第6章 記憶の星屑

 文化祭まであと1週間。クラスのクイズ大会の準備は着々と進んでいた。私とさくらは放課後、教室に残って最後の詰めをしていた。


「ねえ、凛」


 さくらが突然、クイズの原稿から顔を上げた。


「うん?」


「凛の記憶力のこと、他の人には話した?」


 その質問に、私は少し躊躇した。


「ううん、さくら以外には誰にも……」


 さくらの表情が柔らかくなる。


「そっか。なんだか、特別な気分」


 さくらの言葉に、胸が温かくなる。でも同時に、小さな不安も芽生えた。


「さくら、私のこの能力……普通じゃないよね」


 言葉に詰まる。さくらが真剣な表情で私を見つめる。


「確かに普通じゃないかもしれない。でも、それが凛なんだよ。私はそんな凛が好き」


 さくらの言葉が、星屑のように私の心に降り注ぐ。


「でもね、凛。その能力は凛の一部でしかない。凛の優しさや、笑顔や、時々見せる寂しそうな表情も、全部含めて凛なんだよ」


 さくらの言葉に、目頭が熱くなる。


「ありがとう、さくら」


 思わず、さくらに抱きついた。柔らかな体温と、ほのかな香りに包まれる。


 その時、教室のドアが開く音がした。


「あれ? まだ誰かいたの?」


 藤掛先生が顔を覗かせた。慌てて離れる私たち。


「あ、はい。クイズの最終チェックをしていて……」


「そう。頑張ってるわね」


 藤掛先生が微笑む。その目が、何かを察したように輝いていた。


「二人とも、遅くならないようにね」


 そう言って、先生は去っていった。


 しばらくの沈黙の後、さくらがクスッと笑い出した。その笑顔に釣られて、私も笑ってしまう。


「ね、凛。明日の放課後、どこかに行かない?」


「え? でも準備が……」


「大丈夫、もうほとんど終わってるでしょ? たまには息抜きも必要だよ」


 さくらの誘いに、少し迷う。でも、その瞳に映る期待に、心が揺れる。


「うん、行こう」


 翌日の放課後、私たちは学校を出た。行き先を決めていなかったけれど、なぜか足が自然と動いていく。


 気がつくと、小高い丘の上に立っていた。そこからは街全体が見渡せる。


「わあ、きれい」


 さくらの声に、私も息を呑む。夕暮れの街が、オレンジ色に染まっている。


 ベンチに腰掛けると、さくらがそっと私の肩に頭を乗せてきた。


「ねえ、凛」


「うん?」


「私ね、凛と一緒にいると、時間が止まったみたいな気分になるんだ」


 さくらの言葉に、心臓が大きく跳ねる。


「私も……さくらと一緒にいると、全ての記憶が鮮やかになる」


 二人の間に、優しい沈黙が流れる。


 空が少しずつ暗くなり、星が瞬き始めた。


「あ、流れ星!」


 さくらが空を指さす。一瞬の輝きが、夜空を横切っていった。


「凛は、何か願い事した?」


「うん……さくらは?」


「私も」


 二人で顔を見合わせ、くすっと笑う。


「ねえ、教えて」


「だめだよ、願い事は秘密」


 さくらが頬を膨らませる。その仕草が愛おしくて、思わず頭を撫でた。


「さくら、ありがとう」


「え? 何が?」


「私の全てを受け入れてくれて。私の記憶の中で、さくらとの思い出が一番輝いてる」


 さくらの瞳が、星のように輝いた。


「凛……」


 そっと顔を近づけてくる。唇と唇が触れ合う。柔らかくて、温かい感触。


 その瞬間、私の中で無数の星が生まれたような気がした。さくらとのすべての記憶が、きらめく星屑となって広がっていく。


 キスが終わると、さくらが恥ずかしそうに微笑んだ。


「文化祭、楽しみだね」


「うん。さくらと一緒なら、きっと素敵なものになる」


 手を繋ぎ、ゆっくりと丘を降りていく。街の明かりが、私たちを優しく包み込んでいた。


 この瞬間を、この感覚を、私は永遠に覚えているだろう。そう思いながら、さくらの手をぎゅっと握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る