【59】魔王城に泣きカエル

   


「ゼバス!」


 アルトルトの両手が宙を切る。


「ゼバス! ゼバス!」

「王太子殿下!」


 両膝をつき、四つん這いとなって、そこを両手で必死に探す。そんなアルトルトの元へとデュロワが駆けつける。機械鎧から飛び出した、イルも。


「大伯父上、ゼバスが! ゼバスが!」

「落ち着いてください。王太子殿下」

「カエルになって消えちまうなんて、どういうことだ!?」


 デュロワが片膝をついてアルトルトの顔をのぞき込む。イルは執事がいた場所を覗きこんで、口を開く。


「消えた……」


 呆然とつぶやいたアルトルトに、デュロワが顔をしかめてイルを見るのに、彼はぺこりと頭の上の三角耳を倒して『しまった! 』という表情になる。


「ゼバスが、ゼバスが消えるなんてありえない!」

「殿下、あの執事ならばきっと大丈夫です。すぐに大勢の者に探させて……」

「ダメだ!」

「殿下?」

「ゼバスは僕にお別れだと言っていた。ずっと一緒にいるって言ったのに、嘘つきだ!」

「殿下……」


 青空の瞳いっぱいに涙をためたアルトルトの姿に、デュロワがかける言葉が見つからないのか、黙りこむ。イルも耳を寝かせたまま「ゴメン」とつぶやくのみだ。


「…………」


 ぐいとアルトルトが頬にこぼれた涙をぬぐう。そして、なにかに気付いたかのように、自分のシャツの合わせに手を突っ込むと、取り出したのは首にかけられた青い石。

 勇者の転送石だ。


「強く願えば、一番大切な人のところに跳べる」


 執事にこの石を首にかけられたときの言葉をアルトルトはつぶやく。

 そして、彼は石を両手で握りしめると、祈るように目を閉じた。

 小さな勇者の姿もまた消えた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 しく……ゲコ。

 しくしく……ゲコ。

 しーくしーくしーくしーく……ゲコゲコ。

 魔王城。玉座の間。

 魔獣の骨を組んだ巨大な玉座。そこの座面に一匹のカエルがへばりついて泣いていた。

 どこにでもいる緑のカエル……ではなかった。

 その緑の色は艶々と緑玉エメラルドのように輝き、涙に濡れたアメジストの瞳もまたキラキラと。まぶたがない故に閉じられない、まん丸なのも愛らしい。てんてんと穴二つのちんまりとした鼻さえ、絶妙な配置だった。


「おお、大魔王様、カエルになってしまうとはお労しや」


 玉座の前のきざはしの下、扉まで一直線に引かれた緋色の絨毯の上、跪く黒梟の宰相がうめくようにつぶやく。


「しかしっ! カエルになられても、やはりお美しい!」

 

黒梟の宰相が握っていた杖をカッと床について、口を開く。


「おお、その水かきのお手々の形まで美しい! 吸盤のついた指先までも完璧ですぞ!」


 ホウホウと鳴きながら、首をくるくる回す黒梟に「そう、大魔王様はカエルでも、お美しゅうございます!」と調子良く続けたのは、玉座の間でも無礼講許された、道化の小鬼グレムリン

「まん丸お目々からこぼれる塩辛い滴も金剛石の輝きか! ですが、そんなに泣かれては緑の艶々のお肌が、婆さんのようにしわしわになってしまわれますぞ」

 なんていいながら、手にもった金色のじょうごで、玉座に張り付く緑の身体に薔薇水の雨を浴びせながら。


「そういえば、お八つはいかがですかな?」


 そう言って、グレムリンがその三本指で摘まんで寄こしたのは、赤いトンボ。


「虫なんか食えるかあああああ!」


 カエル……じゃない、ゼバスティアが叫んだとたん、玉座の回りには雷光が飛び散り、嵐が巻き起こる。

 梟の宰相はホホウ! と飛んで逃げて、道化のグレムリンは「あ~れ!」と窓の外に放り出された。

 そのとき宙に飛んだトンボを、ピンクの長い舌が跳びだし絡め取る。ぱくりバリバリとかみ砕いて、ゼバスティアはつぶやく。

「ショコラ味」

 虫は食えないが、菓子で出来たトンボなら食べられる。羽は飴細工、本体はビターな一品。

「ううっ! トルトぉおお!!」

 口の中のほろ苦い甘さはほんの一瞬だけ、カエルの大魔王様を泣き止まさせたが、またゲコゲコと泣き始めた。

 今度は身体に水をかけてくれるグレムリンは居ないので、魔法で小さな雨雲を呼んで、ざあざあとその身体にかける。たしかにお肌の乾燥はよくない。


「我、一生カエルのままなのか?」


 つぶやき、次のお誕生日会はどうしよう? と考える。こんなカエルの姿ではみっともないから、影武者でも用意して、そいつに代理させようか? 

 いやいや、トルトとの大切なひとときを、誰かに盗られるなんて嫉妬に狂いそうだ。こうして毎年、玉座には影武者達の首が並び……って、これではなり手がいなくなる。いや、美しい魔王様になら首を刎ねられていいという、ヘンタイがこの城にはゴロゴロいるから、なり手には困らなそうだけど。

 そもそも、勇者には心眼が備わっているから、すぐに影武者だとバレてしまうだろう。そうなれば卑怯者! と、アルトルトは怒って自分を探し回るだろう。


「あ、我を探すトルト、いいかもしれない……」


 来年のお誕生日会は魔王城でかくれんぼとか? 自分を一生懸命見つけようとするアルトルトを、こっそり目を飛ばして追いかけるなんて、至福。

 しかし、来年はともかくとして、再来年はどうする。いつも、かくれんぼなんてマンネリではないか? 

 我が求めるのは新鮮さと驚きよ! 

 玉座のうえ、カエルのちんまりした腕を組んで、ゼバスティアはうーんと考える。


「再来年はかくれんぼの規模を魔界中に広げるか? トルトは天馬で空を飛べるしな。しかし、かくれんぼは、かくれんぼ、同じだな。……そもそも、いつまでたっても、トルトが我を見つけられないのでは……ゲコ」


 ゲコと鳴いて、まんまるの瞳から一度止まった、涙がぽろりとこぼれた。ぽろりぽろり……ゲコ! っと。


「トルト、トルトにもう会えぬなんて!」


 ゲコ、ゲコ、うわん~、うわん~、と泣くカエルの魔王。魔王城上空の空も呼応して、雷が鳴り響き暴雨が降り注ぐ。

 玉座の間を追いだされた黒梟の宰相と、他の廷臣達も、調理場のオークのコックまで勢揃いして、「大魔王様よ、鎮まりたまえ!」とお祈りする。

 その城内も雷が光るわ、雨風は吹き荒れるが大変な状態で、だからこその「鎮まりたまえ!」なのだが。


「トルトぉおおお~!」


 玉座でゲコゲコ鳴くカエル、もとい大魔王ゼバスティアの前。床がぴかりと光って、現れたのは。


「トルト……」


 そう、アルトルトだった。





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