番外編

勇者アルトルトの野望! 


   


 勇者アルトルトは三歳にして魔王城に旅立った。

 飛竜に首根っこくわえられて、ぽとりと落とされた魔王城。城門を守る衛兵に向かい、アルトルトは堂々と名乗った。


「われこちょは、ゆうちゃアルトルトなり! 極悪ひどうの大魔王はどこだ!」


 そう言ったら、頭から角が生えた大きな身体の衛兵二人は、顔を見合わせて。


「どうしよう。こんなちっこいのが勇者だと」

「追い返しても、ちゃんとお家に帰れるのか?」


 なんてぶつぶつ言い合っている。アルトルトはもう一度叫んだ。


「大魔王はどこだと聞いている!」

「こ、こちらにございます!」


 案内された。後ろで「魔王様になんとかしてもらおう」と聞こえた。

 そして、長い長い廊下を抜けて、大きな広間へと「ここから先はお一人で」と案内された。

 長く赤い絨毯が敷かれて、その先に階があり、おどろおどろしい角の生えた生き物のしゃれこうべ。そこに腰掛ける男がいた。

 思わず見とれた。

 アルトルトが今まで見てきたなかで、一番綺麗なものだったからだ。

 星屑を散らしたような不思議な紫色の光沢の黒髪。雪よりもなお白い肌は、触れればヒンヤリと冷たいのだろうか? それでも触れたいと思う。

 こちらを見る紫色の瞳、漆黒の縁取りの長いまつげ。すっと通った鼻梁に、ほんのりと赤い唇にはかすかに微笑んでいるように見えた。

 自分より遥かに背は高いだろうけれど、身体はほっそりとして、その組んだ足も肘をつく手も長くて、やっぱり細くて。

 頭上に真っ直ぐに伸びた、異形を現す銀の角さえ、やっぱり綺麗だと思った。

 この魔王のどこもかしこも、全部、綺麗だ。


「誰だ? お前は?」


 訊ねたその声もまた、夜に静かに吹く風のように低く響く。

 やっぱり、すべて綺麗だ。

 魔王なのに。

 勇者の自分が倒すべき相手なのに。

 だから。


「問答無用!」


 名乗りをあげて、持たされた剣でぷすりとやったら。


「やられた~!」


 と魔王は倒れた。

 すぐに復活したけど。

 また一年後と言われて嬉しかった。

 それも自分の誕生日の日に、この綺麗な魔王に会える。

 そして、今度こそ魔王を倒すのだ! 




