バビンカと共に

神野さくらんぼ

第1話

「奄美大島にタマに会いに行かない?」


沖縄に住む高校からの友達の昌美からLINEが来たのは7月の上旬、私は二つ返事で「行く行く!」と答えた。


他にも何人も声をかけてくれているらしく

定期的に会っている子や15年、20年ぶりの子もいて小さな修学旅行になりそうな気持ちでワクワクしていた。


皆んなもちろん「行きたい!」

と言ったものの、仕事の都合や家族の都合で1人2人と減っていった。

その中で残ったのは、沙代、ミエ、私


タマも同じ高校の友達で、今は奄美大島で泥染の染師をしている


以前もらったタマが染めた布は、テーブルセンターやタペストリーとして家のセンスをグッと上げてくれている。


今回のメインは泥染体験

何か染めたいものを各自持っていくとの事で

私はエコバッグ、Tシャツ、おにぎり二個包めるくらいのナプキンを用意した。


9月になり、いよいよ今週末!

というところで天気予報が不穏な情報を出し始めた。

台風13号バビンカが旅行日程に奄美大島を直撃すると!


そこからは毎日毎日天気予報を見ながら連絡を取り合う…

最近の予報当たらないよね!

台風の進路って変わるよね!

速度が遅いみたいだから大丈夫かも!


そんなやりとりも虚しくミエが最初に諦めた。

行けたとしても帰れない可能性が高いから無理だわと。


残るは昌美を含め3人!

飛行機が飛ぶ限り行く!!


と決行した!


奄美大島空港で15年ぶりに会ったタマは

泥だらけの長靴に愛着のありそうなTシャツとスウェットパンツ。

髪はひとつにまとめ上げていて、手先は藍色に染まっていた。


高校の頃とは全く変わった印象なのに

イキイキとした美しさが溢れていて、藍色に染まった手もまた美しく見えた。


少し後になって、奄美大島にくる前から旅をしてる昌美が、大きなバックパックを背負って颯爽と現れた。

どんなに久しぶりに再会してもすぐに出会った頃に戻れるのは、学生時代の友達の特徴なのだろうか。


台風が来る前に!と真っ先に泥染体験をさせてもらうために工房へ向かった。


旅の荷物から着替えを出して離れで着替えさせてもらい、工房へ。

一面赤茶色に染まった迫力ある作業場に圧倒された

中央にはお風呂のような大きな容器に、染め液のようなものがたっぷりと入っている

この液体が「泥染」の最初の工程に使う「車輪梅(シャリンバイ)」から作られた染め液

師匠は車輪梅を細かくして燻して染め液を一から作る。さらに田んぼの泥で染めるという伝統の泥染の工程を長年続けているらしい。


車輪梅に含まれるタンニンと、泥田の鉄分とが反応して、深みのある色に染まっていくのだそう。


エプロンと長靴を借りて染め物体験がスタート。

年季の入ったタライ

そこへ車輪梅の染め液を入れてTシャツやらを浸けていくと、淡いピンク色に染まっていく。

パン生地をこねるように布に染め液を揉み込んでいく。

液を交換しながら3回繰り返す。


その後、染め液に石灰を混ぜてまたこねていく。

それも3回繰り返す。


そしていよいよ田んぼへ。

軽トラックの荷台にビールラックを踏み台にして上がる。

そのラックを引き取りひっくり返して椅子にする。

なんとも考えられた無駄のない動き!

軽トラックの荷台で揺られながらのどかな道を進む。心地よい風が皆んなの顔をなでていく。


本当の青春時代にこんな経験したことはないのに「青春だね〜」と笑い合う。

空は曇っているけれど、私たちの心は真っ青に晴れ渡っていた。


田んぼと言っても、お米の田んぼとは違い平らな場所にあるわけではなく、急な階段をタライを持って降りていく。


足の付け根まで入る深さの泥を足でかき混ぜて、木のタライに泥を入れ布に染み込ませていく。

また泥を交換して3回繰り返す。


そしてその泥を川で洗い流すという。

また軽トラックにのって川まで行き、急勾配の階段を降り川でじゃぶじゃぶと泥を落とす。


工房での作業はなんなくこなしていたものの、田んぼや川での作業ではいきなり落ちこぼれになってしまった。


へとへとになりながら工房へ戻り脱水機で脱水をしてもらって体験の工程は終了。


もっともっと深い色を出すためにはこの全工程を何度も繰り返すのだそう。


師匠の畑で取れた島バナナのジュースがびっくりするほどおいしくて身体に染み渡る。

絶対にバナナジュースのお店を開いたらいいと思った!


