十一


 みーんみーんみーん。


 蝉の声が煩く聞こえる。


 それに肌も痛い。暑さで痛い。


 閉じていた目を私はそっと開くと───そこは更地だった。

 セメントで塗り固められた灰色の更地。

 そこには見覚えがあった。

 当然だ。そこは夏期講習を受けていた校舎の近く。

 かつて古い校舎が存在した場所。今は建設予定が立っておらずにそのままになった場所。

 

 ……つまり、いつも通りある場所。


 空を見上げると、そこには青空と太陽。


 これもいつも通り。


 

 

 一体何がどうなってこうなったのだろう。


 考えても分からない。

 

 私は重い腰を上げるように立ち上がる。

 古い校舎はしっかり存在する。そしてよく見ると生徒たちもいる。

 みんな、いつも通り存在してる。

 ……みんな、騒然とした感じで走っているのが謎だけど。


 みんな、いつも通り校舎にいるのに……なんで私だけこんな更地に立ってたんだろう?


「藤波、大丈夫か?」


 声。聞き覚えのある声。

 しかし、どうしてだろうか。妙にぞわりとする。

 私は恐る恐る声に振り返ると……そこには真田くんが心配そうな表情で私を見つめていた。

 ……アキちゃんと一緒に。


「カコ、なんでこんなところで寝てたの?」

「……私が聞きたいんだけど」

「藤波も日頃の疲れが溜まってたんじゃないのか?」

「もうソウジくん、適当なこと言わないでよ。カコも、こんなところで寝てたら汚れちゃうでしょ?」

「……そんなお母さんみたいなこと言わないでよ、アキちゃん」

「家族だから当然じゃない」


 家族。

 その言葉に妙に納得する。

 ま、それもそうか。家族だから当然か。


「……ありがと」

「どういたしまして」


 アキちゃんは笑みを浮かべる姿に、なんだかとても安心感を覚える。

 どうしてなのかは、分からないが。

 ………私、もしかしてとてつもなく嫌な目にあったのではないか?

 


「……まぁ、何もないんだったら安心したよ。俺は帰るから」


 真田くんは何故か私を見ながらそういうと、相変わらずそそくさと帰ろうとする。


「待て待て待て待て」


 別に帰らせればいいのに、と思ったがそうもいかない。

 私は真田くんの腕を掴んだ。


「え、どうしたんだよ」

「忘れてるんじゃないの?」


 私はそう言ってアキちゃんを指差す。


「どうせなら一緒にアキちゃんと帰ればいいじゃない」

「いや……だって午後はアキと藤波でどこかに行くんだろ?邪魔しちゃ悪いって」

「いいのいいの」

「いや、でも悪いって…………約束を破るのって嫌なんだよな……」

「いいじゃない。だって真田くんは就職組で、アキちゃんは進学組。会える時間が少なくなるんだから、今一緒に遊んでおかないと」

「いや、それとこれとは……」


 真田くんが今まで見たことない困った顔を見せていると、唐突にアキちゃんが私の手を握った。


「じゃあ三人でどこか行こうよ」

「「は?」」

「確かにカコの言うとおり、これから会う時間も限られてくるわけだし。それに真田くん、カコといつの間にか仲良くなってるみたいだし。クラスの友達がラインで教えてくれたんだけど、近くの市役所の中に喫茶店があってね?そこが意外と安くてランチもやってるんだって。二人ともお腹すかない」


 スマートフォンの画面を見ると、時刻は十二時半。

 ……三十分もこんなところで寝そべっていたのか、という自問自答はさておき。


「まぁ、お腹は空いてるけども……アキちゃんは真田くんと二人きりの方が良くない?」

「今は三人でいるから、三人の方がいいかな」

「……まあ、アキがそれでいいならいいけど」


 いや、いいのかよ。

 そこは二人で過ごしたいっていえよ。

 そう言ってやりたかったが……。


「じゃあ……三人で行く?」


 私は渋々了承した。

 二人きりにはなってほしいが、アキちゃんが言うのならしょうがない。


「よかった。それじゃあ今から行こ?私もお腹空いちゃったし」

「あぁ」

「うん、そうね」


 そんなこんな、と言うことで私たちは長谷川中央高校から市役所の方まで歩くことにした。ありがたいことに市役所まで徒歩五分。なんて便利な立地。


「でもやっぱり、あの喫茶店がなくなっちゃったのは残念だよね」


 校内を歩いていると、アキちゃんは言った。

 ……やっぱり、いつもある喫茶店がなくなったのは悲しいらしい。


「……そうだよな。あそこで過ごすの楽しかったし」

「確かにあそこが無くなったのは寂しいかも」


 私はふと、そんなことを言うとアキちゃんは凄く驚いた様子で立ち止まり、私を見つめた。


「意外……。昨日はなんてことない感じだったのに」

「いやいや、アキちゃんは私のことをなんだと思ってるの」


 でも自分でもどうしてそんなことを口にできたのかは分からない。

 どういう心境の変化なのだろうか。


 だから、こう言った。


「ま、でも新しいお店を開拓できるわけだし。いいことじゃない?」

「確かにそうかも。ね、ソウジくん」

「俺に同意を求めるなよ」


 確かにいつも通りの日常は存在しない。

 だけど……何故か、前向きになれている自分がいる気がする。

 なんでかは分からないけど。

 ……いつの間にか死ぬほど嫌な目にあったとか?


 いや、ないないないない。

 だって、そんな記憶はないのだから。


「ほら、止まってないで早く行くよ」

「うん、そうしよ」

「あぁ」


 兎にも角にも、私たちは校内をまた歩き出した。

 いつも通り、変わらない、この新しい校舎が立ち並ぶ校内を。

 それらを見て「あぁ、いつも通りだな」なんて実感する。


 多分だけど、私たちが卒業すると、また変わっていっちゃうことがあるんだろうなと思う。

 

 まぁ、少し悲しい気持ちはあると思う。

 でも……変わらないものはない。

 受け入れるのには時間がかかるけど。


 だから今はまだ、いつも通り、このままで行こうと思う。


 ………でもアキちゃんと真田くんは絶対に付き合わせたいと、心の中で誓った。

 

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