第5話 北山路学園体育祭 準備編②
体育祭に向けての練習が始まり1週間が経った。
軽くではあるが、体育祭に起用されている一通りの種目は触れることができた。
現在、これから誰がどの種目に出るかを決める会議がクラスで行われようとしている。
全員がすべての協議に出るというわけではない。出場人数が各競技ごとに決められており、各クラスから選りすぐりのメンバーを選出し競い合うのだ。
学級委員長の須藤が教壇の前に立ち、進行を始める。
「えー、クラス会議を始めるぞ。俺たちはクラス対抗種目に最低2つは勝たないといけない。俺が思うに運動部のメンツが、各種目に分かれてバランス良く出場するか、確実に1勝するために1つの種目に固まるかの選択が鍵になると踏んでいる」
確かに。
「俺は確実に勝つために1つの種目に固まるほうが良いと考えているが、おまえらはどう思う?」
教員用の椅子に座り机に肘を掛け、かの有名なロボットアニメに出てきそうなおじさんのポーズをとる教師こと、熊野先生が口を開いた。
くたびれた白衣と黒髭の中に白髭が混じった顔は、二日酔いの30代のおじさんに見える。直球に言えばろくでなしの顔である。
「その戦法だと結構な博打になりませんか?」
最前列の席に座る運動部の女子が答える。
1勝するだけでいいなら確かに須藤や熊野先生が挙げた戦法が何より最善といえるだろうが、2勝する必要がある今回は、その限りではない。
こちらが1種目に全力を投入したとしても、ほかのクラスが同様に仕掛けてくるとは限らない。ほぼほぼ文化部系の人らで構成された他3種目で他クラスの運動部を相手にしろというのは、酷な話である。そうなるとやはり、分散させて運動部を配置したほうがいいということになる。
「それに当日まで誰がどの種目に出るかわからないんですよね?。尚更、1つの種目に全力は危ない気がします」
続けて、ほかの生徒から話が挙がる。
「じゃあ、各種目に運動部を配置するってことでいいか?」
クラス一同が頷く。
「じゃあ方針はそれで。すまないが星崎君、黒板に書いていってくれないか?」
「承知いたしました」
星崎さんが席を立ち、黒板に近づいていく。
そういえば、星崎さんって副委員長なんだっけ。仕事してるとこ見たことないから忘れてた。
僕らのクラスは、総勢28名いる。そのうち12名が運動部だ。残念なことに他のクラスに比べて運動部は少ない。
「クラス対抗戦の出場必要人数だが、大縄跳びが12名。リレーが6名。綱引きが10名。そして、障害物競走が、8名だ」
だいぶ多いな。っていうか、人足りてなくない?
「前提条件として1人1回は必ず出ないといけない決まりがある。運動部はすまないが最低2回出てもらわないといけない人が必要だな」
やっぱそういうことか。
「じゃあまずは運動部。出たい種目を俺に教えてくれ」
運動部一人一人出たい種目を答えていく。
結果としては、大縄跳び8名。リレー3名。綱引き5名。障害物競走4名という配分になった。
「まぁまぁな配分か。2回出る人は気合入れて頑張ってくれよな」
「文化部組でこの種目に出たいってやつ...いるか?。いないならこっちで勝手に決めちゃうぞ」
それは、まずい。きつそうな種目に入れられるのは困る。
「今すぐに決めろって言われても難しいだろうから、明日の練習までに決めてくれたらいいからな。その時に何に出たいか聞くわ」
よかった。今すぐじゃないのか。
熊野先生が椅子から立ち上がる。気が付けば50分が立っていた。
「この後、俺授業あるから準備しないといけねぇわ。この話の続きは明日な」
熊野先生が教室を後にした。
クラスでは、どこの種目に参加するかの話題で持ち切りだ。
クラス日誌に黒板の内容をまとめる星崎さんと須藤の近くに向かう。
「お疲れ様」
