【最終話】勇者と執事は永遠に!
その時間はとても長く、そして短くも感じた。
カエルのお口に、柔らかなそれが触れた瞬間に、ゼバスティアは元の姿に戻っていた。
執事セバスの姿ではなく、黒の衣装をまとった魔王の姿へと。
七歳のアルトルトの背丈と、細身だが長身のゼバスティアの身長は当然違う。
唇が離れる。
あ、アルトルトの唇が自分の唇に!
普段は蒼白い頬を乙女のように真っ赤になってゼバスティアは、そのまま仰向けにぱたりと……。
倒れた。
「ゼバス?」
目を見開いたまま気絶してる。目を見開いたままでも、異様というよりやはりとんでもなく美形な魔王の顔を、アルトルトが覗きこみ。
「起きないと、またチュウするぞ!」
「は、はい! 喜んで!」
すぐにゼバスティアは起き上がった。
「チュウしたほうがいいのか?」
「い、いや、またチュウされたら、我の心臓が止まってしまう」
またもや乙女のように両胸を押さえるゼバスティア。そこには心臓はないのだが。
「い、いや。い、今のがチュウと知っているのか? トルト!」
「魔女が言った。ゼバスをカエルから元にもどすには、チュウすればいいと」
チュウ、チュウって、アルトルトの口から聞くと、なにかイケナイ感じがすると、ゼバスティアはまだ真っ赤かの頬を両手で挟む。
「さあ、帰るぞ、ゼバス」
「な、なにを言っているんだ。我は魔王だと言っているだろう? もうお前と共にいることは」
「うるさい!」
ぴしりと言ったアルトルトは、なんだかとても男らしく見えた。七歳なのに、なにかすごく大人というか、男になったようだ。
「僕がずっと一緒にいると約束したのは、魔王ゼバスティアではなく執事のゼバスだ。だから、僕と一緒に帰るのは執事のゼバスだ」
屁理屈だ。「行くぞ」と背を向けられて、ゼバスティアはふらふらとその後に従った。
執事ゼバスなら、これからも一緒にいていいのか?
「忘れ物よ」
北の魔女が、新しい
たちまちその姿は、超絶美形の大魔王から、どこにでもいる平凡な執事へと。服装も黒の長衣から、執事のお仕着せへと変わる。
「トルトになんて言ったんだ?」
気になっていたことを訊く。自分を元にもどす方法だ。まさか、真実を話したんたんじゃないだろうな? と。
愛しいものからのキスなんて。
「ええ、嫌い合ってる者同士、唇をぶつければ呪いは解けるって教えたわよ」
「……き、嫌い?」
ゼバスティアはよろりとよろめく。
「ゼバス! なにをしている! 行くぞ!」
「は、はひぃ……トルト様」
ゼバスティアはふらふらとアルトルトの待つ転送陣へと向かったのだった。
二人が消えるのを北の魔女は見送った後。魔女は腹を抱えて笑い。
「嫌いな相手にチュウなんかするわけないじゃない! ホント、あいつからかいがいがあるわ!」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ザビアは病死とされた。
王妃が魔女っ子……魔物となったなど公に出来るものではない。その上に本人が死体も残さずに消えている。
ザビアの兄の宰相ジゾール公爵は、それをいいことにすべてはザビアがやったこと。自分は知らなかったと言い張った。
しかし、公爵邸の秘密の地下室に棲む、邪法使いが捕まり、すべてを白状した。
邪法使いは、死んだメイド娘を麻薬と暗示で
部屋からは証言どおりに麻薬や毒薬。さらには怪しげな儀式の跡に、邪神への祈祷書。そこにザビアの署名入りとあっては、ジゾールも言い逃れが出来ない。
ザビアの祈祷の内容というのは、永遠の美への執着。加齢で陰りが出てきた美貌を気にして、怪しげな薬を口にしていたというから、魔女っ子……への変容も無理なるかなとゼバスティアは思ったものだ。
