わだす最強魔女の見習い中だす

矢門寺兵衛

第1話「精霊の友」

幼いドンノがこの魔女の森にやって来たのは十年前の冬であった。

師匠の大魔術師ララファが、魔法使いとして育てるために北の酷い寒村で買って来た娘だ。

それにしてもドンノはよく働く。

朝から夜まで炊事洗濯、家畜の世話に、植木の手入れや、裁縫にと「まるで奉公人の様だ」と他の学生たちから笑われている。

それに勉強する素振りも無い。

師の大魔術師ララファも、学園筆頭教授であるハヤカもドンノの労働を放置している状況だ。

そのせいか魔術の方は他の弟子たちに比べると全然ダメだが、本人は全く気にもしてない様子だ。


大魔術師ララファの魔法学校は妖精の森の手前にある神聖な土地だ。

巨大な樹木の林がそのまま組み合わされ校舎の形になっている。

鮮やかでカラフルな草原が広がり、赤青の薄いオーロラの様な灯りに包まれている。

森も空も小川も小さな妖精たちが飛び回っていた。

ドンノはこの風景が大好きだった。


「先生!洗濯終わっただ!」


「ありがとドンノ、少し魔法の勉強をしましょう」


「え…これからヤギの世話と畑の草むしりがあるだに」


「天体の動きや神話や歴史、数学、医学、薬草の種類も覚えないとダメよ、ドンノ」


「ハイですだ!」


優しい老婆の姿で大魔術師ララファは静かに微笑み、分厚い羊皮紙の束を開いた。

ドンノは静かで品のある大魔術師ララファの姿に見とれた。


ドンノが初めて大魔術師ララファに会ったのは十年ほど前だ。

突然黒雲と雷鳴と共に空から現れ、村の中に降り立った大魔術師ララファを見た村人たちは、あまりの恐ろしい鬼神の姿に畏(おそ)れて逃げ惑ったと聞く。

いや羽根の生えた魔物だった。

あるいは白く輝く天使だったとも聞く。

村人たちは息を潜めたが幼いドンノだけが大魔術師ララファを見てニコニコと近づいて行った。

どうやら魔術師ララファは、人によって見える姿が違うらしい。


ドンノはその場で魔術師ララファに金貨三十枚で買われた。

「我、明星を得たり」

その言葉を残し、たちまち飛び去ったという。

もう父母の顔もあまり覚えていない。

幼い頃に手伝った家事や農作業だけがドンノの思い出なのだ。


大魔術師ララファは精霊魔法の大魔法使いであり、国家占星術師範であり、預言者であり、医師であり、歴史家であり、国家第一の聖賢者と呼ばれる。


500年前には軍に協力して魔神軍を撃退し、

その土地の者からは『勇者ララファ』と呼ばれた。

町の広場には剣を振るう軍神ララファ像が建てられ、人々から大切に祀(まつ)られている。


だいぶ前、先輩魔女であり国家占星術師長であるハヤカに連れられ、その像を見に行った事がある。

「これが先生だか?」

『勇者ララファ』の像は、軍勢を率いて剣を振りかざす屈強な大男の像だった。


「ドンノ!いつまでグズグズしてるの!」


 アンルは八年前に地方領主の紹介で、ここ魔女の森に入って来た。

裕福な育ちらしく、きれいなキルトの服に、細かく編まれた美しい金髪を伸ばしている。

 彼女もまた小さな頃から大魔術師ララファに弟子入りした二つ年上の姉妹弟子だ。

アンルはもう空も飛べるし、魔法を使って自由に掃除や洗濯も済ませてしまう。

ドンノの後輩だが、すっかり追い越されてしまった。


アンルは天才肌の才能を持っていたが努力家でもあり、毎晩夜更けまで天文を読み、薬草を練り、星に祈祷をして、古典神話を学んだ。

アンルはドンノをグズで怠け者だと思っていたが、ドンノは密かにアンルを姉の様に尊敬していた。


アンルは少し呆れた様子で意地悪く笑った。

「洗濯なんて魔法でやればアッという間じゃない」


「そうなんだすか?」


「ご覧なさい」

アンルが両手で祈るような仕草から天に向かって両手を広げて祈祷文を唱えた。

「我、天使の御名を借り汝ら清き水に宿し精霊に命ずるサ・アルナラド・アタ」


アンルが古代神話の呪文を唱えると淡い光と共に、透き通った霧をまとった少女が現れて水を操った。

小川から水が立ちのぼりタライの中に溢れてグルグルと回り始める。


「ほえ〜アンタがやってるだすか?すごいだすねぇ」


精霊の方に話しかけているドンノを見てアンルはキョトンとした顔をしている。

