第54話


 目を覚ました瞬間、俺はぼんやりとした視界の中で天井を見上げていた。

 ここは、俺の部屋か。……えーと、なぜこうなっているのか。


 うん、思い出した。俺はグシヌスと戦って、体が限界になって気を失ってしまったんだったな。

 しかし……もう体は、わりとすんなりと動いた。まだ無理に動かそうとすると、痛む部分はあったが、筋肉痛程度だ。気にはなるのだが、動けないほどではない。


 もしかしたら、腕のいい回復魔法使いに依頼して、治療でもしてくれたのかもしれない。

 俺が軽く伸びをしたときだった。部屋の扉がちょうど、開いた。

 視線を向けると、そちらにはリーニャンがいた。目が合った瞬間、慌てた様子で彼女は部屋を飛び出していった。


 ……あー、あれからどうなったのか、念のため確認したかったんだけどなぁ。

 まあ恐らく、誰かを呼びに行ったんだろうし、俺はしばらく待っていよう。

 といっても、ただベッドでゴロゴロしていても暇だ。時間はいつもの仕事を始めるような時間だったので、いつものように制服へと着替える。


 ……さて、今日からもう業務を開始できるぞ。

 そんなことを考えていると、廊下からバタバタとした音が響いてくる。そして、俺が視線を向けた時、ちょうどルシアナ様とリーニャンがやってきていた。


「ろ、ロンド……目が覚めたのか?」

「はい。おかげさまでもう体もすっかり元気ですよ」


 俺が笑顔とともに答えると、ルシアナ様は一瞬ぐっと唇を噛んでから、目を潤ませた。


「……良かった。無事で、本当に良かったぞ」


 彼女の声が、優しく胸に響いた。俺のためにこんなに心配してくれていたなんて……少し、照れくさいな。


「……すみません、心配をかけました。でも、ルシアナ様を守れたようで良かったです。あれから、グシヌスはどうなりましたか?」

「……妖刀の力を使いすぎたようでな。……まもなく、死んだ」

「そうですか……」

「気にする必要はない。……ヴァンに関しても、こちらからそういうことがあったという話をさせてもらった。……奴はうちとは関係ないの一点張りだったが、相当焦っていたようだったからな。しばらく、こちらに手を出してくることはないだろう」

「……申し訳ありません。俺が色々言ったばかりに、ルシアナ様を危険に晒してしまって」

「気にするな。私が選んだ道だ。リーニャン。エレナとキャリン、それと屋敷の者たちにもロンドが目覚めたことを伝えてくれ。皆心配していたからな」

「……分かりました」


 リーニャンは丁寧に頭を下げてから、廊下を駆けていった。

 こちらを心配そうに見てくるルシアナ様は、涙を必死にこらえているようで、俺はそれが心配になってしまう。


「ルシアナ様は怪我をしていませんよね?」

「……当たり前だ。なぜそんなことを聞いてくる?」

「その、今にも泣きそうでしたので」

「……当たり前だ。お前が、数日、目覚めなかったのだぞ? 心配にもなるだろう。まったく……私なんかのために命まで賭ける必要はないだろう」


 むすっとルシアナ様は少し子どもっぽく頬を膨らませた。

 何を言っているんだろうか、この人は。

 ……そんなルシアナ様に、俺は少し苦笑してから、ぽつりと言った。


「出会いは……結構変な感じでしたけど……俺をあの男娼から連れ出してくれたことは感謝しているんですよ?」

「……そうだったのか?」

「はい。あのままあそこにいたら、たぶん俺は酷い扱いをされていたと思います。だから、俺を助けてくれたあなたを守れて、本当に良かったです」

「……そ、そうか」


 ルシアナ様は少し顔を赤らめ、視線を外した。

 あれ、何か変なこと言ったかな?


「まぁ、とにかく体はもう動きますし……今日から仕事を再開しましょうか」

「ほ。、本当に……動けるのか?」


 彼女の表情にはまだ不安が残っているが、俺は体を少し動かしてみせる。確かに、あれだけのダメージを受けた割には、驚くほど回復している。


「はい、全然大丈夫ですよ。むしろ、休みの間エレナとキャリンに仕事を任せてしまっていましたし、リハビリも兼ねて今日から復帰しますよ。見たところ、まずはルシアナ様の着替えのお手伝いからですよね?」


 俺がいつもの朝の業務について口にすると、ルシアナ様は耳まで真っ赤にする。

 それから慌てたように首を横に振る。


「き、着替えはいい! 見られたくない!」

「え? ……ふ、太りました?」

「何をいきなり失礼なことを言ってくるこの馬鹿者が!」


 突然の拒絶に俺は思いついた疑問を口にすると、理不尽に怒られた。


「とにかく、着替えの手伝いはいい! 今はリーニャンにお前の仕事の一部を手伝ってもらっているから、お前はリーニャンの補助という形で復帰しろ! 着替え、入浴の手伝いはしなくていい! いいな!?」


 ルシアナ様は顔を赤くしたままそう叫び、部屋を去っていった。

 ……それから、エレナやキャリンがやってきて、俺の復帰を喜んでくれた。

 部屋の入口にはクラウスさんがいて、俺の様子を確認してから去っていくのが見えた。


 ……クラウスさんも、元気そうだな。

 色々あったが、今日からまた穏やかな一日が始まるのだろう。



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幼児退行してくる第七王女の執事になったんだけど 木嶋隆太 @nakajinn

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