『異端』扱いされた俺だが、信じてくれたヒロインのために魔獣を駆逐しようと思います。

第12話 デート（？）

　俺とソフィアはアルシャンの一等地に立たず高級レストラン「リストランテ・ソニャトーレ」の個室にいた。

　ソフィアは緊張で若干ぎこちなかったが、食前酒をあおり、アルコールが入ったおかげか徐々にリラックスしていた。

　いつもの白衣に黒ワンピース姿も知的で美しいが、ミニドレスをまとい、きらびやかに着飾ったソフィアもとても魅力的だ。

　この豪華なレストランも、ソフィアにふさわしいと感じられる。

　「すごいね。八雲クン、ここの料理、料理とは思えないほど美味しいよ。見た目も美しいし、味・香り・食感が複雑に混ざり合って見事に調和が取れている。なんというか、芸術を食べているみたいだ」

　「そうだな。味が複雑で頭が混乱しそうだ。なんというか、味の極致という気がするな」

　ソフィアも楽しんでくれて良かった。

　「しかし、どうして急にこんなところを誘ったのかな？こうゆうところは特別な日に来るものじゃないかな？」

　ソフィアのすみれ色の瞳が俺を覗き込む。

　俺はソフィアの視線に敏感だ。彼女の視線を意識してしまうと、体が緊張する。

　「俺にとって、今日は特別な日なんだよ。俺の故郷では、社会人、、、社会で一人前と見なされて、初めてもらう報酬はこれまで自分を育ててくれた恩人へのお礼に使うんだ。まぁその相手は普通両親とかなんですけどね」

　「おいおい、ボクはそんな歳じゃないよ？」

　ソフィアは不満そうな顔で口を尖らせる。

　ソフィアの年齢か。そういえば聞いたことなかったな。

　普段のソフィアはとても大人びているので、20代前半のようには見えるが、時折みせる少女のような純粋さが年齢を予想させない。

　「ただ、この世界に来てから、俺に一番良くしてくれたソフィアに恩を返したいと思っているだよ。

　そうゆうソフィアは、初任給何に使ったんだ？」　

　「ボクは、、、父に万年筆をプレゼントしたかな。そして生憎、母は亡くなっていてね、墓もこの都市にないから何もしてあげられてないな。。」

　「それって昨日話した歴史学者の・・・？」

　「そうだよ」

　そうか、お亡くなりになっていたのか・・・。

　俺は目をつぶって冥福を祈った。

　ソフィアは、母を懐かしむように、虚空を眺めている。

　危険な世界だ。親族が死ぬ話もこの世界じゃ珍しくない。

　「ごめんな、つらい記憶を思い出させてしまって、そのお墓はここから遠いのか？」

　「大丈夫、もうだいぶ時間が経ったから心の整理はついているよ。母の墓は、、、ここから北に5日ほど行ったところにあるミストウィローという都市にあるよ。実はボクはアルシャン出身じゃないんだ」

　俺は何があったのか大体、察しがついた。

　ソフィアも意を決したのか、自身の過去を語り始める。

　「ボクの故郷ミストウィローは小さな川が流れるのどかな街だった。そんな街を100体もの魔獣が突然襲ってきたんだ。

　それがボクの『14歳の誕生日』、母はボクの誕生日を祝う準備をしている最中に死んでしまったんだ。幸せであるはずだった誕生日が、母の命日になるなんて、地獄の底に落とされたような気分だったよ」

　ソフィアは語りきると、長い溜息をつき、しばらく目をつぶった。

　俺は黙って話を聞いていた。

　「その後は、母の墓を作り。父の伝手があったこのアルシャンに移住することになったんだ。ボクは小さいころから母の研究の手伝いをしていてね。ボクはこの都市で魔獣研究者として勤めることになったんだよ」

