宗教勧誘から救った女子大生が思ったよりノリが良い。

Sakura@コミカライズ企画進行中

マルチと宗教勧誘はさいてーってこと。

 とかく、人生とは難しい。

 凡庸だと自覚しながら大学を卒業して、中小企業のサラリーマンとして日々仕事に追われている。少ない休日はどこに行くでもなく、家で怠惰に時間を浪費するだけだ。


 趣味があるでもなし。明確に成し遂げたい目標もなし。


 ただ上から与えられた業務をこなすことだけが、今の俺──真田鉄郎の総てである。


「……あっちぃ」


 陽は長く、空の向こうでは茜が雄大に広がっている。


 珍しく定時で上がれた俺は駐車場に向かいながらひとり呻いた。例年稀にみる酷暑はまだまだ長引きそうだった。


「帰ったらどうすっかな」


 大学時代から独り暮らしを初めて、総計では数年だ。

 家事の面倒臭さは今も変わらずだが、なんとか人間的生活は送れている、と思う。


 趣味のない俺だ。早めに帰宅してもすることがない。


 溜まったアニメや漫画を消化するか、気分よく外食に出向くか。その程度である。


 逡巡──俺は車のエンジンをかけシフトをDに入れる。


「ラーメン、いや焼き肉も捨てがたい。あえての海鮮?」


 ここ最近、独り言が増えたことは自覚していた。どうにも脳内の情報を漏らす癖がついてしまっているらしい。


 彼女や、奥さんがいればまた別なのだろうか。学生以来の友人とも疎遠な状態だ。


 仕事以外では、自然と自分自身が話し相手になった。

 冷蔵庫を開ける時や、座る時、どうにも声が出てしまう。たまに帰省すると家族から馬鹿にされるのが癪だ。


「……甘いものくいてぇな」


 車を彷徨わせ、店を探すこと十数分。優柔不断な俺は最初の選択肢になかった甘い食べ物を無性に欲していた。

 

 夕食とするには些か心許ないが、欲望には逆らえず。


 かといって洒落たカフェに男ひとり突貫する勇気はないので、大衆向けのファミレスの駐車場に車を止めた。


 ここならスイーツだけでなく、肉や魚も置いてあるだろう。値段もリーズナブルだ。


「……んあ?」


 店員に案内され、席に腰掛け俺は間抜けな声を放った。


(……なんか、不穏な会話だな)


 俺は視線を隣にちらりと向けてみた。数人のグループ。

 年齢層はバラバラだ。


 窓際に大学生らしき女と恰幅のよいおっさん。通路側に友人らしき女と、化粧の厚塗りで顔が真っ白になっている中年のおばさん。計四人。


 夕方のファミレスは込み合っており、隣席な怪しげな空気感は薄れてしまっている。


「あなた──いま、幸せ?」


 俺はメニューに指を滑らせつつ、さりげなく耳をそばだてた。趣味が良いとはお世辞でも言えぬが、隣の会話が気になって仕方なかった。


「やー、まー、不幸ではないと思いますが……はい」


 曖昧な笑みを浮かべて、窓際の女性はお茶を濁した。

 なるほど、察した。


 俺も二回ほどターゲットにされたことがある。大方、マルチか、宗教の勧誘だろう。


 どういう敬意でここまで連れ込まれたかは不明瞭。

 ただ窓際に押し込められている以上逃げ場なく。まさかこんな現場に遭遇するとは。


「嘘。彩姫ってば両親が喧嘩ばっかりでしんどいって私に打ち明けてくれたじゃん!」


 会話を切り上げようとしていた被害者に追撃を仕掛けたのは隣の同世代っぽい女子。


 どうやら白塗りおばさんとグルのようだ。ともすれば恐らく、メタボ気味の男も。


「まー、んー、だけどそれはこっちの問題、みたいな?」

「けど、それをあなたを不幸に感じている。どうですか、教祖様に心を預けては?」


 隙あらば教祖を語るの図。

 白塗りのおばさんは、ぐいっと女子に顔を寄せて、真剣な眼差しで言葉を続けた。


「幸せになりましょう。ほら、この子も教祖様と出会って明るくなりましたでしょ」

「そうよ彩姫! ずっと引きこもりだった私が、こんなに成長できたの! こんな幸せなことってないよ?」


 幸せ、幸せ、幸せ。

 そんな漠然とした感覚に囚われた信徒。オカルトやスピリチュアルを微塵も信じない俺としては目眩さえ覚えてしまい、同時に彼女に憐憫の念を抱いた。そもそも、人の事情をぺらぺらと語る隣の女子は果たして友人なのか。


