内気な女子高生が異世界の最強傭兵と一緒に転移しました。

大瀧潤希sun

異世界転移。

戦争はアニメじゃない。

第1話 出逢い

 1


 私立恵比寿学園。その高校では、政界、起業家、学者等々、頭脳明晰な学生を多く輩出する名門であった。

 そこに通う女子高生の大谷おおたに佳織かおりは、自分で言うのもなんだが自堕落な生活を送っていた。

 漫画やラノベ、ネット小説にどっぷりと沼る日々。最近はそれらコンテンツの消費のしすぎで顔にわずかにニキビが出来ているのが目下の悩みであった。

 名門学校だからか、そんな排他的なジャンルは誰も通っていないらしく、やれ芥川賞作家だ、やれ純文学だと生徒たちはお堅いものを読み、知識や教養を蓄えている。

 楽しくないよね。そんなの。と、佳織は勝手ながら思う。

 すると、そんな不明瞭なことを考えながら歩いていると、肩に誰かがぶつかった。佳織はすぐに謝る。「す、すみません」

 そしたら、佳織の両肩を掴んでくるその人、見れば男性だった。筋骨隆々としていて、少し怖い雰囲気を抱いた。


「ここは、いったいどこなんだ?」


「へえ?」

 

 佳織は驚いてそんな驚嘆を発してしまう。

 まるで転移もののテンプレートじゃないか。


「頼む、答えてくれ。ここはアラスミア共和国じゃないのか」


 男は緋色の瞳で、こちらの目を見つめてきた。とても男の顔は整っており、あきらかに日本人ではなく、あたかも二・五次元俳優のようだった。

 つまるところ、漫画やラノベの表紙のような白人、であるということ。佳織はどんどん自分の中の一目惚れボルテージが高まっていくことを実感した。

 でも、違うよね、と我に返る。そんな都合よく転移者なんて訪れないよね。この日本に。

 けれども、アラスミア共和国という国が、この地球に存在していないことも、佳織の脳内によぎっていることも確かだ。一応、名門学校在籍の、世で言うところの神童であるところの佳織の知識。


「アラスミア共和国ってどこなんですか?」


「えっ、お前は知らないのか」


 もしかしたら不審者だという可能性もある。最近、女子高生がらみの犯罪も流行っているらしいし。

 だろうが、この男からはどうしてか哀しみの匂いがする。

 佳織は感情を嗅覚で察知できるのだ。

 怒り。憎しみ。悲しみ。どんな感情も明瞭に判別が出来る。

 ——誰か大切な人を亡くしたのだろうか……

 佳織は詳しい話を聞くため、この男をファストフード店へと連れていくことにした。

 実は、少々心の中でワクワクしていた。

 もしこの男が転移者だったら飽き飽きしていた人生が、刺激的になると思う。


 ファストフード店に着き、佳織は男にその美味しさに驚かせるためにシェイクとビッグバーガーのセットを注文した。あと、一応述べておくと佳織はフラペチーノだ。男性にトレイを渡すとその人は驚いた顔をした。


「ハンバーガーは初めてですか?」


 探るつもりでそう問いかけた。そしたら遺憾そうに、「バカにするな」と発言したあとで、「こんな“ファンク”なもの、見慣れていないだけだ」と言った。


「ファンク?」


 佳織がそう疑問を呈すと、どこか心外そうに男性は鼻息を荒くした。


「ファンクも分からないのか! というか、ここはどこなんだ!」


 唇に手を当てた佳織。しかし静かにさせるポーズをとってみたが男には通じなかった。そのことがよりいっそう男が転移者であるということが、如実に露わになっているような気がした。


 この男、いったい何者?

 席に座るように促すと佳織が男に、


「じゃあそれ食べてみて」

 

 と言って食事の反応を窺おうとした。そしたら男は鋭い目で、「なら毒見しろ。この細長い筒状のものと、紙袋に包まれた円形のものをな」と、ハンバーガーとシェイクを差し出した。


「えっ、私も食べるの?」


(ハンバーガーはいいとして、シェイクは間接キスになっちゃう)