「おう。舞園か。お前は何にするか決めたか?」
「いや全然?。しいて言うなら、大繩跳びか綱引きだけど」
「早めにしないと枠なくなるぞ。ちなみに大縄と障害物はもう埋まってるし、綱引きはあと1枠だ。」
えっ、早くない?。いつの間に。
「マジで?」
「マジマジ」
「いつ応募したんだ皆」
「クラスのグループLineで皆応募してるぞ」
「えっ、何それ。僕知らないんだけど...。」
招待されてませんけど。もしかしてハブってやつですか?。
入学して早1ヵ月以上は立ったけど、まだクラスに馴染めてなかったのか。これは僕個人のコミュ力の問題なのか、周りから距離を取られているのか。まだ前者だと思っていたほうが、僕が負う傷は浅い。
「あっ。確かにいないわ。招待するよう頼まれてたけど忘れてたわ。すまん」
「おい」
お前のせいかよ。こいつ、何かと僕に対してやらかしがちじゃないか?。
訴訟を起こしたら勝てるまであるな。―――まぁ、しないけど。
「じゃあ、綱引きでお願いしようかな」
「ちょっとまったぁ!!」
背後から聞こえる声が段々と大きくなってくる。嫌な予感がする。
後ろを振り返った瞬間、顔面に向けて思春期男子たちにとって大きな夢が2つ突撃してきた。そう、胸である。
「えっ」
ドーンと鈍い音が教室中に広がる。
「大丈夫!?」
「すっ、すまん!!。大丈夫か?」
黒板の内容を日誌に写し終えた星崎さんと吹き飛ばした張本人である佐原さんが駆け寄ってきた。
一瞬の出来事に視界がぼやける。
「多分...大丈夫。怪我とかはしてないと思う」
「なら、よかったわ」
佐原さんが一安心したかのように、胸を撫でおろす。
2人に腕を引っ張られて立ち上がる。
「ありがと。それで、佐原さんは何の用なの?」
「綱引きあと1枠って聞こえたからさ」
「らしいね。もしかして参加したい感じ?」
「いや、あたしは元々綱引きのメンバーだよ。入りたいって言ってるのはこっち」
佐原さんの後ろから三つ編みの黒髪女子がひょこっと顔を出している。
佐原さん同様クラスメイトの立花さんだ。
誰に対しても物怖じせずズカズカと発言する佐原さんとは対照的に、立花さんはいつも怯えていて話しかけられるとすぐどこかに逃げてしまう。そのため、誰かと一緒にいる姿を見かけることがまずない。
「二人仲良かったんやね」
「幼馴染なんだよね。実は。ほら、自分でお願いしな」
「うん。あの、...枠譲ってほしいです」
立花さんがボソボソとか細い声で喋る。
「まぁ、別にどうしてもって言うならいいけど。何か理由でもあるの?」
「それは....えっと...その」
何かを言いごねている立花さんを見て、ハァとため息をついた佐原さんが僕と星崎さんの肩をつかみ自身に寄せる。
「こいつ好きな奴がこの綱引きのメンバーにいるのさ。だから、一緒に出たいんだとよ」
なるほど。そういうご用件でしたか。
「青春だね」
「そうだね」
「どうだ?。譲ってくれるか?」
なっ。と、言いながら手を合わせてくる。その後ろでは立花さんが涙目で訴えかけてきている。これ、断ったら怒られるやつでは?。実質OK出す選択肢しかないじゃないか。
「まぁ。譲ってあげたらいいんじゃない?。リレーだと何か問題あるの?舞園くんは」
「ないです。はい」
「じゃあ決まりだね。立花さん!!、頑張ってね!!」
「うん!。ありがとう。星崎さんも舞園くんも頑張ってね」
急にイキイキするじゃんこの人。そんなにうれしかったのか。
佐原さんの手を引き立花さんが教室を出て行く。次の移動教室先に向かったのだろう。足取りは心なしが軽そうに見えた。
「それにしてもリレーかぁ。足早くないしなぁ」
「まぁ、リレーなら私が何とかしてあげるよ」
「星崎さんリレーなの?」
「うん。中学陸上部だったから。お願いって」
初情報だ。
