十二


 私たちが校内を歩き、正門に近づいている途中だった。

 

 校舎の前で、この学校のみんなが妙に騒めいている。

 はて、どうしたんだろう。そう疑問に思った。そういえば、更地で校舎を見ている時、確かにみんなどこかに向かっている雰囲気ではあった。

 私たちは歩いて正門から出ようとした、その時。


「よ、そこの少年。ちょっといいかい?」


 飄々とした態度で黒いスーツを着込み、短髪を髪刈り上げた男性が私たちを遮る。


「……大字おおあざさん」

「久しぶりだな。少しばかり話があるんだが、いいかい?なに、神永を助ける前に浅見弘子が加賀美と話をするシーンよりかも手短に終わるさ」

「それ、一体なんの映画です?」

「シン・ウルトラマンだ」

「見るわけないじゃないですか……」


 どうやら大字おおあざと名乗った男性は真田くんと知り合いらしい。

 誰にも聞かれなさそうな場所に二人で向かうと、こそこそと何かを話し始めいてる。

 当たり前だが、その会話が聞こえることはない。


 代わりに二人の表情がなんだか険しそうに見えた。


「あ……カコ。あれ」


 そんな時にアキちゃんが指差して、私の名前を呼んだ。


 どうしたのだろうと思って指差した方を見ていると、一台の車が正門から出ようとしていた。

 その車の上にはパトカーのようなランプが付いている。


「あれって覆面パトカーってやつ?この街にもいたんだ」

「ねー」


 覆面パトカーなんてテレビでしてる警察24時とか、そんなものでしか知らなかった。けど黒い覆面パトカーなんてあるんだと思った。

 テレビとかで見るのは銀色だし。


「後ろに人が乗ってるよ」


 正門前で覆面パトカーが過ぎ去るの待ちながら立ち止まっていると、ついにパトカーは私たちの横をゆっくり通り、停まる。

 正門前は通行路になっているから、他の車が過ぎ去るまで待っているようであった。


 私はアキちゃんの言葉に気づいて、後ろの席の方を見やる。

 そこには三人座っている。多分だけど三人座ってたら真ん中は犯人だろうな、というテレビドラマで齧った知識で推測して、真ん中の人間を注意深く観察する。


 そこには……。


「え、あんなが犯人なの?」

「え?何か犯罪犯したから入ってるの?」

「いや、分からないけど」


 こんな真夏なのに、黒い衣服で包み込んだ……項垂れたような老婆。

 一体何をしたのだろうか。それとも保護されたのだろうか。


 私とアキちゃんと話し込んでいると、ふと老婆がこちらを見た。

 すると私の方を見て、にこりと笑みを浮かべ、お辞儀した。


「え?」


 老婆を乗せた覆面パトカーはいよいよ通行路に車がいなくなったことを確認すると、ゆっくり発進していく。

 ……老婆は変わらず、こちらを見つめたまま。


「あのおばあちゃん、カコの方見てたけど……知り合い?」

よ……初めて見た気がするけど」


 どうして老婆が私を見て笑ったのか分からないまま、話を終えた真田くんと大字おおあざなる男性は戻ってきた。


「すまないな、お嬢ちゃんたち。ボーイフレンドを待たせちゃって」

「ボーイフレンドって……言い方が古いような……」

「ね、友達って言い方でいいのに」

「目の前でズバズバおじさんの言葉を切るのはやめてくれよ、ティーンエイジャーたち」


 大字おおあざさんは困ったように笑うが、その態度はやっぱり飄々としていた。


「大字さん、俺たちはもう行っていいですよね」

「あぁ、あとはこっちで処理しておく。少年は気にせず青春を謳歌しろよ?青春っていうのは人が言うより一瞬の出来事だからな」

「…………はい」


 真田くんはまるでその言葉を噛み締めている時、アキちゃんは不意に大字おおあざさんに問いかけた。


「あの」

「うん?どうした、お嬢ちゃん」

「さっき覆面パトカーが通ったんですけど、何かあったんですか?」


 その質問に大字おおあざは今度は本当に困ったような素振りを

見せるが、すぐに答えた。


「思い出が忘れられなかったから、ストリートアートに興じたってだけさ。だから何も気にする必要はない。お嬢ちゃんたちも少年と一緒でしっかり今を生きてくれよな。あぁ、言っておくけど。ミステリーゾーンのアイダ・ルピノみたいな真似はしないでくれよ?」


 そう言って、まるで颯爽と……大字おおあざさんは正門から出ていってしまった。


「ミステリーゾーンってなに?」

「アイダ・ルピノってなに?」

「……多分だけど」


 大字さんの言葉の意味を汲み取るように、真田くんは言った。


「今を生きろってことだと思う」

「……まぁ、さっき言ってたしね」

「なんだか回りくどい言い方されてるみたい」


 私たち三人は大字おおあざさんの言葉にまるで振り回されているようだった。

 ストリートアートと言ったけど……落書きされてるような雰囲気は校舎にはない。


 そこには間違いなく、私たちの校舎がある。

 卒業までもう少しだけ過ごす、いつも通りある校舎を。


 青空に登る太陽はそれを見せつけるように、校舎を色濃く輝かせているように見えた。


《完》

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いつも通り、じゃない『カコ』 那埜 @nanosousa

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