第22話 リベンジ
翌日も、翌々日も、思い悩んでいた。
浅沼大史に煽動され、石川陽菜にちゃんと振られる覚悟を決めた。にも拘わらず、俺は何かアクションを起こすことなく、机に突っ伏している。外の景色を眺めるには窓から遠く、暗雲立ち込める空をぼんやりと眺めている。
真夏の日差しが隠され、今日はいつもより肌寒い。秋の訪れはまだ先であるが、こんな日があると否が応でも秋を意識させられる。実際に秋は過ごしやすい気候で嫌いじゃない。衣替えのタイミングが少々面倒なくらいだ。『寒くなってきたぞ~~~』とビビらせておきながら翌日は真夏日、みたいなことを平気でかましてくるからな。
ため息と共に上体を起こす。
スマホを操作し、メッセージアプリを起動する。石川陽菜が記されたトークルームに入った。最後にメッセージのやり取りをしたのは、2週間以上前になる。
テキストボックスに書き出し、それを見直す。
『今日、時間あるか?』
突然なんだと思われそうだが、それに関してはどんなメッセージを送ったところで同じ感想を抱かれる。どちらかと言うと、馴れ馴れしいかどうかが気になる。
一旦文字を削除して、打ち直す。
『お疲れ様です。お話したいことがあり、お時間いただけないでしょうか』
なし! これはなし!
ビジネスチックな文章を取り入れてみたが、あまりにキモイ。こんなメッセージが送られてきたら、きっと俺なら無視を決めちゃう。
あれこれと文章を打っては消す。の繰り返し。俺は恋する乙女か。いや、全部否定することはできないんですけど。そもそもの目的を一度整理しよう。
スマホを手放し、机に置く。気持ちを一旦フラットに。何のためにこのメッセージを送る必要があるのか、それを今一度考えなおす。
目的は一つ、もらっていない返事を受け、振られることで潔く終わることだ。冷静に考えるとそれに何の意味があるのか、甚だ疑問である。それをわかっていながら。石川陽菜と話すきっかけを作ろうとしている自分が存在しているのだとすれば、それは清々しいほどに気持ちが悪い。あー! 全部嫌になってきた。やっぱやめよっかなぁ~。
自らの浅ましさにヘドバンを繰り出してしまいそうな勢いだ。
右手で顔を覆い、平静を取り戻す。
人間と言うのはどこまでいっても恥と外聞を捨てることができない。それをできるのは、やけくそになった時と酒を飲んだときだけだ。
「いや、良くも悪くも考えすぎか」
これまでの自分を振り返る。些か、いや思い切り保守的に立ち回っていたような気がする。ここは一旦、思い切り攻めた方がいい。というか、俺が攻めの姿勢を見せるまではこの状況、何も進展しないのでは。
大事なのは無傷で終わることじゃない。傷を負ってでも勝つことだ。ところで、俺の勝ちって何? 振られたらただ負けただけなんですが。
『今日、時間あるか?』
結局、打ち直したのは最初と同じ文章だった。
最初に捻りだしたものが真理。紆余曲折あって、そこに戻ってくるのはよくあることだ。よくあることだけど、そうとは限らないから、人は何度も苦悩し、考えを改めるのである。過程を経て、最初に戻ってこられたことで、自分が自分を自分たらしめているのだと認識できると言うものだ。
あとは送信ボタンを押すだけ。それだけのことだが、異様なまでの慎重が帯びる。そうでなければ、こんなことにはなっていないわけで。こういう時、ええいと押して、なるがままにと天任せにする投げっぱなしジャーマンは好みの行動ではない。故に、覚悟して挑みたい。
スマホを握る手の親指をくるくると回し、フォームを正す。押し方一つで何か変わるわけじゃないんですけどね。たはっ。
恐る恐る親指の先を画面に伸ばす。喉元がきゅっと閉まる。心臓を掴まれているとまではいかないが、気分が悪い。
よし、押そう。意を決する。
「高瀬くん」
「ひょえっ!?」
指先が画面に触れようとした刹那、背後より声をかけられ、びくりと背筋が伸びる。その拍子に指が画面に触れ、ひょこっと送信を完了してしまった。
しまった、と内心慌てながらも、俺の背後を取った相手の顔を覗く。
「石川?」
俺の驚く様を考慮していなかったらしく、陽菜も陽菜で両手で身を守るように構えていた。