「そうなの?。じゃあ、ここの学園でも陸上部入ればよかったんじゃあ」
「まぁ。...いろいろとね。理由があるんだよ私にも」
彼女は、青い空を仰ぐように窓に視線を向けた。
いつも昔の話になると勿体ぶって教えてくれないなこの人。
最近彼女と話していると、頭が痛くなる時がある。
勝手に人の弁当のおかずを食べたりとか、目の前で堂々と早弁をしだしたりとか、ご飯をご馳走になって誰よりも多く食べてたりとか、ある意味頭が痛くなる案件がたくさんあるがそういうとんでもエピソードとかではなく、普段のごく一般的な日常会話の中で稀に起きる現象である。
この現象が起き始めたのは、2・3週間前。つまり、彼女が僕の家に来ることとなった、妹の日和のテスト勉強を教えに来た日の翌日からだ。
あの日から日和の様子もどこかおかしい。
いつもなら毎日のように部屋に入り浸ってきたが、最近は家に帰ったら部屋に入って来ず自室に籠りっきりだ。話しかけても『大丈夫だよ』の一点張りだし。
前までスキンシップの多さに怒っていたが、いざ急になくなると逆に寂しく感じる。まさか、これが日和の戦略だというのだろうか。押してダメなら引いてやれ的なやつ。だとしたら完全に術中に嵌ってしまっているのではないか。だって今まさに、あいつからのスキンシップの少なさに少しだけ精神が参っている自分がいるからだ。
―――これは、実に由々しき事態である。
なんか話の内容がだいぶズレて来たような気がする。
実際のところ二人の様子がおかしいのは事実であり、僕の知らぬ間に二人の間に何かしら起きているのも事実だ。日和の行動から察するに。
今はまだ、2人の様子を見ていることしかできないのが何とももどかしい所である。仲違いとかしてくれなきゃいいけど。
時計を見ると、クラス会議が終わってから9分が経っていた。もうすぐ、次の授業の時間だ。
僕は、クラスLineにて須藤にリレーに参加する旨だけ伝え、誰もいなくなった教室を後にすることにした。
◇
1日の授業を終え、僕たちはリレーに参加する組でトラックに集まっていた。
メンバーは僕、星崎さん、茶道部の藤宮さん、陸上部の葉山くん、早乙女くん、佐原さんの6名となった。
「まず、クラス対抗リレーの概要を説明するからね」
葉山くんが司会を進行しようとしてくれている。
「走順に指定は特になし。第1走者から第4走者までは一人当たり100mを走ることとなり、第5走者以降はトラック200mを走る。テイクオーバーゾーンを超えると失格。以上が主なルールだ」
最後の2名が、倍走るって結構変なルールだなと改めて聞いてて思う。
最近だと全体の生徒の数も増えて来ているが、この学園、昔は全体の生徒数が少なかったそう。そこで体育祭を行っても人の少なさから見ごたえが乏しかったらしく無理やり走る距離を伸ばして臨場感を出そうとしたらしい。言ってしまえばかさ増しである。今ではその時のルールだけが残り、こんな歪なリレーが出来上がってしまっているのだとか。ルール改定すればいいのにとつくづく思うが、大人の事情的に難しいのだろう。
「ちなみに3人は50m走何秒?」
「僕は、8.5秒」
「私もそれくらいです」
藤宮さんが答える。僕が遅いだけで普通の女子ならこれくらいのタイムが妥当だ。
「私は、7.7秒です」
早いな星崎さん。さすが中学は陸上部にいたというだけあるか。
「なるほどね。タイムを加味して早速走順決めちゃうか。まず、第1走者は早乙女。陸上部3人の中じゃ一番早いからな最初にある程度差をつけてしまおうっていう作戦だ。次に、第2走者藤宮。第3走者舞園。第4走者星崎。後ろの第5とラストは走る距離が多いから残りの俺等陸上部が担当する。これでどうだ?変更してほしいやつはいるか?」
全員が横に首をふる。
「ならこれで決定だな。早速練習―――と行きたいところだが、先客がいるらしい」