 そんな心配をしていると、男は席から立ち上がろうとした。それを止める佳織。


「毒を仕込んだんだろう。だから食べることを躊躇っているんだ。違うか?」

 佳織はだんだんと面倒くさくなって、シェイクのストローに口を付け、そのあとにハンバーガーにかぶりついた。


「はい。毒見したよ」


「まったく、遅いんだよ」


 そして男はシェイクを飲んだ。すると目を見開いて、「美味い」と叫んだ。「ゴブリンジュースよりも百倍は美味いぞ」と日本社会では意味の分からないことを言ったので、周りの客がくすくすと笑っている。それに少し佳織は恥ずかしくなった。


「どうしてこんな美味いものを“配給”してくれたんだ? まさか俺に恋心を?」


「なんでそうなるの? ちょっとおじさんのことが気になったから、ほら、情報料としてさ」


 佳織は明晰な頭で(自分で言うのも恥ずかしいが)男の正体が分かるような気がしてきた。

 食事に対して「配給」という言葉を用いたり、毒見をさせるという警戒心。


 つまり、男は「傭兵」であろう。


「もしかして、おじさん傭兵か兵士でしょ」


「いや、傭兵なんだ」


 夕方。佳織はその傭兵おじさんと歩いていた。すると、「あっ、佳織じゃん」と声を掛けられた。

 全身に電流が走ったように緊張する。筋肉繊維がこわばって動かない。

 声のした方に、金髪のギャルがいる。そしてそのギャルのとりまき三人組の、少年たち。


 佳織が最も襲えている人物だ。


「あれえ、このおっさん。誰なのかな?」傭兵おじさんを見て、金髪のギャル——清宮きよみや花林かりんは嗤った。「あんた、もしかしてウリやってんの?」


 そしたら佳織のスカートのポケットから財布を取り出した。そして札束を三枚抜き取る。


「これで見逃してやる。感謝してねえ」


 花林はまた嗤いながら仲間たちの元へと戻っていく。そしたらその様子を見ていた傭兵おじさんがこっそり耳打ちしてくる。


「あれは金銭のようなものか?」


「ようなもの、じゃなくて、そうだよ……」


 佳織は沈んだ気持ちでそう答えた。そしたら傭兵おじさんが花林の元へと向かう。


「あ? なんだよ」


 無言で花林の前に立った。かと思えば、「金を返せ」と落ち着き払った声で言った。


「てめえ、何様だあ?」


少年が殴ろうとしたら、傭兵おじさんが少年の腕をつかみ、別の少年の胸へと投げつけた。ふたりは豪快に倒れる。

 最後のひとりが傭兵おじさんに向かうと、近接格闘術で少年を無力化した。

そしてギャルの財布からさきほど抜き取られた三枚の札束を持って、佳織の元へと帰ってきた。


「ほらよ」


「あっ、ありがとう」


「あんなこと、日常茶飯事なのか?」


どこか心配した口調で訊ねてくる傭兵おじさん。それに頷く。


「うん。私なんてブサイクだし、オタクだし、成績だけが優秀な『機械人間』だしね」


歩こうか、と言ってくる傭兵おじさん。その通りに応じる。


「俺はアラスミア共和国の傭兵として、国のため、王様のために闘ってきた。そんななかで、自分のアイデンティティを見失うことがあるんだ」

「どうして?」

「殺戮は、人の心を変形させる。人種が、住まう国が、異なるだけで戦う意義になることに、疑問を抱かないのは異常者だけだ」

「傭兵を、やめたいとは思わないの?」


すると傭兵おじさんは初めて笑いかけてくれた。


「俺には、これしかないんだ」


そしたら目の前の路地裏の道路に、葵いゲートが開いた。


「俺が出てきた扉だ……」


ということは、もうアニメのテンプレみたいに。最終話の転移物語のように。


「じゃあ。もう会うことはないと思うけど。さようなら——」


「なあ、付いてきてくれないか」


「はあ⁉」

 佳織は驚いて腰が抜けそうだった。


「お前、けっこう賢いし、策士家というのかな」 

 まさか、全部気付いたうえでそのように行動してくれていたのか?


「まあ、決断するのはお前だ。お前自身が、お前の責任で決めろ」


 そう言われても佳織は答えは決まっていた。


「最近、学校も楽しくないし、自分を変えたいとも思っていたから、ちょうどよかった。それに私の好きなファンタジーの世界に行けるんだったら嬉しい限りです!」

 

 そういうことで、ふたりはゲートをともにくぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

内気な女子高生が異世界の最強傭兵と一緒に転移しました。 大瀧潤希sun @ootaki0615

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画