機械人形と家出魔女

@Kondaku_Amata

第1話:「来客」

午前5時に目が覚める。


...違うかも。目は元から開いてた。


...午前5時に起きる...?


これも違う。僕は最初から立っていた。


午前5時に...うーん...脳...?


脳があるか怪しい。


適当なことを考えている間も、体は勝手に動く。

床に敷かれた魔法陣から離れると、急に意識がはっきりとする。

今日で6438回目。ゾロ目になっても何も起きないけど、何となくで数えてる。


コツコツという音が止んで、すでにドアまでたどり着いていることに気が付く。

少しジャンプしてドアノブを両手で下げる。何とかつま先で床を蹴ってゆっくりとドアを開く。


見慣れた廊下。見慣れた床。見慣れたキッチン。


聞きなれた足音、聞きなれた床の軋み、聞きなれたため息。


これだけ時間がたったんだから、少しくらい背が伸びてくれればよかったのにと思ったりしたけど、もしかしたらそれはそれで慣れない体でうまく動かせないかも知れない。


結局全部暇つぶしの想像だけどね。



ふと、手に意識を向けると、僕は黄身が二つ入っていた卵をすでに溶いてしまっているところだった。気づかないうちに熱せられたフライパンからはすでに香ばしいバターの匂いがしてる。僕のちょっとした幸運は慣れた手つきで一瞬でドロドロの黄色になってフライパンに流し込まれる。


誰かに見せたかったなぁとか思っている間に、冷蔵庫からトマト、玉ねぎ、クリームチーズを出している。


手に持ったままスライス。切れたものをナイフに乗せて、手首をひねってひょいっとフライパンへと。

一、二、三枚...玉ねぎに持ち替えて一、二、三...


玉ねぎが焼けたあたりから甘い匂いが混ざってくる。

良い匂いだと思いたいんだけど、何千回と嗅いでると流石に鼻につく。


チーズは飛ばせないから椅子を引きずってくる。上に乗って、チーズを卵の中へ。


裏面が焼けて少し硬くなっている間に全部閉じる。


「いち...に...さん..」


数えながら皿を持つ。三秒半くらいで...


「よいしょっ!」


まるで絵に描いたかのように整った形をしている。焼き加減も完璧。

テーブルに置いて...


僕は頬杖をついてそのオムレツから立つ湯気をボ~...っと眺める。


「...はぁ。」


僕はこれを食べない。


これはご主人様の物。

でも、ご主人様は3年くらい前からもういない。

だから僕は、このオムレツが「ご主人様の朝食」から「冷えて食べられないゴミ」になるまで待つしかない。


「...はぁ。」


この屋敷も、「ご主人様の屋敷」から「ズタボロの廃墟」になるまで、僕は出られない。


そういう制約。


「...は~ぁ!」


天井に向かってデカめのイライラをぶつけても、返事は帰ってこない。


自動人形って、退屈だ。


―――しばらく経った。何時間だったか何分だったかは覚えてないけど...そこから先は鮮明に覚えてる。


「ドゴォーン!」という轟音と共に屋敷が揺れ、埃がパラパラと天井から降ってくる。埃が卵に乗って、やっと食べ物じゃなくなって僕の拘束が解ける。


「なんだ!?」


先に卵を捨てたかったんだけど、それどころじゃない。ドアを開け放って音の元へと走っていくと...


「...はぁ!?」


ドアがはじけ飛んでいる。

左へと一つ、右へと一つ。破片は散乱して、二つのドアの真ん中には大穴が開いている。

ドアノブが見つからない。


パッと視線を上げると、そこにいたのは僕より少しが身長が高いだけの女の子だった。失礼だけど、流石にこれには驚きを隠せなかった。目を見開いたまま、ポカリと口を開けたままその少女を見ていた。


