高黄森哉


 僕は生まれてからずっと小さな小屋で生きてきた。それで、僕が十五になったとき、その壁に小さな小さな窓が開いた。


 手帳サイズの窓だ。窓枠越しに見える景色に目いっぱい目を近づけて、外の様子を確認する。遊園地があった。


 とてもきらきらして、楽しい場所。遊園地のサーカス。ピエロのビリーが、身体に火をつけて、大砲から打ち出される。


 僕は、こちらに向かって打ち出されたピエロを避けようと身を伏せた。しかし、予測したように、彼が窓を割ることはなかった。


 恐る恐る窓を除く、するとそこは深海の海底だった。大きなオンデンザメが、すぐそばを通り過ぎる。触れそうなほど近かった。しかし、触ることは出来なかった。


 僕は、毎日、窓の外を観察した。景色は瞬きするたびに変化した。沢山の人生、自然、暮らし、文化、目の前に展開された。


 それで、色々なことがわかってきた。世界はもっと広いってこと。小屋の中だけで暮らしているのは、おそらく僕だけで、それはとても不幸なんだってこと。


 その時、部屋の角に転がる埃の廃墟は、もはやただのごみの塊でしかなかった。僕をあれだけ楽しませた天井のシミと、シミで出来た星座は、もうどこにもなかった。


 大きく見えたこの小屋も、とても小さな檻でしかなかった。だから、扉を開けて、誰にも行き先を告げずにこっそりと家出をしたんだ。


 それで、長い月日が経って、僕は二十二で、色々なことを外で見て、知って、経験して、それをありったけ繰り返していた。


 それで、この大きな小屋の端っこにたどり着いた。壁には手帳サイズの窓があって、外を見ることができるようになっている。


 この世界の外には素晴らしい世界が広がっているんだ。過去や未来、遠い星、虚構の城、触れそうなくらい近くにある。でも、触ることは出来なかった。


 それで、色々なことがわかってきた。世界はもっと広いってこと。小屋の中だけで暮らしているのは、おそらく僕だけで、それはとても不幸なんだってこと。


 僕の人生や、肉体、全てごみの塊に過ぎなかった。あれだけ楽しませた人間も、群衆に紛れて消えてしまった。


 この小屋に扉はない。

 僕は、この大きな大きな小屋から出られない。

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高黄森哉 @kamikawa2001

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