第8章 宝物は、いつも君のそばに


 文化祭から数週間が過ぎ、秋も深まってきた。私とさくらの関係は、周囲にも少しずつ気づかれ始めていた。


 ある日の放課後、藤掛先生に呼び止められた。


「葉月さん、ちょっといいかしら」


 職員室に案内される。緊張して椅子に座る。


「葉月さん、あなたの成績のことなんだけど……」


 先生の表情が真剣だ。私は息を飲む。


「実は、学年で一番なのよ。しかも、かなりの差をつけて」


 その言葉に、少し戸惑う。


「あの、それが……」


「葉月さん、あなた、特別な才能があるんじゃないかしら」


 藤掛先生の目が真剣だ。私は深呼吸をして、決意した。


「実は……先生」


 そして、私は話し始めた。自分の特殊な記憶力のこと、それをずっと隠してきたこと、そして最近になって、その力を前向きに捉えられるようになってきたこと。


 話し終えると、先生は驚いた表情で私を見つめていた。


「葉月さん、そんな素晴らしい才能を持っていたなんて……」


「でも先生、私、この力をどう使えばいいのか分からなくて」


 先生は優しく微笑んだ。


「その答えは、きっとあなた自身が見つけていくものよ。でも、一つだけ言えることがある」


「はい?」


「その力は、きっと誰かを幸せにするためにあるのよ」


 その言葉が、心に深く沁みた。


 職員室を出ると、さくらが待っていた。


「凛、大丈夫だった?」


 心配そうな表情で近づいてくる。


「うん、大丈夫。むしろ、すごくいい話ができたんだ」


 さくらに、先生との会話の内容を話した。


「やっぱり! 私、ずっとそう思ってたんだ。凛の力は、きっと素晴らしいものだって」


 さくらの言葉に、胸が熱くなる。


「ねえ、さくら。私ね、決めたんだ」


「うん?」


「この力を使って、誰かの役に立ちたい。でも、それと同時に……」


 言葉に詰まる。さくらがじっと私を見つめている。


「同時に、普通の女の子でいたい。さくらと一緒に、たくさんの思い出を作りたい」


 さくらの目に、涙が光った。


「凛……」


 さくらが抱きついてきた。その温もりに包まれながら、私は思う。


 この瞬間も、私の記憶に永遠に刻まれるんだ。でも、それはもう呪いでも祝福でもない。ただ、大切な人との、かけがえのない時間。


 校庭の桜の木の下、秋の陽光が私たちを包み込む。風に乗って、一枚の葉が舞い落ちる。


 その葉を、さくらが器用に受け止めた。


「ね、凛。この葉っぱ、しおりにしない? 二人の思い出の本を作ろう」


 さくらの提案に、心が躍る。


「うん、素敵な考えだね」


 私たちは手を繋ぎ、ゆっくりと歩き始めた。これから作る思い出の本は、きっと私の能力なんかより、ずっと大切なものになるだろう。


 そう思いながら、私は空を見上げた。まだ見えない星々が、私たちを見守っているような気がした。


 私の中で、無数の花が咲き誇る。それは記憶という名の花園。そこには、さくらとの思い出が、最も鮮やかに咲いている。


 これからも、この花園は広がり続けるだろう。そして、その全てが私の大切な宝物になっていく。


 さくらの手を握り直す。温かい。やわらかい。愛おしい。


 私たちの物語は、まだ始まったばかり。


 そう思うと、不思議と心が軽くなった。未来が、希望に満ちて輝いて見えた。


(了)

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【百合学園小説】記憶の花園で君を想う 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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