「げほっげほっ!!」


 着地したと同時、黒い液の床で膝から崩れ落ちてしまい、咳き込んでしまう。

 それもそうだ。少しの間、あの黒い液体の中にいたのだから。

 急いで深呼吸するが、どうも空気が澱んでおり、吸い込むと喉が傷んでしまうような気分になる。


『悪い、藤波……無茶なことして』


 私は、助け出してくれた天使の方を見上げる。

 正直、この声は真田くんだ。さすがは水泳部のエースと思って見ると……それは真田くんでもなければ、天使でもなかった。


 このモノクロの世界でも色を失わないほど、藍色に染まった顔のない怪物が隣にいた。


「…………嘘」

『……ま、だよな。この姿を見ちゃ。でもとりあえず大人しくしててくれよ。まだやることがある』


 私の言葉に一瞬動じたように見えたが、顔無しの怪物は……まだ真っ黒な図書室にいたもう一人の私、もとい怪物を見やる。


 私の顔で驚愕の表情を浮かべる、モノクロの怪物を。


『あなた……午前中の子ね。通りで私に対する態度もおかしいと思ったし、どこか不快だったのよ』

『正直、あんたが怪物だってことは知らなかったよ。ま、そんな万能な力でもないし』

『……なーんだ』


 モノクロの色の怪物は実に顔無しの怪物を嘲り笑うような態度を見せた。


『じゃああなたは戦士の中でも、最弱ってことね』

『仕方ねえだろ。変身したのはつい最近なんだから』


 戦士と呼ばれた怪物の言葉に、怪物はますます笑いを隠すことはしなかった。

 だから私の姿をしたモノクロの怪物の色は……黒く変色した。

 私の姿のまま。

 そして変異した。

 ……私が最初に見た時の、一つ目の怪物の姿に。


『ふふ、じゃあ私の方が歴が長いってことよねぇ!?後輩なら先輩を敬いなさい!?』

『ああ、そう』


 一つ目の怪物がそう言うと、戦士は軽く言って、黒い床をびちゃりと跳んだ。

 そしてそのまま……まるでプロボクサーのように藍色の右手を突き出して───殴った。怪物の大きな目を。


 するとどうだろう。

 思わず「ストライクだ!」と言いたくなるほどに、怪物の細身の体はまっすぐに吹き飛んで本棚にびちゃりと激突した。


『俺たちの世界で上下関係なんてないだろ』


 綺麗に着地して見せる、なんの装飾もない藍色の戦士。

 その言葉にも余裕が滲み出ている。


 一方で。


 奥にある真っ黒な液体で形成されていた本棚にぶつかった一つ目の怪物は、殴られた目を摩りながら、苛立っていた。

 なにせ自らが形成したと思われる本棚に、激突した跡がくっきりと残っているのだから。

 とはいえ、まるで砂鉄のように黒い液体は収束して、元の本棚に戻る。

 いつも通りの姿を変えぬように。


 それでも怪物の怒りは治ることはない。


『殴った……!?殴られた!?やっぱり男子ね!女の子でも平気でちょっかい出して』

『……どこが?』


 決して挑発する気はないのだろう。

 顔無しの顔でじっくりと一つ目の怪物を見つめながら、戦士は言った。


『今のあんた、ちゃんと醜い怪物だぜ?』

『顔のないあんたが言える言葉じゃないでしょう!?』


 一つ目の怪物は激昂した。

 

『早く出ていきないさい!ここはあなたがいるべき街じゃないわ。ここは私がいる街。いつも通り存在する、私の街!』

『……ちげえよ』


 戦士は静かに告げると、突然SF映画のように武器を出現させて手にした。

 石で作り上げたような、すごく重そうな大きな銃を。

 それを戦士は両手で構える。

 右手は引き金を、そして左手は銃の側面についていた握り手を持つように。


『怪物がいるいつも通りの世界なんてないんだよ……いてたまるかよ……』

『いたっていいじゃない。ここは私の街よ!?』

『そんなわけないだろ。この街はお前の街じゃない。みんなが住む街なんだよ』


 静かにそう言い放った戦士は、その言葉を表すように迷わず引き金を引いた。


 ここまで色々ありえないことを見てきた私であったが、その攻撃に目を見開くしかなかった。

 なにせモノクロの世界を引き裂くように───巨大なビームが放たれたのだから。


『──────!』


 一つ目の怪物も、その攻撃には驚嘆したらしい。

 なにせあっさりと巨大ビームに全身を覆われたのだから。


 断末魔の悲鳴さえも聞こえず、怪物はあっさりと消えた。

 と、ここまではいい。

 だが戦士はビームを消すことをしなかった。

 

 そのままビームを放ちながら、ずらすように銃を向ける。

 この真っ黒な図書館へと。


「なにをする気なの……?」


 私が思わず問いかけると、戦士はあっさり答えた。


『ここを全部消す』


 そう言って戦士はところ構わずビームを放ち続ける。

 モノクロの世界を消しゴムでぐりぐり消してしまうように。

 並んだ本棚も、並んだ本も、机も、壁も、例外なく。

 ………そして私の方にも。


「え?」


 絶句。

 いやもう絶句するしかないよね。


 だって私を助けたと思ったら、私にビームを向けるんだもん。


 そりゃ当然、私の体も消えちゃうよね───。


 そう思ってたら当然───私の視界は真っ白な光に包まれた。

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