その日の夜は島の繁華街へ繰り出した。


島豆腐のサラダから始まり

エラブチの南蛮漬け

あぶらぞーめん

青さ、もずくの天ぷら

茹でとびんにゃ(貝)


島料理を堪能しながら、黒糖焼酎「じょうご」を頂く。


2件目では、製造量が少なく貴重な黒糖焼酎「山田川」で乾杯をしたところで運転代行が来てくれたため、プラスチックカップに移してもらった。

車の中で日付が変わる。

変わったその日はタマの誕生日だった。

私たちは車の中でプラスチックカップの焼酎で改めて乾杯した。


翌朝、まだ雨は降っていない。

沖縄に住む昌美は海を見たら入らずには居られないと、1人海へ泳ぎに行った。

沙代と私は台風が来るのに泳げる訳ないと水着を持ってこなかったから。


朝食後、近くのスーパーに買い物に行ったら

水着が売っていた

奄美大島の海で泳げるのは今しかない!

と、1番価格がお手軽な水着をお揃いで購入。


ホテルの前の海は内海なので、波は高くはならないのだと言う。

急いでホテルに戻り着替えて海へ飛び込んだ。

様子を見に来てくれたタマが海で泳いでいる私たちを見て驚いていた。

こんな日に泳いでる人がいると思ったらまさかあなたたちとは!

と言いながらもタマも仕込んでいた水着に着替えて合流した。

奄美大島の海は曇っていてもとても綺麗だった!


夏とは言え海で冷えた体をホテルのジャグジーで温める

靴擦れに貼っていたバンドエイドがぷかぷかと浮いていた。


さて、いよいよバビンカが近づいて来た。


島のお店は早仕舞いしてしまい、コンビニで食料を買い込みホテルに籠るしかなさそうだ。

島直撃のバビンカはかなりの暴風雨だったが、あとで島の人にきくと「あんなんそよ風さ」と。


タマは自宅に帰り、私たち3人は窓のサッシから降り込んでくる雨と停電と戦いながら夜通しUNOをしながら語り合った。


翌朝、バビンカが去った浜辺で3人ラジオ体操をしていたら近所のもずく漁師が「今日は海に入ったらいかんよ」と声をかけて来た。

もちろん入るつもりはなかったのだけど。


「どこも行く予定がないなら近くに島で1番大きなガジュマルの木があるから見に行ってみたら?

僕は見た事ないけどね。」

と道を教えてくれた。


見た事ないのにどうして島で1番大きいと分かるのだろう…

島の人の言う近いって多分遠いい…

と思いながら向かっていると、後ろから車がやって来て

「見た事ないから僕も見に行こうかな」

と連れて行ってくれた。


観光ガイドには乗っていないような細い細い私道を進んで行く そしてもちろん決して近くはなかった。


そのガジュマルは見事に大きかった!


くねくねとした根っこがトンネルのようになっていて見上げると青々とした葉が茂っている。


漁師さんは岡田と名乗った。

岡田さんは左足はビーチサンダル、右足はNIKEのスニーカーを履いていた。


岡田さんはそのまま映えるスポットに連れて行ってあげると言い、車を走らせた。

着いたところは確かに眼下に海を見渡せる絶景だったのだが、そこは貸別荘を建てるために購入を検討している土地らしい。

「どう?ここ!都会の人の意見を聞きたくて」と。


彼の頭の中では色々なプランが出来上がっていて、「ここの管理は誰かを雇って任せようと思ってるんだ。管理といっても名前だけで、ほとんど僕がやるんだけどね」


ちょっと話がややこしくなってきたところで、タマからの合流連絡が入ったと言う事にしてホテルまで送ってもらう事にした。

帰りの車では後部座席で時折居眠りをしている2人の代わりに助手席に座った私が話し相手を担った。


その日の午後はタマがあちらこちらに連れて行ってくれて、島豆腐のお惣菜を買って見晴らしの良い公園でピクニックをした。

なんて素敵な過ごし方なのだろう!


夜には島のお友達が1人2人3人と合流していき、夜中まではしゃいだ。

藍染職人やアクセサリー職人、アロママッサージ師などなどそれぞれが技を待ちイキイキとしていた。

そう、タマをはじめ島の友達は皆んなイキイキしていた。


今回の旅はバビンカと共にやって来て、様々な生き方を目の当たりにし、心の中にも嵐が吹いた。


最終日、やっとお見えした太陽の下3人で空港へ向かう。

(タマは二日酔い真っ最中…)


空港前のロータリーで前を歩く2人の後ろで私は足を止めた。

「どうした?」

「忘れ物した?」

声をかけられるも、足が動かない。




「私…島に残る。岡田さんの貸別荘で管理人しながらバナナジュース屋をやる!」


そこへ岡田さんの乗ったハーレイが大きな音をたてて滑り込んできた。

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バビンカと共に 神野さくらんぼ @jinno_sakuranbo

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