 魔王が出て行けと開いた転送陣に飛びこんだら。

 離宮には誰もいなかった。

 それを不思議に思い本宮殿へと向かうと、自分が生きて戻ってきたことに、人々は驚いていた。魔王とは来年対決する約束をしたと素直に伝えた。

 そして、離宮の使用人はどうしたのか? と訊ねたら、暇を全員とらされたと言われた。

 アルトルトは離宮戻った。

 相変わらず誰もいなかった。

 寝室の小卓の上に、小さな紙があることに気付いた。

 そこには出発の朝まで面倒をみてくれた、老メイド頭の文字で、自分の無事の帰還を祈っていることと、さようならの言葉が書かれていた。

 アルトルトはベッドに飛びこんで、布団を頭から被って声を殺して泣いた。

 魔王の城に行くときは怖くなかったけど。

 一人ぼっちになってしまったことが悲しくて。

 泣いて。

 泣いて。

 いつのまにか眠っていた。




 翌朝。

 温かなお茶の香りは、いつも通りの朝だった。

 天蓋のカーテンが開いて覗いたのは見知らぬ顔だった。今日から仕える執事だと言った。名前はゼバス。

 そうか、昨日は一人ぼっちになってしまったと思ったけれど、一人じゃなかったのかと、もらったミルクたっぷりの甘いお茶のせいいだけじゃなく、心がぽかぽかとする。

 トルトと呼んで欲しいと言った。お祖母グラン・マがいつも呼んでくれた名前。使用人は殿下と自分のことを呼んでいた。

 なぜかこの者には、その名で呼ばれたいと思った。




 四歳の誕生日。

 一年後に見た魔王もやっぱり綺麗だった。

 対決? したあと、料理が余っているというので食べた。食べ物を残すのは良くないことだ。ゼバスの料理はニンジンのグラッセのだって美味しい。

 それに魔王と一緒に食べる食事も美味しかった。

 なぜかゼバスの料理と同じ味がした。

 ゼバスも一緒に席について食べてくれたらいいのに……と、隣に座る魔王を見て思う。

 なぜだろう。綺麗な魔王とはちっとも似てないはずなのに、ゼバスのことばかり思い出す。

 一年ぶりに会った魔王もやっぱり綺麗だけど。

 ゼバスにも早く会いたいな……と思った。




 継母ザビアが自分を良く思っていないことは分かっていた。

 毎日毒を盛られていて、それをゼバスがなんとかしてくれていることも。

 ゼバスの前で初めて泣いて。

 ゼバスに初めて抱きしめてもらって。

 王宮から出て、大叔父上のところに行くことになったのも、ゼバスのおかげだろうと、なんとなく分かっていた。

 そのゼバスも大公領に一緒ついてきてくれて、嬉しくて心強かった。

 だから、ゼバスは自分の家族だといった。

 立派な執事であるゼバスは困った顔で、微笑するだけだったけど。




 魔王には毎年の誕生日に会った。

 会って戦って、美味しいご飯にケーキを食べて、魔王城の中を見て回ったり、その翌年は美しい花が咲く谷を見たり。

 毒沼だと言われていたけれど、どうしてもその花を魔王の美しい髪に飾りたくて、手を伸ばした。

 馬鹿と怒られたけれど、すぐに手の火傷を治してくれた。魔王なのに優しいと思う。

 そう……ゼバスみたいに優しい。

 どうして、魔王と会うと同時にゼバスのことを思い出すのか……不思議だった。




 だから、魔王討伐から帰ってくるたびに、お会いする大神官長猊下に相談したのだ。


「僕にはこの世の中で一番綺麗に思う者と、この世の中で一番優しくて大切だと思う者が二人いるのです。これって浮気者なのでしょうか?」


 一緒にお茶していた大叔父上はギョッとしていた。時々イル殿に「浮気者!」って言われているから、それでこの言葉を覚えた。


「さて殿下はその両方がお好きなのですな。それはそのままでよろしいのですよ。大きな心でお慈しみになればよろしい」


 猊下はほうほうと梟みたいな穏やかな声でお笑いになって頭を撫でてくれた。

 大魔王のことは綺麗だと思うけど、好きなんだろうか? ゼバスのことは好きだけど……。

 アルトルトの悩みは逆にちょっぴり深くなった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 ゼバスは魔王だった! 

 今は魔王城の玉座にへばりついてゲコゲコ鳴いているけど。

 アルトルトは嬉しいと思った。

 魔王は一番綺麗だと思っているし、ゼバスのことは大好きで、ずっと一緒にいたいと思う。

 自分は浮気者じゃなくて、一途だったのだ! 

 なのに、魔王ゼバスティア……ゼバスは帰らないという。

 ずっと一緒にいるって約束したのに。

 初めてのケンカ? をしていると、北の魔女がやってきて、アルトルトにささやいた。


「あそこでゲコゲコ泣いてる男を元にもどすには、あなたがキスすればいいのよ」


 腹がたった。

 そんな簡単? なのに、ゼバスは自分に言わずに消えたのか。しかも、ずっと一緒にいると約束したのに、帰らないとワガママを言うなんて。

 アルトルトは怒りのままにずんずんと玉座まで歩み、泣くカエルをわしづかみにして、その口に唇をぶつけた。

 カエルの唇だったけど、ゼバスと思うとなんだがドキドキした。一瞬のうちに、美しい魔王ゼバスティアに戻って、余計心臓が跳ね上がった。

 それでも帰らないというゼバスティアというか、ゼバスに向かって「うるさい!」と怒鳴った。

 自分が一緒にいると約束したのも、共に帰るのも執事ゼバスであって、魔王ではないと言ってやる。屁理屈なのはわかってる。

 ゼバスがゼバスティアで、魔王が執事なのも。

 でも、それでいい。

 普段は一緒にいて、一年に一度対決すればいいではないか! 




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 今日もゼバスがおはようの挨拶をしてくれて、美味しいお茶を煎れてくれて一日が始まる。

 アルトルトは満足だったけれど、満足はしてない。

 もっと強く大きくなって、美しい魔王の背丈も超えるし、それから魔王に勝つのだ。

 魔王に勝って、そして。

 本当に本当に、これからもずっと一緒いる約束をさせるのだ。





   END



これで完結です!これまで読んでくださりありがとうございました。ハート、コメント嬉しかったです。

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魔王は勇者に甘い! 志麻友紀 @simayuki

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