　「・・・若くして壮絶な人生を送っていたんだな」

　「この辺では珍しい話じゃないよ。ボクは不幸の中でも比較的幸運だったほうじゃないかな。今こうしてこんな素敵なレストランでディナーをしているんだし」

　ソフィアは少し悲しげに微笑んだ。

　ソフィアのために、俺に何かできることはあるだろうか。

　「・・・ソフィア！お母さんの墓参りに行こう！ミストウィローへ、お父さんと一緒に！」

　「へ？」

　ソフィアは意表を突かれたような、気の抜けた返事をした。

　「お母さんもソフィアの成長した姿を見たいに違いないよ！」

　「・・・いやいや、片道5日だよ？休みを考えても2週間はかかるし、さすがに危ないって」

　「全部俺が何とかするって！俺、もっと強くなって、100体の魔獣も倒せるようになるから、そうなったら、一緒にミストウィローに行こう！」

　俺は真剣なまなざしでソフィアを見つめる。

　「はぁ。なんでキミはいつも珍妙な行動をするのかな。それはニホン人だからなのかい」

　「残念ながら、たぶん俺自身が変な人間だからだよ」

　ソフィアは溜息をついた。

　「まぁ。母の墓参りができるのなら父も母も喜ぶと思うし、実現可能ならその案に乗るのもやぶさかではないかな」

　「よっしゃ！やるぞー！」

　きっと、これはソフィアが望んでいることに違いない。

　俺は「善かれ」と思いソフィアを誘った。ソフィアが喜んでくれることを切に願う。

　・・・ちょっと話が立て込んで、食事がおろそかになっていた。

　幸い、テーブルにはチーズの盛り合わせが出されていたので、料理が冷めることは気にせずに済んだ。

　俺たちはチーズを食べ終え、デザートのケーキとともに、ティーセットが運び込まれる。

　「うん？紅茶？この形式のコース料理だとコーヒーが出てくるのが普通じゃないのかい？」

　「さすがソフィア、よく知ってるな。でも、俺が無理言って紅茶に変えてもらったんだよ。ソフィアは紅茶が好きだって知っているから」

　ウェイターは『すみれ色』の彩色に金の縁取りが施されたティーカップに紅茶が注ぐ。

　「個性的なティーカップだね。この彩色のティーセットは見たことがないよ」

　「俺も初めて見たときにそう思ったよ。ソフィアの瞳の色と同じすみれ色が素敵だなと。きっとソフィアに似合う。」

　「・・・うん？？？」

　ソフィアは俺の『言葉』に違和感を覚えているようだった。

　俺は気にせず、ティーカップを取り、一口紅茶を飲んでみた。

　「いい香りだ。ソフィアもどうぞ」

　ソフィアはうろたえながらも、一口紅茶を口に含んだ。

　「どう？」

　「・・・とてもおいしい」

　それは良かった。

　「実はそのティーセット、今日先生にもプレゼントしようと思って準備したんだ。気に入ってくれた？」

　「うん・・・、とても素敵なティーセットだと思う」

　「それは良かった。飲み終えたらキレイにしてもらえるので、後で受け取りに行こう」

　「はい・・・」

　ソフィアは気恥ずかしそうにうなずいた。ソフィアはうっすらとほほを赤らめているので、きっと喜んでくれているに違いない。

　俺はにやにやしながらソフィアを見つめる。

　俺の視線に気づいたソフィアは頬を膨らませる。

　「あーーーー！もーーー！ずっと八雲クンにペースを握られてボクは不快だよ！サプライズしすぎ！やりすぎは良くないよ！」

　ソフィアが堪えきれなくなったのか、俺を責める。

　確かにやりすぎたかもしれない。俺の初任給すべてをこのディナーのために注ぎ込んだ。

　「はは、ごめんごめん。ちょっと気合が入りすぎちゃった。ソフィアに喜んでもらいたくて」

　「嬉しいことにはとーーーっても嬉しいよ？だけど、いろんなことがありすぎて、脳がパンクしそうだったよ！」

　そうか。「とーーーっても」嬉しかったか。むふふ。

　「でも、ボクは自分のペースを乱されるのは苦手なんだ。これからボクを喜ばそうとするなら、もうちょっと穏やかな感じでお願いね！」

　「うろたえるソフィアを見るのも楽しかったけど、、、善処する」

　やらないとは言っていない。だが、しばらくは控えておこうと思った。

　「はぁ・・・よろしく頼むよ・・・。あ、そうだ」

　「どうしたんだ？」

　「ひとつ八雲クンは大きな勘違いをしていそうなので、訂正させてくれないかな」

　ソフィアは意地悪そうに、にやりと笑った。

　え、何のことだろう。俺なにか粗相したっけ。

　すべてが上手く進行したように見えていたが何かあったか、、、？

　俺は緊張して、ソフィアの次の言葉を待った。

　「ボクが母を亡くしたのは『3年前』なんだ、ボクはその時、何歳の誕生日を迎えたか覚えているかい？」

　えーっと、確かその時は14歳・・・って。え？え？え？

　うそん、そんなことある？？？

　「キミはボクのことを年上だと思っているかもしれないが、ボクは『17歳』だ。年上と勘違いするのはちょっと失礼じゃかい？」

　年下・・・だと・・・しかも3つも・・・・・・

　つまりあれか。俺が高校生なら、彼女は中学生。それくらいソフィアと歳が離れているのか。下方向に。

　「ソフィアが大人っぽすぎるんだよ・・・。俺は悪くないもん・・・。」

　ハハっと彼女は軽快に笑った。ソフィアはペースを乱された復讐のつもりだろう。

　「八雲クン、キミは実に愚かだね」

　彼女は決め台詞のようにそう言い、紅茶を一口すすった。

　その後、俺たちは「リストランテ・ソニャトーレ」を後にし、ソフィアを家まで送った。

　ティーセットはソフィアにプレゼントした。

　彼女は「大切に使うよ。あと、送ってくれてありがとう」とシンプルにお礼を言い。俺たちは解散した。

　俺はソフィアのことを考えながら帰路に就いた。

　その晩はなかなか眠れなかった。

　俺がこの世界に召喚されてから、まだ一月しかたっていないが、常に俺の心の中心には常にソフィアがいた。

　異世界召喚初日に窮地の俺を救ってくれたソフィア。

　ずっと、恩返しをしたいと思っていた。

　そして今日、やっとソフィアへの恩を返せた。

　俺は満足感に包まれながら、ソフィアとの時間を思い出し、かみしめながら徐々に意識が薄れてゆく。

　俺とソフィアの物語はここで一旦区切りをつけよう。

（完）