【60】最終兵器、チッス!
「ここは魔王の城? 玉座の間?」
アルトルトが驚きながら回りを見、そして、最後に真正面の玉座を、青空の瞳で凝視するのは……無理はない。
そこに張り付いているのは、一匹のカエル。
「ゼバス!?」
「トルト!」
叫んだのは同時だった。そしてアルトルトが驚愕の表情となる。
「トルト? トルトと僕を呼ぶのは、ゼバスだけ……だけど、ここは魔王の城で、玉座に座っているお前はカエルの姿だろうと、見間違うはずもない魔王?」
その言葉にゼバスティアは目の前が真っ暗になる。
ゼバスが魔王だとバレてしまった。
いや、それよりこの情けないカエルの姿をまた見られてしまった!
どっちに衝撃を受けたり、悲しんだりしたらいいかわからない。
ゲコッ!
引きつけを起こしたような鳴き声を一つ漏らす。そして、それを「わはははははははははははっ!」という嘲笑に無理矢理変える。
「ゼバス?」
「呼び捨てにするな。我は大魔王ゼバスティアよ!」
玉座に近づこうとするアルトルトの足元すれすれに、ぴしゃん! と雷光を放つ。絶対に当てないように、細心の注意を払いながら。
「ゼバス? どうしてだ? ゼバス!?」
「まだ分からぬのか! 愚か者め! 執事ゼバスとは仮の姿! この魔王自らお前を監視するための偽りよ! 大魔王ゼバスティアこそ本来の姿!」
「そのカエルの姿が魔王本来の姿か!?」
「カエルは違うぅうううううううううう!!」
全力でそれは否定した。
「こ、これは世を忍ぶ仮の姿。い、いや、執事のほうが仮の姿なのか? と、ともかく、お誕生日会じゃない! 我との対決はまだまだ先のはず。良い子じゃない、悪い子の勇者はお家に帰れ!」
しどろもどろとなりながら、ゼバスティアはアルトルトの身体すれすれに、今回も細心の注意を払って雷光をいくつか落とす。そして、その前に転送陣を開く。
「えええええぃ! 悪い子には来年の対決の約束など反故にしてくれる! 十分に大きくなってから、我を倒しにくるとよい! それまで魔王城の扉はお前の前には開かん!」
そして、ゼバスティアは決意する。アルトルトが成人するまで会わない。その時までには、この情けないカエルの姿をなんとかすると。
そして、力をつけたアルトルトとの本気の対決のとき。
自分はとうとう打ち倒されるのもかれしれない。
それでもいい……と思う。
アルトルトに倒されるならば。
「イヤだ! 僕は帰らない!」
「なんと! お家に帰らないとは不良勇者だぞ!」
「僕は不良にはならない。ちゃんと家には帰る!」
「……そうか帰っちゃうのか……」
玉座の上でしょぼんとうなだれるカエル、もといゼバスティア。ここで、だから帰って欲しいのか? 帰ってほしくないのか? 突っ込む者は誰もいない。
いるのは小さな勇者とそれよりもっと小さなカエルの魔王。
「そうだ。お家には僕の執事と一緒に帰る! さあ、帰るぞ! ゼバス!」
「ま、待て! 我は帰らぬ! いや、なぜ、我も一緒に帰らねばならぬ!」
「ずっと一緒にいると約束しただろう?」
「あ、あんなもの口からでまかせに決まっているだろう! う、嘘だ!」
「そっちこそ、嘘をついている! ゼバスが僕に嘘をつくはずがない!」
「嘘だといったら、嘘と言っている!」
二人で怒鳴りあう。ちなみにゼバスティアの語尾には、すべて、ゲコッ! と付いている。
「なに? この痴話ゲンカ?」
そこに呆れた声が割ってはいる。玉座の間の扉がいつのまにか開いており、立っていたのは。
「北の魔女! なんてお前がここに!」
そう、いたのは黒髪妖艶な出るところは出た美女。今日も若い姿の北の魔女だ。
「案内したのはお前らかぁああ!」
ゲコッ! と語尾につけて、ゼバスティアは怒鳴る。扉からひょこりと覗く頭から角が生えた三つの強面。
「すみません~魔王様」
「そこの魔女様に」
「俺達、脅されて~ひいっ!」
ぴしゃん! とゼバスティアに頭上に雷を落とされて、一目散に逃げていく。筋肉隆々むくつけきオーガ共をも怯えさせるとは、まこと北の魔女は恐ろしいと、ゼバスティアは「ゲコリ」とうなる。
「あら、あなたが当代の勇者君ね。あたしは北の魔女。そこのヘタレ魔王をカエルにしたのは、あたし」
「ヘタレ? ……ゼバスをカエルに? では、悪い魔女か?」
「やだ、あたしは良い魔女よ。あのヘタレを元にもどす方法を知りたくない?」
「教えてくれ!」
「よ、よせ! 黙れ!」
ゼバスティアは魔女に向かい雷光を放ったが、それは魔女が張った結界に防がれた。さらには、アルトルトの耳に手を当てて、ごにょごにょなにやらささやいている。
ゼバスティアを元にもどす方法。それは……。
ゼバスティアか想う相手の口づけを受けること。
それはズバリ。アルトルトだ!
しかし、どこの世界に魔王にチュウしたいなんて、勇者がいるだろう?
しかも、自分はアルトルトを散々騙していたのだ。執事ゼバスなんて名乗り、朝の目覚めには紅茶を入れ、夜の眠りには物語を読み聞かせ、お世話する日々は至福……じゃなくて!
とにかく、ついさっきも、ずっと一緒にいるという約束だって、嘘だと言ってしまった!
実際、魔女からこちょこちょの内緒話を聞いて、こちらをくるりと見たアルトルトの青空の瞳は。
ゲコッ!
引きつるような鳴き声をカエルティアじゃない、ゼバスティアはあげてしまった。
こちらをひたりと見たアルトルトの瞳は、絶対怒っている。三歳から仕えていた執事ゼバスのカンがそう叫んでいる。
アルトルトはずんずんと……いや、七歳だからそんなギガントスのような足音はしないが、その勢いでゼバスティアのへばりついている玉座に、真っ直ぐ歩いてくる。
「く、来るなぁああっ!」
ゼバスティアは叫び……ゲコッ! と語尾に付くのがなんとも情けないが……ぴしゃりとアルトルトの足元に雷を放った。
当然、当たらないように細心の注意を払って。
そして、アルトルトは自分に当たらないことを、確信しているかのように、その歩みを止めることはない。
「来るなと言っているだろう!」
ついには間近にきたアルトルトの顔面すれすれに、ごく弱い雷を放った。が、それは蜘蛛の巣を払うような、手の一閃で払われてしまった。
さすが勇者。というかアルトルトがこの程度の雷、払いのけることは、当然ゼバスティアには分かっていたけれど。
「…………」
ついには、伸びた手にむんずと掴まれた。ああ~これはアルトルトの手の感触だ……とゼバスティアはつかの間に幸せに浸った。
三歳で繋いだお手々がいつのまにか、こんなに大きくなって……と母心じゃない、執事心に浸る。
ああ、このまま勇者の万力の力で握りつぶされても後悔はない……とそう思っていたが。
握りつぶされないまま、どんどんアルトルトの顔が近くなる。まぶたのないカエルはお目々は閉じられないまま、どんどんとそれが近くなり。
ついには、ぶちゅっと……。
いや、ぷにっと。
アルトルトの口がカエルの……いや、ゼバスティアのお口に。
触れた。
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