葉山くんが指さした方向を見ると、誰かが陸上部と話しながらこちらに向かってくるのが見える。
「はい。少しだけトラックを使わせてもらえれば大丈夫です。ありがとうございます。部長」
「全然使う分には問題ないよ。すべてのトラック使われるとさすがに部活動できなくなるからダメだけど。端のレーンくらいなら全然。それに、同じ陸上部のよしみだからね」
あのピンク髪...まさか。あちら側もこちらに気付いたのかピンク髪の女性が手を振っている。間違いない。―――あれは、妹の日和だ。
「お兄ちゃんだ!!。おーい」
小さくこちらも手を振り返す。高校生にもなって何をしているんだ。恥ずかしい。
「君が歩くんかい?。話は日和ちゃんからよく聞いているよ」
「...妹がいつもお世話になってます」
「紹介するね。この人は、陸上部キャプテンの早瀬翔先輩。この学園で一番足が速いと噂されている人だよ」
へぇ。名前からして大分速そう。
「よろしくお願いします。早瀬先輩」
「よろしく。君たちも体育祭の練習でここに来たのかい?」
「はい、そうです。先輩」
後ろから葉山くんの声がする。振り返ると陸上部の3人が、早瀬先輩に対して礼をし、挨拶をしている。上下関係は意外としっかりとしているらしい。
「3人とも。今日は部活不参加って聞いてたけど」
「体育祭、リレー種目に出ることになったんで、練習に使わせてもらえないかと思って来たんですけど、先客があったみたいでどうしようかなってなってました」
「あー、そういう。それは、惜しかったね。ちょうど貸し出しちゃったよ」
「いぇーい」
早瀬先輩の横で、日和が両手でピースをしている。煽るな。
「まぁ。できないもんは、仕方ないし今日は解散でいいよね」
「そうだね」
僕たちは、そのまま解散することとなった。
「それにしてもお兄ちゃん。リレーに出るんだね」
「まぁ、成り行きでね」
「それに....」
日和が、星崎さんの方を見る。
「
「中学の時陸上してたって話をしたら、出ることになっちゃった」
「ふーん」
こっ、怖い。なんだこの雰囲気は。今にも一触即発しそうな空気が漂っている。
気が付けば、いち早くこの雰囲気に気づいた早瀬先輩が離れて遠くに行っている。逃げ足が速いな。
「元陸上部なんだ。結構、自信ある感じ?」
「そういうわけじゃないけど。ある程度は走れると思いますよ」
「じゃあ、今度の体育祭で勝負しようよ」
「勝負?」
「うん。由芽ちゃんは、何番走者なの?」
「4番だったはずだよ」
「うーん。あたしが4番走者に変更するってのもありだけど、走る距離短いしなぁ。よし!、由芽ちゃんアンカーになってよ。あたしもアンカーだからそこで勝負しよう」
「急にそんなこと言われても...」
「そうだぞ、日和。同じクラスのメンバーでさっき話し合って順番を決めたんだ。そう簡単に変えられるわけないだろ」
「怖いんだ」
ぼそっと僕ら二人にだけ聞こえるように日和が呟く。
「...今なんて言いました?」
「負けるのが怖いんだって」
「は?」
あの星崎さん?。落ち着ていください?。
彼女の顔は、煽られたことにより表情が強張っている。
完全に日和のペースにもっていかれそうになっている。
「さっき決めたばっかなら、全然変更が利くでしょ」
「確かにそうですね。いいでしょう。その勝負乗ってあげます」
完全に火がついてしまった二人は、僕を挟んだ位置で睨みあっている。
あーあ。どうすんだよこれ。
周りを見渡してみても、何事もなかったかのように準備を進める陸上部や日和のクラスメイトであろう子たちが、走る前の準備運動をしている。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。日和は練習があるんでしょ?。みんなのもとに帰らないと」
