7月31日の忘れ物

秋犬

7月31日の忘れ物

 夏休みの小学校はどこか湿っている。日射しが照りつける校庭には誰もいない。


「兄ちゃん、やっぱり帰ろうよ」

「バカ。ここまで来て帰れるかよ」


 じわじわ鳴いている蝉の声を聞きながら、大輝だいき颯太そうたは昇降口を目指す。


「誰かに相談しようよ」

「じゃあお前がしてこいよ」


 気弱な颯太に、大輝は言い返す。颯太はそれ以上何も言わなかった。


「どうせ誰も信じないだろ、な?」

「まあ、そうだけど……」


 昇降口は閉まっていた。大輝は職員入り口である正面玄関へと向かう。


「どうしよう、事務のおばさんに見つかるぞ」

「何か言われたら、忘れ物を取りに来たって言ってみれば?」

「それだ」


 大輝と颯太はキャップを目深に被り直し、正面玄関から校内へ侵入しようとする。


「あら、どうしたの?」

「やべっ」


 大輝の懸念通り、玄関横の小窓から事務室のおばさんが話しかけてきた。


「あ、あの僕たち、忘れ物を取りに……」

「あら宿題でも忘れたの? それじゃあここに名前を書いて」


 大輝と颯太は顔を見合わせ、それぞれ名簿に名前を書いた。


「五年三組の木元きもと大輝くんと三年二組の木元颯太くんね。はい、気をつけて行ってきて」


 おばさんは二人に首から下げる入校証を渡した。ドキドキしながら二人は受け取り、一応首に下げて学校の中へ入る。


「……あ、怪しくなかったかな」

「普通に挨拶して、はやく帰ろう」


 二人は靴下のまま、3階の理科室まで走った。途中で誰か先生に見つからないかひやひやしたが、運良く誰にも見つからなかった。


「よっしゃ、鍵が開いてる」

「急げ急げ」


 そっと理科室に侵入して、目当てのものを探す。


「この前は確かにあったのに……」

「あった、準備室のほうだ!」


 二人は「珍しい鉱物」の棚へ駆け寄る。目当てである拳大の群青色の石には「頑火輝石」のラベルが貼ってあった。大輝は持ってきた本物の「頑火輝石」をポケットから出し、群青色の石とすり替える。


「よし、早く帰るぞ!」


 二人は階段を駆け下り、事務室まで戻ってくる。


「ありがとーございましたあ!」


 入校証を小窓のそばに置き、二人は走って学校の敷地から出ていく。


「……ふう、これでいいんだよな?」

「はやく戻ろうよ」


 そのまま二人は一度家に帰り、用意されていた昼食を食べた。冷えた素麺が暑い中走ってきた身体によく染みた。


***


 昼食の後、二人は街外れの廃工場へ向かった。


「おい、持ってきたぞ」


 大輝の呼びかけに、もう使われていないであろう機材の裏から何者かが現れた。


『助かった、これこそまさに星間航路図計プラネタリウム


 全身銀色の謎の人影は、大輝から群青色の石を受け取ると大事に胸に抱き寄せる。


「よかったね、これで帰れるんでしょう?」

『ああ、君たちには礼をしなければならない』


 そう言うと謎の人影は廃工場へ入っていき、群青色の石を乗り物のような機械に取り付ける。


「礼だなんて、ただ学校に行ってきただけだよ」

『しかし、私ではなくした星間航路図計プラネタリウムを取り戻すことができなかったよ』


 人影は乗り物に乗り込む。遥か遠くから地球へ不時着してバラバラになった乗り物を修理したが、どうしても大事な星間航路図計プラネタリウムだけ見つからなかったそうだ。廃工場で出会った大輝と颯太は人影の探しているものを学校で見たと言い、人影が準備した代わりの石とすり替えてきたのだった。


『それでは、ささやかだけれどこの辺りの壁面に星間航路図を投影しよう』


 急に廃工場は真っ暗になり、辺り一面に輝く銀河が現れた。


「わあ、すご……」

「すっげー……」


 大輝と颯太は思わず互いの手を握りしめた。そして銀河の渦の中で、夏の暑さも忘れてしばらく宇宙のただ中を彷徨った。


 赤い星に青い彗星、緑の星雲に黄色の小惑星帯。宇宙旅行は短い間だったが、永遠に続くように思われた。


『それでは、私はそろそろお暇しよう』

「もう帰っちゃうの?」


 颯太が人影の声に寂しそうに応える。


『ああ、君たちを見ていたら僕の家族を思い出してね』

「そっか、元気でな」


 いつの間にか銀河は廃工場に戻っていた。それから人影が乗り込んだ乗り物は静かに浮かび上がった。


『さようなら、子供たちよ』

「さようなら、宇宙人のおじさん!」


 二人は加速して地球を去って行く乗り物が見えなくなるまで見送った。じわじわと蝉が鳴く声が聞こえてくる。まだ握りしめていた互いの手は汗でじっとり濡れていた。


「帰ってアイスでも食べるか」

「うん」


 二人は廃工場から出て、家に向かって歩き出した。手は繋いだままで、夏の日射しが眩しかった。


〈了〉

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