「あの、だから……私はそれを不幸とは思っていません。両親とは仲良くやれてますし」

「──だけど、両親のおふたりが仲良くなれば更に幸せでしょう? その正解に教祖様は導いてくれるのです!」


 同意するようにして、被害者の女性以外みな一様に頷いた。異様な団結力がある。


 しかし、相反するように窓際の人物だけは、埒が明かないとばかりに頬をひくつかせた。懇切丁寧に説明したところで向こうは向こうの正義を疑わないのだから、暖簾に腕押しだ。……どうしたものか。


「早速ですが、いまから教祖様に会いに行きましょう」

「いまから……はちょっと」

「だから嘘。彩姫、このあと暇って言ってたよね?」


──なるほど。


 信頼していた友人とご飯に来たら宗教の勧誘でした。

 

(……あの子人間不信になるぞ)


 友人になってから宗教に嵌まったのか、そもそも勧誘するために友人面をしていたのか。どちらにせよ闇が深い。


 ああいう手合いに反発し強く出たところで、あれやこれやと手口を変えて粘着されるのが常である。無視を決め込むのが得策なのだが……。


「ん~、あ~……?」

「………………やべ」


 不意に被害者女性と視線がぶつかった。偶然かとも思ったが、互いに凝視すること数秒間。瞳の奥には救難信号。


 た、す、け、て


 彼女の口がおもむろに動き確かにそう告げられた。口パクではあったが、俺に向けられた小さな合掌が、救難信号であることの裏付けだった。


「まじかよ……本気か?」


 俺は目頭を抑えた。

 宗教勧誘から救い出す方法なぞ、持ち合わせてない。


 だが、社会人としてひとりの人間が泥船に連れ込まれる場面を無視するのは寝覚めが悪いのも事実。とはいえ、迂闊に踏み込めば俺まで勧誘されること請合。無難な介入方法ではこの地獄の空間を抜け出すのは叶わないだろう。

 

「では私が車を出しますのでさっそく参りましょう」


 ずっと沈黙を貫いていた男が満面の笑みで言を発す。

 車に乗り込んだら確実にアウトだ。絶対に入会させられて、ろくなことにならない。


 そもそも真っ当な勧誘でないことは明瞭である。……んまぁ、真っ当な宗教勧誘が実在しているかは審議だと思う。


 兎にも角にも、悠長にしている暇はない。俺は思考を巡らせ、結論を弾き出した。


「……アレ、彩姫じゃね? こんなところで何してんの?」


 異性を呼び捨てにしたことなど皆無なので、やや緊張しつつも俺は台詞を放った。


 我ながら羞恥に悶えるほどの大根役者だが、彼女は俺の意図を瞬時に汲み取ってくれたようで、口角をあげる。


「あ、こんなところで偶然ですね! どうもどうもっ」


 彩姫はぴょんと跳び跳ねるようにして立ち上がり、奥の席からのっそのっそと抜け出して俺の対面に腰掛けた。


 いきなりの行動に、信徒らは引き留めることできず。


 最奥からの解放。

 まずは第一ステップ達成といったところか。彩姫という少女は矢継ぎ早に続けた。


「居たなら、もっと早く話しかけてくださいよ~っ!」


 彼女はけたけたと大袈裟に笑い、俺の肩をつついた。


 赤の他人であるのにも関わらずこの自然な振る舞い。いや、微かに気まずそうだ。

 それを体現するかのように、


「……すみません、こんなことに巻き込んでしまって……」

 