キレイに伸びた金髪、真っ赤なドレス。

ハイヒールも、ネックレスも、指輪にも少しだけ宝石が輝いている。


「...貴族はたくさん見てきましたが、あなたのような...その...」


余裕ぶったセリフが言いたかったんだけど、言葉に詰まる。ご主人ならきっと冷静でいられたと思うけど、3年ぶりの来客がドアをぶち破ってくる貴族の女の子なんだ。


頭の中がまとまらない。


少女が冷や汗を垂らしながら目を逸らす。


「えっと...その...コホン!」


彼女は咳ばらいをすると、わざとらしく仁王立ちする。


「わ...我が名はメアリー・ローズ!神秘派、ローズ家の四女にして...」


急に名乗りだしたかと思ったら、ローズ家。神秘派のトップと名高い歴史ある一族だが...何故こんなことを...?それも四女...


「跪づ...ちょっとアンタ!?」

「?」


首をかしげる。


「...アンタもバカにするのね。」

「えっ...!?そんなこと一言も―」

「言わなくても分かるのよ。今『四女』って思ったわね。」

「なぜそれを!?」


彼女がズカズカと土足で屋敷に上がってきた途端、僕は反射的に武器を手にしてしまう。


「さ、下がれ!」

「...?」


メアリーの足が止まる。


「...何よそれ。そんなものでアタシを止められるとでも?」

「『そんなもの』だって?」

「針じゃないの。」


僕が手に持っているのは、青白く光る針。

ご主人様が僕に残したアーティファクト。人の腕くらいの長さがあるこれは、針というか剣や槍に近い。


顔の前で構える。


「ただの針だと思ってもらうと困りますよ。」

「...ふうん、確かに面白そうね。」


メアリーが不敵に笑いながら拳を握り締める。


「...でもやっぱり針なのよ。それを私の前で堂々と構えるとどうも...」


そして彼女は顔の前で拳を構える。


「バカにされてる気がして腹が立ちますわ。ブッ飛ばしますわよ?」

「それは...!?」


彼女がいくつかパンチを空打ちする...問題は音だ。


シュパッ!シュパッ!


その身なりと見た目からは想像つかないくらいに速いし、戻る前に一瞬止まる拳からは少女から放たれてはならない重さを感じる。


「『ぼくしんぐ』...と言いましたかしら。町で見ましたの。父上は野蛮だの下劣だの散々言ってましたわね...私は好きですわ。」


メアリーがステップを踏みながら近づき始める。


「そんな...」

「フフッ...誰に見せても同じ顔をしますの。何度見ても飽きないですわ。」

「ちょ...ちょっと待ってくださいよ!そもそも僕たちなんで戦ってるんです!?」


メアリーの足が止まる。


「えっ...?ええとぉ~...こ、この座敷を頂戴しに来たのですわ。」

「なんだって!?ここはまだ...」

「黙まりなさぁ~い!」


急に彼女の大ぶりな右ストレートが飛んでくる。

とても経験者の動きには見えない。腰の入れ方、前ステップのキレ、腕のひねり...色々と足りない。

戦闘訓練は結構してきた。だからこの子が戦い慣れていないことは分かる。

なのに...


「!?」


僕は針での防御を放棄して横に倒れこむようによける。乱暴に振られた右手はそのまま下に向かって弧を描いて、床に当たる。


ドゴォーン!


「これはさっきの...!?」


ドアを破られた時と同じ音。飛び散る木片。床に突き刺さった右手をメアリーが引き抜くと、そこには傷一つない。


「チッ...意気地なしですわね。やっぱりその針、脆いんじゃないですの?」

「こういうことに使うものではないので...!」


今本能的に感じた。


当たったら死ぬと。


ゆっくりと立ち上がり、テールコートを正す。

埃を払って、ネクタイを締める。


女の子だと思って甘く見てたけど、それどころではなさそうだ。


「...これ以上この屋敷を傷つけるというのなら、僕も本気を出しますよ。」


僕が針の先で、床に線を引くと、そこに青白い糸が残る。


「...これを超えたら、ただじゃ起きませんよ。」

「フフッ、それで私が怖気づくとでもお思いで?」

「全然。でも、超えてもらえないと戦えないんですよ。」


もう一度、針を構える。


「そういう設計ですので。」















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