改めて顔を合わせたことで、陽菜は「えへへへっ」と照れ笑いする。それはどこか懐かしく、それでいて新鮮だった。知っているけれど、今の心境で見る彼女はこれまでと違うのだろう。
直後、ポケットで鳴った通知に気づいた陽菜は、スマホを取り出すとロック画面に表示された内容を見て、可笑しげにくすくすと笑った。
「どうやら、考えてたことは同じみたいだね」
× × ×
吹き付ける風が冷たい。
上空を覆う灰色の雲は、機嫌一つで雨を降らせるとでも言いたげにしていた。
夏であっても、陽が隠されていると肌寒さが感じられる。
落下防止のフェンスの前に立った陽菜は、金網を掴み、グラウンドを見やった。
教室から屋上へと移動する間、俺たちは言葉を交わしていない。どう切り出したらいいのか、わからない。キッカケを作ることばかり考えて、疎かにしていたツケだ。ツケも何も、この急展開を予想していなかったので、俺が悪いかと言われるとそうではない。強いて挙げるなら世界が悪い。
俺に背を向けていた陽菜がくるりとターンし、正面を見せる。表情はやや浮かない、と言ったところだ。これから明るい話が始まるとは思えない。
「あのさ……」
含みを持たせた切り出し。
何について言及されるのか、それに見切りをつけられるほどの情報量ではない。思い当たる節をいくつか浮かべるも、だからと言って適切な対処ができるとは思えなかった。
「こないだは助けてくれて、ありがとね。ちゃんとお礼をするタイミング、失っちゃってたから」
「そのこと」
小さく頷く。
礼をされたかどうかなんて、俺は憶えていないが、陽菜がそう言うのなら間違いないだろう。正直、そのくらいどうでもいい。むしろ、その後のことを切り出される方がよっぽど辛い。自分からほじくり返しにいくつもりではあるが、自分でやるのと人にやられるのでは違うからだ。
「あの時は強がっちゃったけど、よくよく考えたら上手くできるなんてのは私の妄想でしかなかったし、高瀬くんが来てくれなかったら……」
陽菜は自らの言動を振り返り、反省している旨を語る。その後は「どうなっていたかわからない」とでも続きそうだ。そうは言うけれど、きっと陽菜であれば、一人でもなんとかしてしまったのではないだろうかと思う。
「気にすんな」
「気にするよ。だって、怪我してたよね?」
「寝たら治った」
その言葉で陽菜が抱える罪悪感を払拭できるとは思わない。寝たら治ったのは事実だが、かさぶたは中々治らなかったし、今も肘に完治寸前の傷は一つ残っている。
現に陽菜は納得いかない表情をしていた。
「治ったからいいってわけにはいかないし」
「いいんだよ。あの日は何もなかった。それで……」
いいだろ。いや、良いわけないか。
途中で口が止まる。
流れ出る言葉に身を任せれば、カッコつけることを、自らを守ることを優先してしまうところだった。
あの日をなかったことにしない。そのために、石川陽菜と話をすると決めたのに。
「何もなかったって、私のことを『好き』って言ったことも?」
「……っ!?」
思わぬ言及に狼狽えてしまう。いつかは触れなければならない話題であったが、まさか陽菜の方から口にしてくるとは思わなかった。
だが、その展開を拒んでいたわけではない。俺がその気になれば、まだ逃げることができただけ。運命がそれを許さないと言うのなら、立ち向かうしかない。無意識に口元が緩み、不敵に笑ってしまう。
「悪かった。それを、石川陽菜のことを好きだと言ったことを、なかったことにするつもりはない」
「そっか」
俺が日和ることを望んでいたのか、陽菜の表情に影が差した。
「私、告白しちゃダメだよって牽制したはずなんだけど」
「ああ」
今もまだハッキリと覚えている。あの日感じた痛みが、失恋に近いものであったと自覚しているつもりだ。
「石川と過ごす時間が楽しかった。気づけば、お前の笑顔が愛おしいと思うようになっていた。それでよかった。それ以上は望んでいなかった。それは今も変わらない。俺は石川陽菜の足元にも及ばない。ただ、思いを伝えただけなんだ」
高望みをするつもりはなく、ただその思いを伝えたいと考えただけだ。すべてに蓋をして、自分の気持ちを誤魔化すことが何よりも嫌だと感じた。俺の自己満足を勝手に押し付けただけなのだから。
