入れば、俺のストーカーさん

こおの

読切

 俺は風邪を引いていて、むしゃくしゃしていた。

 むしゃくしゃして、イライラして、無性に━━寂しかった。

 そうとしか言えない。俺がそんな奇行に走ったのも、風邪のせいだったとしか言えない。

 

 

 思いっきり玄関の扉を開けると、ポカーンと口を大きく開けた女がそこに立っていた。

「入れば? ……俺のストーカーさん」

 女は、呆気にとられた顔で俺を見つめていた。

 

 

 ☆

 

 そのストーカー女の名前は知っていた。といっても名字だけだ。須藤━━そう、須藤といった。ストーカーの須藤。ほら覚えやすいだろ。

 須藤はワンルームの俺の部屋のど真ん中に座って、肩身狭そうに縮こまっている。まるでこれから絞首刑にでも遭うような、青ざめた顔で俺の顔色をチラチラ窺っている。

「あの……どうして私のことを……」

「どうして、って……あんな分かりやすいストーキングしといてよく言うよ」

「え」

「俺のこと、大学でずっと見てたでしょ。それにいつも俺の後ろに座ってて、食堂でも俺の後ろに陣取るし、行きも帰りも一緒の電車に乗ってるよね? それに、バイト先にもちらちら現れる」

 ストーカー女は、ひっ、と鋭く息を吸った。青かった顔が、今度は白くなった。

「それにいつも俺の家、遠くから見てるでしょ」

「あ……」

「しかもこの家、入ったことあるよね? 合鍵?」

「…………そそそそそんなこと」

「あるよね?」

 はい、と須藤は項垂れた。膝の上に置いていた細い手を、白くなるまで固く握りしめている。

「いいよ、別に責めないよ。今のところ困ることは無かったし、俺、元々あんまり人に興味持てないし」

「……はい。知ってます」

 須藤は、か細い声をさらに震わせながら言った。

「霧見くん、ほんとに興味ないですよね、人に。大学で浮いてるというか」

「……」

 ほっとけ。俺はそう顔に書いてしまったのかもしれない、須藤は、「あ、すみません」と華奢な肩をぎゅっと縮こませていた。

「でもそういうところが気になったというか……浮いてるのがまるで私みたいだなって……」

 確かに。須藤は俺と同じ匂いがする。人と群れず、単独行動が好きなイメージ。とはいえ、ストーカーするような女が群れを好むはずはないけど。

「あの、霧見くん。……大丈夫、ですか?」

「何が? まさか家の食料に毒でも盛った?」

 違いますよ、とストーカー女は言った。きっぱりと言い放った女に、俺は何故だか目を見張ってしまう。

「霧見くん、風邪ですよね。私、冷蔵庫に入れておいたんですよ。スポーツ飲料とか、ゼリーとか……」

 そうだ。俺はさっきそれを見た。それを見たから、俺は須藤を中に入れたんだ。

 見覚えはない、買い覚えもない、そんな食べ物が冷蔵庫のど真ん中に入っていたら、普通気味悪がると思う。でも俺は、何故だか嬉しくなった。このワンルームに、俺以外の人間がいるなんて気持ち悪いはずだけど、なぜだか今日ばかりは嬉しくなって……。

「霧見くん、寝てください! 顔色悪いですよ。熱も上がってきたんじゃないですか」

「それはストーカーがいるから」

「風・邪・だ・か・ら! ですよ!!」

 須藤は語尾を強めた。キリッと目を吊り上げて俺を見つめてる。あれ、なんか既視感。

「私、霧見くんのこと見てたからわかります。一昨日からしんどそうにしてました。バイトも昨日帰り遅かったし。そろそろ倒れるんじゃないかと、心配してたんです」

「…………」

「熱、何度ですか? 体温計持ってきますね!」

 なんで場所知ってんの、なんて聞かない。そんなのストーカー女に聞いたって意味がない。俺は背中のベッドに倒れ込む。座ってるのもダルかった。熱くて熱くて、ぼーっとしていた。

「霧見くん」

 須藤は、冷蔵庫から冷えピタを取ってきた。それは俺が買っておいたものじゃない。須藤は当たり前のように、それを箱から出して、俺の額に貼った。冷たい。でもすぐ気持ちよくなる。

「私、霧見くんの熱下がるまで、側にいるので」

「……さすがストーカー」

「看病させてください」

「……ストーカーに?」

「すみません。でも」

 須藤は、俺をじっと見つめた。控えめで真面目そうな顔。面長で、優しそうな雰囲気。今初めて見た、須藤の顔。

「私くらいじゃないですか。今、霧見くんが頼れるのは」

 母親みたいだな、と思った。須藤の真面目で地味な雰囲気が、俺の母親に似ている。いつも心配性で、いつも子どものためにって頑張ってた姿に、何故か重なってしまう。

「……霧見くん」

「じゃあ、治るまで……家にいていいよ」

 俺は吸い込まれるように、眠りに落ちた。俺なんかをストーキングしているような女の子がいるっていうのに、俺は久しぶりに深く眠った。

 夜中に一瞬目を覚ましたとき、須藤はベッドに寄りかかりながら、すーすーと眠っていた。

 ワンルームの部屋に、俺以外の人の気配がある。

 それが何故だか今はひどく━━安心する。

「……風邪だからだろ」

 風邪だから、人恋しい。

 風邪だから、頭が狂った。

 風邪だから、冷静になれなかった。

 

 それ以外に何がある? 何もあるはずがない。ストーカーするような女に、興味が湧くはずなんて……ない。

「……霧見くん」

 唐突に、須藤がふふと笑った。

 寝ているはずだよな。思わず覗き込んだ。穏やかな寝息に、どうしてか胸が温かくなった。

「……ストーカーのくせに」

 須藤の頭をポンと手のひらで叩いた。

 

 明日は追い出してやるからな。

 

 俺は須藤の長い睫毛を睨みながらそう心の中で呟いて、また深く眠ることにした━━━━。

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入れば、俺のストーカーさん こおの @karou_nokoko

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