その祈祷書であるが、最初の古いものは国王バレンスの愛を射止めるものであった。邪法使いもそのために媚薬入りの香水を彼女に渡したと証言していた。
それに関してはパレンスが。
「だから美しくて優しいヴェリデを裏切ってしまったのか!」
そう嘆いた。パレンスがザビアと関係を持ったのは、前王妃ヴェリデがアルトルトを身籠もってすぐのことだという。
パレンス曰く。
「深酒もしてないのに、妙な匂いでくらくらして気がついたら、あの恐ろしい女とベッドにいた」
とのことだが、どうだか? と大仰に肩をすくめたくなる言い訳だ。なにしろ、バレンスがザビアと浮気したのは、ヴェリデが妊娠して空のベッドを囲うようになってすぐのことだ。
ジゾール公爵はザビアの罪が伏せられている手前、極刑とはならず、表向きは隠居のうえに北の城で静養。つまりは一生涯幽閉の身となった。
とはいえ、ザビアのあの恐ろしい絶叫は王宮の者達には聞かれている。いわば公然の秘密のようなもので、そうなると嫌な噂は立つものだ。
カイラル殿下ははたして陛下の本当の御子なのだろうか?
これに関しては、なんとパレンスが男? を見せた。
「カイラルの髪と目の色を見よ。どこをどう見ても、私と同じ色ではないか。カイラルは私の子だ」
実際、二人はよく似ていた。パレンスが美食で肥大化する前、若い頃の肖像画などはそれなりに美男で、カイラルにもその面影がある。
それにそんな噂に一番腹を立てたのはアルトルトだ。
「カイラルは僕の弟だ!」
そう言って、毎日二人で机を並べての勉強に、剣の稽古、それに仲良く遊ぶ微笑ましい姿に、そんな噂はすぐに消えた。
そして、執事ゼバスのいつもの毎日が戻ってきた。
朝、主人好みの目覚めの一杯を丁寧にいれる。ミルクはたっぷり、蜂蜜はほんのりと甘く。
そして、天蓋のカーテンを開けて、その無垢な寝顔をうっとりと眺めてから挨拶する。
「おはようございます、トルト様」
「ん……おはよう、ゼバス」
目をこする、お手々も愛らしい。いやいや、三歳の昔よりは大きくなった。子供らしくも剣ダコが出来ているのも知っている。
そして、温かな茶をこくこくとのむ、顔をじっと見る。目が合うと、ふにゃりとアルトルトは微笑む。
「今日もゼバスのお茶はおいしい」
「ありがとうございます」
胸に手をあてて一礼する。
こうして、今日も勇者と執事(大魔王)の一日が始まる。
ところで。
「トルト様は魔王のことをどう思ってらっしゃいますか?」
真顔でゼバスティアは訊いた。
今は執事ゼバスの姿だが、自分のことだ。
しかし、気になる。
自分のこと嫌いだから、チューしたのか? と。
いや、魔女の呪い? が解けたのだから、やっぱりアルトルトは自分のこと嫌いなのか? なのか?
「魔王は敵だ」
アルトルトはきっぱり答えた。ゼバスティアは雷に撃たれたようにぴしりと固まった。
「ゼバスのことは好きだ」
にっこりとアルトルトは笑う。固まっていたゼバスティアはぎくしゃくと胸に手をあてて。
「ありがとうございます」
「うん、ゼバスのことは大好きだ」
それは魔王のゼバスティアは敵だが、執事ゼバスは別ということか? とふわりと心が軽くなる。
今は執事としてアルトルトと共にあるのだ。
ならばそれでいいと。
ゼバスティアが立ち去ったあと、アルトルトは彼の煎れてくれた茶に口をつけてから、もう一度言った。
「ゼバスのことは好きだ」
END
これで本編完結です。あと番外編夜に一つUpして終わりです。
これまで読んでくださりありがとうございました。ハートやコメントはとても励みになりました。
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