「そんなの、たかが数文字から読み取れるわけないじゃん」
まったく以ってその通りだ。俺の思いの丈を、『好き』という言葉から把握すると言うのは無理難題だ。俺はそこまで読み取ってもらうつもりはなかったんだけど。
「返す言葉もない」
そう言って苦笑する。
「勝手すぎるよ。だから告白されるの嫌なのに……」
「……」
言われて気づいた。
あの日、陽菜は告白を避けている理由を詳らかに話すことをしなかった。
愛の表現と言うのは、あまりに勝手すぎる。それが恋愛の難しさと言うべきか、根底にあるものなのかもしれない。
告白をする勇気。断られる恐怖。その先に、成就や失恋がある。だが、その裏に告白される喜びと断る苦悩が潜んでいる。陽菜が言う『勝手』には、自分本位で告白される相手のことを考えていないという意味合いが含まれているはずだ。
それを言うと、その気にさせたお前も悪い、と言いたいところだが、それこそ自分勝手がすぎるな。
「告白してくる人はみんなそう。私のことを褒めてくれて、付き合いたいって言う。でもそれだけ、それ以上はないの。恋愛ってそんなものだと思うし、私自身、運命的な何かを望んでいるわけじゃない。だからさ、告白されると冷めちゃうんだ。その上でこれからの関係に支障をきたさないといけないように断らないといけないんだから、面倒だし、大変なんだよね。表層の私しか知らないくせに」
告白される憂鬱を話す。陽菜はクラスの中心人物であるだけに、誰か一人と気まずい関係になれば、それは周りに伝播する。アフターケアまで考えて、言葉を選ばなければならないのだ。
それも知らずに告白してくるな、と陽菜は言いたいのだろう。
きっとその苦悩を話せる相手がいない。身近な人に話せば、男女問わず反感を買うかもしれない。だから彼女は嫌われてもいい俺にそれを話している。
きっと彼女に必要なのは、その捌け口なのかもしれない。
「そうだな。俺は石川陽菜という人間をそこまで知らない。明るくて、人当たりがよくて、顔が良くて、スタイルがよくて、賢くて、一緒にいて楽しいと思える。よく考えたら悪いところなんて早々思いつかない。強いて言うなら、人たらしな部分だ」
「なに、急に?」
「だから、教えてくれ。お前の悪いところ、嫌なところ。全部見してくれ」
「嫌だよ。私になんの得もないじゃん」
「得があるかどうかはわからない。でも、損もさせない。俺がお前のことを嫌いになっても、それを誰かに話すことはしない」
「そんなの、保証できない」
バッサリと切り捨てる。何も言い返せないほどに正論だ。俺がどれだけ口約束をしたところで、それを本当の意味で信用できるものはいない。俺を含めてだ。
ならベットするべきは、俺の誠実さではない。
「それなら今から、俺の墓まで持っていくつもりだった秘密を話す」
「なにそれ」
「もし納得してもらえなければそれでもいい。石川がかまわないと思ってくれたなら、契約成立だ」
「意味わからないって。私がその気になれば、意地でも拒否できるんだよ。暴露し損になるかも」
「そうじゃなきゃ意味ないだろ」
こっちが無理言ってんだ。安全な場所からどうこうしようなんてつもりは微塵もない。
「わかった。じゃあ、言ってみてよ」
「おう」
俺が自爆覚悟であることを把握すると、無謀な賭けに挑戦することを陽菜が許した。
覚悟を決めているとは言え、いざその時になれば、これは本当に口に出していいものなのだろうかと、保身を気にする自分が現れる。
声が上ずりそうなほどに喉が詰まっている。
失敗すれば、新学期早々不登校を決めかねないリスク。これを話したところで、何かを得られるわけじゃない。ぶっちゃけ、石川陽菜の悪いところ、嫌なところを知ったら彼女に対して幻滅するだけかもしれない。考えれば考えるほど、俺にメリットはないような気がする。
細かい損得勘定を気にしていたら、何もできない。小さな得をするために、多大なるコストを払ってもいいじゃないか。
「実は、
太陽少女の専属カメラマンになりました M2 @oborocross
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