ドーム

帆尊歩

第1話  ドーム

その日、夜空から星が消えた。

私はやりやがったがなと思い、舌打ちをした。


それは一ヶ月前に遡る。

「なあ砂羽」

「うん」

「空ってどうやって出来ているか知っているか」とタカオは言った。

「空は宇宙、宇宙はビッグバンにより誕生して膨張を続けている。大きな銀河が出来て、この空はその銀河の一つ」私は知識をひけらかすように言う。

「じゃあなんで空は青い?」

「それは地球には大気があり、海の青さが空を青く見せている」

「じゃあ砂羽は、海を見たことがあるか?」

「えっ」と私は考え込んだ。

そういえば海という物は知っている。でも確かに私は海を見たことがない。

それは海が遠くて、行く機会ががなかっただけ。

「私はたまたまないけれど」

「なぜ」

「海に行く機会がなかった」

「俺もない」

「そうなんだ」

「いや、この町の誰に聞いても海を見たことのある人間なんかいないはずだ」

「どうして」

「砂羽は外環環状道路の外側に何があるか知っているか?」

「山と森」

「行ったことがあるか?」

「イヤあんな遠いところ」

「じゃあ外環環状道路を歩いたことは」

「ないよ」

「いいか砂羽、良く聞け。この世界は作られた世界なんだ」

「はあ、何言ってんのよ」

「いいか、この世界は美しい。なのに俺たちはこの巨大なドームをの中で暮らしている。だから今頭の上にあるのは空じゃない。ドームの天井なんだ」

「じゃあ、あの青い空は?夜の星は?」

「巨大なプラネタリウムという機械でこの大きなドームの内側に映し出しているだけなんだ」

「嘘だ」

「じゃあ、俺が一ヶ月後夜の星を消してやるよ。そしたら信じるか」

「消すって」

「プラネタリウムを盗み出す」

「盗むって、巨大な機械なんでしょう」

「いや映像ユニットのチップを持って来るだけだ」

「信じられない」

「じゃあ一ヶ月後な」


で、今夜だ。

少しだけ人々はざわめいた。

でも暗闇なので、星の出ていない夜とも思えるので、そこまでの騒ぎにはならなかった。でも朝になると、空はグレーのドームらしき物の内側だった。

さすがに騒ぎになった。

そのタイミングで、タカオが全ての人のモバイル端末にメッセージを送った。


同士諸君、君たちは騙されている。

諸君が見ていた空は本当の空ではない。これが現実だ。我々はこの狭い金魚鉢に閉じ込められた生き物なんだ。

それが生きていると言えるのか。

君たちは、見てみたいと思わないか。鳥のささやきを、風に揺れる木漏れ日を、淡いが温かい太陽の光を、青く澄んだ海を、そして本当の青い空と星空を。



そのとおりだ。

世界はこんなんじゃない。

青い空を見よう、星を見よう。

瞬く間に、タカオに同調する意見が膨れ上がり、いつしか「青い空と、星を見る会」なる粋な会が発足した。

もっともこれは名前とは裏腹に、政府との闘争団体なので、決して名前通りの穏やかさはない。あまりの盛り上がりに、危機感を覚えた中央政府が折れた。

「青い空と、星を見る会」は政府との交渉のテーブルにつく事が出来ることになった。なぜか私もタカオの横に座った。

「で、君たちの要求は、空が見たいと言うことで良いのかい」長官は重々しく言う。

タカオはこの要求は絶対に通らないと思っていた。

外の美しい世界を見たら、こんな金魚鉢にいたいと思う人間なんていないはずだ。

今は、みんなに外の美しさを知ってもらうことが目的だ。

闘争は長引くだろうなとタカオは覚悟した。

自分が生きているうちに成し遂げられるだろうかと。

「わかった。準備があるから三日待ってくれ。三日後にドームの大天井を開けてあげるよ。同時に期間限定ではあるが、ドームの外に出られるようにしよう」

「はいっ」とタカオは驚いたように声をあげた。

「いいんですか。市民に外の世界を見せてしまうんですよ」思わずタカオは政府側のような発言をしてしまう。

「仕方がない、みんなが望むなら」


三日後の正午、大天井が開いた。

でもそこにあったのは、青い空とは似ても似つかない、緑色で曇った空だった。

汚い砂埃が風に乗って空から降り注ぐ、外に出た人間はさらに驚愕の物を見る。

ドームの外は荒涼とした、黄土色の砂漠で、草一本生えていない。

すぐに人々は、政府に懇願した。

大天井を閉めてください。

タカオは勘違いをしていたのだ。

世界は美しい、でもそこから人々は切り離され、こんなドームの中に監禁されてしまっていると。

でも、違っていたのだ。

金魚鉢は、美しいところから隔離されたのではなく、人も住めない地球から人々を守るための物だったのだ。


その後、タカオは拘束された。

でもその罪状は扇動の罪ではなく、現実を見せてしまったという罪だった。

タカオは、きついお灸をすえられて許された。

すでに人々は何もなかったように暮らしている。

でもおかしくない。

あんな騒ぎが何もなかったことになるなんて。

人々はここで飼い慣らさせていると言うことだ。

そしてタカオも飼い慣らされてしまった。

今度は私がプラネタリウムを盗もうと思っている。

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ドーム 帆尊歩 @hosonayumu

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