 囁くような声音で呟いた言葉。

 俺は小さく首肯で応えた。


「無視するのもどうかと思ってはいたから、それはいい。不幸極まってる感じか?」

「……仰るとおりで」


 彼女は肩を落として、力のない愛想笑いを貼り付けた。


「──彩姫、このあとどっか行かね? 付き合えよ」

「仕方ないですねぇ。ほんと特別ですからね? とりあえずカラオケで良いです?」


 俺は意図的に声を張り上げて、彼女に次の提案をした。

 まだ注文さえしていないので店には迷惑であろうが、今回ばかりは許して欲しい。


「ちょちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ彩姫ッ!」


 がたりと音を立てたのは隣の席で呆然としていた女子。

 慌てて詰め寄り、制止をかけた。その表情には動揺や焦燥を綯交ぜにした色がある。


「まだ話の途中じゃん! こっから付き合ってもらうんだし! 抜けるのはなし!」

「……ん~、ごめんね?」


 ぱんっと、小さく手を合わせて彼女は謝罪を放った。


 先程までは助け船なし。

 現在は、俺という人間を介して脱出という判断だろう。


「では皆さん、親睦を深める目的で、一緒にカラオケに行くのはどうでしよう?」


 そうはならんやろ、おっさん。思わずエセ関西が出た。


 心底空気が読めないというか、読むつもりがないというか、人間の心はたぶんない。


「えぇ、そうよね。そうしましょう。そこの男性もいいでしょう?」

「彩姫! これから幸せになれるんだよ? 欲しいって言ってた彼氏もできるって!」


 どろりとした仄暗い炎。それらがじっと彩姫という少女に集まり、一度は霧散した重苦しさが、再度募りつつあった。──が、そんなの知ったことではない俺である。


「よくわかんねぇけど、彩姫の親父さんは大丈夫なのか」


 俺はコップの水を一気に飲み下し眉根に皺を寄せた。


「親父さん警察だろ。聞いてりゃあんたら、随分と好き勝手に勧誘してるみたいだが……彩姫、呼んでみたらどうだ?」


 必死に絞り出した案が、父親が実は警察ですパターン。


 勧誘が罪になるのかはさっぱりだが、まずは打破すべく国家権力に尻尾を振る。


 両親の職種を既に打ち明けていたらボロが出る博打。ただ効果は予想より絶大で。


「お父さんに頼るのはダメかなって、こういうのは自分で何とかしたかったし……」

「ばか、いいんだよ、まだ。頼れる内に頼っとけ。勤めてる警察署も近いんだろ?」


 中々に彼女は察しがいい。

 合点がいったように言葉を重ね合わせている。うっすらと笑みを浮かべてさえいた。


「……は、え? 彩姫のお父さんって警察官なの? ……嘘、よね」

「んっとこれは嘘じゃないかなぁ。私には優しいけど、怒るとちょー怖い。口癖は東京湾か駿河湾、どっちか選べ」


 待て、そこまで恐ろしい設定は求めていなかった。

 なんだその一歩間違えたらヤのつく人種は。そんな暴君みたいな警察いてたまるか。


 だが、ここまで盛り上がったら引くことはできない。


「俺も昔、山奥に捨てられたなぁ。懐かしい思い出だ」

「あの時、クマに襲われたんでしたっけ? あ、怪我の跡はもう消えました?」

「背中にびっしり」


 俺と彼女の会話はブレーキ知らずで悪乗りが過ぎた。

 

 ふと隣を見れば、残された三人が神妙な面持ち、同世代の女子に関しては青白い。


「──失礼致しました。人には個々、価値観があります。この話はなかったことに」


 たっぷり十数秒。掌をくるりと返し、男は顎を擦る。

 だがその瞳はつまらなそうに細められている。鼻白んだ様子に、俺は形式だけの会釈でもってして会話を切った。


「彩姫、ありえない。まじありえないっ! 幸せになりたくないとか、気持ち悪い。もう友達じゃないからね」


 ぞろぞろと、某RPGのように縦に並んで店を出ていく三人。やがて窓の外、ふたりの大人に詰められている同世代女子の姿が視界に移った。


 そこまで眺め終わった後、俺たちは同時に深い、それはもう深い溜め息を吐いた。


「…………私のお父さん、警察官なんですね。初知りです」

「俺だって熊に襲われた経験はねぇよ」

 

 これが彼女、四ノしのみや彩姫さきとの出会い、そして顛末だ。


※気分転換に一話完結型……というより物語の冒頭を書いてみました。

※暇潰し程度になれたら幸いです。

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