【百合学園小説】記憶の花園で君を想う

藍埜佑(あいのたすく)

第1章 透明な朝

 朝もやの中、街路樹の葉が風に揺れる音が聞こえた。私は目を覚まし、窓の外を見た。薄暗い空に、かすかに朝日が差し始めている。


 私の名前は葉月 凛(はづき りん)。17歳、高校2年生。この街で生まれ育った、ごく普通の女の子……のはずだった。


 ベッドから起き上がり、鏡の前に立つ。長い黒髪を梳かしながら、自分の顔をじっと見つめる。大きな瞳、小さな鼻、薄いピンク色の唇。そこには、昨日までと同じ私がいた。でも、何かが違う。何かが変わってしまった。


 昨日、私は自分が「普通」ではないことに気づいてしまった。


 制服に着替えながら、昨日の出来事を思い出す。放課後、図書室で勉強をしていた時のこと。隣の席に座っていたクラスメイトの佐伯さくらが、ふとした拍子に私の肩に触れた。その瞬間、私の体に電流が走ったような感覚があった。さくらの香りが鼻をくすぐり、心臓が早鐘を打ち始めた。


 そして、私は気づいてしまった。自分がさくらのことを、友達以上の気持ちで見ていたことに。


「りーん! 朝ごはんできてるわよ!」


 母の声に我に返る。制服のリボンを整え、深呼吸をした。


「はーい、今行くー!」


 階段を降りながら、もう一つの「普通じゃない」ことを思い出す。私には、人並み外れた記憶力がある。一度見たものや聞いたことは、ほぼ完璧に覚えてしまう。それは小さい頃から気づいていたけれど、周りに言うのが怖くて、ずっと隠してきた。


 食卓に着くと、両親が笑顔で迎えてくれた。いつもと変わらない朝の風景。でも、私の中では何もかもが変わってしまったように感じる。


「いってきまーす」


 玄関を出ると、さわやかな風が頬をなでた。桜の花びらが舞い、透明な朝の空気に溶けていく。その光景を見て、ふと思う。


 私の中にある、言葉にできない何か。それはまるで、風に舞う花びらのよう。繊細で、はかなげで、でもどこか力強い。


 通学路を歩きながら、私は決意した。自分の中にある「普通じゃない」ものと向き合おうと。それが、本当の自分を見つける旅の始まりだった。

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