「何言ってるの、魔法を使っているのはこの私よ?」


「だども働いているのは、このかわいい娘っ子だすけ」


アンルは驚いて聞き直した。

「え?あなた精霊の姿が見えるの!」


たしかにドンノは精霊の方を見ていた。

アンルにはまだ精霊は、ぼんやりとした光の気配にしか見えない。

ドンノは水の精霊をかわいい少女の姿だと言っている。

もしハッキリと精霊の姿が見えるのならば、それはより具体的に精霊との上位魔法契約が可能な事を意味する。

そうなれば一人前の精霊魔法使いだ。

アンルは背中に冷たい汗が流れたのを感じた。


ドンノは何の気も無く精霊に話かける。

「アンタもオラの洗濯も手伝ってくれるだか?」

水の精霊はうなずいて再び水の竜巻を起こし、たちまち洗濯を終えてしまった。


「ウソ…」

アンルは呆然と見ていた。

契約していない精霊がドンノの命令を聞いて、自分と同じ魔法を使っている!そんなバカな話があるわけが無い。


「ありがとうだすアンル、あっという間に洗濯終わっただす」


いきなりアンルは涙ぐんでドンノの頬を平手で叩いた


「あなた何をしたか分かっているの!契約違反よ!」


「け…契約違反?だすか?」


「だってあなた契約もせずに私の精霊を勝手に使ったじゃない!!」

アンルは癇癪を起こして泣き叫んだ。


ドンノは意味が分からなかった。

ドンノからして見れば、友達の精霊が自分の仕事を善意で手伝ってくれただけの話だ。


アンルはドンノを罵倒しながら自分の宿舎へ走り去って行った。


「アンル…午後の授業があるだに」

あの熱心なアンルが授業をサボるのを初めて見た。


自分は何か悪いことをしたのだろうか?

精霊や妖精があちこちに居る事は見えていたし知っていたが、それと契約して使役しようとは今の今まで考えた事も無かった。

とにかくこの魔女の森は精霊が多いのだ。

幼いころ来た時から、そういうものだと思っていた。


しかし精霊と契約ができるという事は、この精霊たちと会話ができるという事だろうか?


ドンノは、道端に咲いている小さなピンクの花の上で、いつもちょこんと座ってこちらを見ている妖精に語りかけてみた。

「あんたも精霊だか?」


「そうよドンノ、ようやく私に声をかけてくれたのね。嬉しいわ」


「今まで気がつか無ぇでゴメンだす」


「あら、いいのよ、友だちじゃない」


「友だちだすか?」


「ええ、あなたは時々私に水をかけてくれたじゃない。恩人よ。忘れないわ」


そういえば仕事の行き帰りに、ひっそり咲いた花がきれいだなと思って、水や堆肥をあげていた事を思い出した。


ドンノは道ばたの地面に語りかけてみた。

「なぁ、この土にも精霊さんも居るんだべか?」


不意に花の下から地面が盛り上がって岩と土でできた人型の巨体が現れた。


「やあ、働き者のドンノ。ようやく私にも声を掛けてくれたね」

土の巨人は静かに語りかけた。


「ほわ〜デッカいだすね〜」


「貸してごらん、手伝うよ」

土の巨人は軽々と手桶を持ち、ドンノを肩に乗せて歩き出した。


「うひゃあ、高いだすねぇ」

土の巨人の頭の上にちょこんと咲いたピンクの花の精霊が教えてくれる

「この土の精霊は『道』の守り神なのよ。

だから毎日掃き清めてくれるドンノが大好きなの」


「そうさ働き者のドンノ、僕にも手伝わせてくれ、君と一緒に働きたいんだ」


「ありがとうだす、一緒に働くだす」


ハヤカが王城の執務に戻ろうとして学校から出て来て驚きの声を上げた。


「ウソ、あれはゴーレム…?!」

さすがのハヤカも本物の『生きたゴーレム』を見たのは初めてだった。

ハヤカの知る範囲ではゴーレムが最後に現れたのは500年前。

ララファ先生が魔人の軍勢と戦うために三ヶ月もの祈祷を込めて造り出したのが最後と言われる。


そう、あの巨人こそ、剣を振りかざし悪鬼の群勢を薙ぎ払ったと言われる『勇者ララファ』そのものなのだから。


魔法学校の巨樹の上、

樹上の校長室の窓から厳しい顔でドンノとゴーレムを見つめる大魔術師ララファの姿があった。


〜第一話「精霊の友」終わり〜

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