善き精霊ボツェムギイ
藤枝志野
1
ボザンカ村の行進は有名で、近隣からも見物客が訪れるほどだった。建物という建物の窓辺や玄関がタピストリーや輪飾りで彩られ、咲きはじめた花とともに春の到来を祝う。村人から選ばれた一団が鈴や太鼓を鳴らして練り歩く。彼らに先導されて村を一周するのが、家より大きな三つの山車だった。
山車はそれぞれ聖者、地方の伝承に残る英雄、精霊ボツェムギイを模していた。前二つは人の形をしている一方、ボツェムギイは異形だった。正面から見れば熊に似ていて、手足にたくましい爪を生やしている。背中は木彫りの草花や灌木が茂って小さな丘に見える。ボツェムギイは北の山に住まい、時期が来ると恐ろしい顔で冬の名残を追い払い、角笛のような声で生き物を目覚めさせる。さらに爪で土を耕し、背中から植物の種を落として回る。というわけでこの精霊の山車は祭の主役なのだった。
ある年の行進の前日、ボザンカに旅人がやって来た。ただの旅人ではなく魔法使いであり、ただの魔法使いではなくお尋ね者だった。行く先々で悪事をはたらいていたが、悪事でもって金を巻き上げるのではない。密かに災いの種をまき、みなのあわてふためくさまを端からながめ、人知れず去るのを楽しみとしていた。
村はどこも華やかに飾られ、人々が明るくそわそわと過ごし、へんぴな土地に珍しい行楽客と思しき姿もある。魔法使いが訳を聞くと、旅籠の主人は明日が行進なのだと誇らしげに説明し、広場までの道のりを丁寧に教えた。広場では山車が早くも見物人に囲まれている。魔法使いの目についたのは熊じみた姿の山車だった。何者か知ったことではないが、面構えからして悪魔の類だと推測した。早く寝ないと悪魔が来るとか、夜に出歩くと悪魔に食われるとかいう戯言は、どこの町や村でもあるものだ。魔法使いはあれを動かしてみなをおどかしてやろうと決めたのだった。
その夜遅く、魔法使いは闇に紛れて再び広場に立った。みなはすでに休み、辺りは静まり返っていた。魔法使いはボツェムギイの山車に片手を触れ、まじないを込めた文句を口にした――暴れ、皆を震えしめよ。
次の日は曇って冷えていた。聖堂の鐘を合図に太鼓が叩かれ、行列が広場を出発した。三つの山車も曳き手に導かれて動きだした。歓声を浴びて進む行列を、その道筋から外れた木の陰で、魔法使いはにやにや笑ってながめていた。
村で一番大きな通りの真ん中で、ボツェムギイの山車が動かなくなった。曳き手が綱を引いても車輪を確かめても効き目がなかった。咆哮が村じゅうに轟いたのは、行列全体が歩みを止めてすぐのことだった。みな水を打ったように静かになった。しかし、彼らの頭上をふさいでいた雲が吹き払われるように消え、春の暖かな光が満ち満ちた途端、今度は歓声がわき起こった。魔法使いは目と耳を疑った。ボツェムギイの山車は腕を振り上げて再び吠えると、背中の造り物の花や灌木を逆立てた。するとそれらは本物の草花となって、花びらや種を惜しみなくまき散らした。奇跡に諸手を上げ、打ち震えて泣く者もいた。
魔法使いは歯ぎしりした。誰かが魔法をかけなおしたとしか思えなかった。ところが、熊じみた山車がゆっくりと動いて自分を正面に捉えた時、怒りも凍てつく恐怖に襲われた。たまらず近くの葉の落ちた木立に逃げ込み、自分に目くらましの魔法をかけた。その間にもボツェムギイの山車は春の祝福を振りまき、今や行進の先頭となってみなを引き連れながら木立に進んでいった。
「善き精霊ボツェムギイ万歳!」
「春の栄えのボツェムギイ!」
みなの声に応えるように、ボツェムギイが一際大きく吠えた。すると暖かな突風がやって来て、うなりながら木立を吹き抜けていった。突風は木の芽や若葉をことごとく輝かせ、魔法使いを軽々と吹き飛ばした。魔法使いは高く舞い上げられると、雪解け水の注ぐ川に落ち、歯の根の合わぬ冷たさに震えながら流されていった。そしてほどなく肺を悪くして死んだとも、捕えられて一生を牢屋で暮らしたとも言われている。
終
善き精霊ボツェムギイ 藤枝志野 @shino_fjed
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