのシールドは、一人分しか作れなかった。さっき、アントンが使っていたレベルではエデンじゃ通用しない。」レンは一瞬目を伏せて話した。昔からレンが嘘をつく時の癖だった。

 

 「ハガネ」と呼ばれる奴らはいわゆるロボットではない。金属製の新しい人類と表現した方が正しい。

 脳や心臓、肺など全ての臓器を機械で再現し、人間とほとんど同じ体の構造を持つ。

 

 レンの親父は医者でもあり、病気や怪我で四肢や臓器を失った人を救おうと、機械で人体を作る研究をしていた。そこからハガネが生まれることになった。


 レンは13歳の時、ハガネの襲撃を受けて重症を負った。脳の一部や四肢、その他複数の臓器を損傷してもう駄目だと思われたが、レンの親父がハガネと同じ機械の臓器を移植して一命を取り留めた。


 脳の一部が機械仕掛けの人間など、存在してはいけないと多数が声を上げた。

 一方で実験的な意味で生かしておこうという声もあった。

 1年後、レンの親父が病気で死んでしまったので、天才が残した最後の技術の結晶としてレンは処分を見送られている。


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※休止中 ハガネノココロ【人生最後の日、青年は機械仕掛けの少女から心を貰った】 かみきの @kami-kino

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