「そだね。帰るよ」
「星崎さんは、今日は特に用事ないよね?。このまま一緒に帰ろっか」
「うぅ....。分かりました」
「じゃあね。日和」
「日和ちゃん。さようなら」
「ばいばい。二人とも」
僕と星崎さんは、トラックを後にした。
◇
制服に着替えを済ませ、僕たちは帰路に就いていた。
夜も近づき、電線上にたむろしているカラスたちが、活気づいている。
「日和とやっぱ何かあったんだね」
「まぁ。はい」
「深くは聞かないけど。互いに嫌い合ってるってわけでは無いんだよね?」
「嫌いじゃないよ、私は。日和ちゃんも同じだと思う」
「じゃあ、これ以上は気にしないことにするよ。ライバル関係?見たいでいいじゃん。何のライバルかは知らんけど」
「あはは...」
星崎さんが、困ったかのように頬をかきながら笑う。
「前にね。彼女として相応しいかどうか判断してあげるって言われたんだよね」
「彼女?誰の?」
「そりゃ、舞園くんのだよ」
「日和が言ったの?」
「うん」
なるほどね。大体の予想はついた。大方、毎日のように一緒にいる僕と星崎さんを見て、嫉妬しちゃったんだろう。あの子、嫉妬深い所あるし。
さっきライバルって表現をしちゃったけど、恋のライバルってことになるんか。
好意を向けられている身としては、結構複雑な心境ではある。
星崎さんはどうなんだろうか。勝手に恋のライバルにされて迷惑してないだろうか。
「星崎さんはどうなの?。嫌じゃない?。勝手に恋敵みたいな扱いされて」
星崎さんが歩くのを止め、立ち止まる。
「知りたい?」
少しずつ、にじり寄るようにこちらに歩み寄ってくる。
「知りたいというか、何と言うか。君の本心が聞きたいなって思ったというか」
「じゃあ、教えてあげるね」
彼女の顔が少しずつ近づいてくる。耳打ちでもしてくるのか。
少しずつ後ろに後退していくと、壁に当たってしまった。どうやら、追い詰められたらしい。
腰に左腕を回され、逃げられないように身を寄せられる。
あれ?。これやばくない?。
顎に右手を添え、クイッと持ち上げられる。
「ちょっ、ちょっと!?。何しようとして───!?」
時すでに遅し、気がついた時にはすでに彼女の唇が僕の唇と重なっていた。
「ん"ーー!!」
必死に抵抗する。幾ら僕が男といえど、15cm以上の体格差がある為、抵抗は虚しく終わる。
僕は、抵抗をすることを辞め、彼女が満足するまで流れに身を任せることにした。
僕が抵抗を辞めたことに対して、調子付いたのか彼女はまさかの行動に出てきた。───そう、舌を入れてきたのである。俗に言うディープキスという奴である。
恋人でもない人らが、ここまでするのは普通におかしい。まぁ、キスもおかしいと言えばおかしいが。今の状況的にキスぐらいスキンシップの一環みたいで、可愛いもんだと思えてしまう。
僕の口内で、彼女の舌と僕の舌が混ざり合うかのように、絡み合う。
お前は私のモノだと証明する為のような、独占欲から来る激しいキスが彼女から繰り出されている。
一通り堪能したのか、彼女の唇が離れていく。
この間、30秒。とても長い時間だった。息苦しかったと言うほかない。周りに誰も居なかったのがせめてもの救いである。
「はぁはぁ。いきなり何すんの!?。こんなの恋人同士がすることだよ!?」
「そうだね。これが私の気持ちを証明した結果ってことだよ」
それって...。
「改めて、言わせてもらうね。私は舞園くんの事が好き。昔からずっと。君を誰にも渡したくはない。ずっと、そばにいて欲しい」
何か言ってあげたほうが、良いのだろうけど声が上手く出せない。
息も絶え絶えで、うまく喋れないみたいだ。
「返事はまだ返さなくていいよ。いつでも、いいから。心に整理がついてから改めて返事をしてほしいかな」
心も服も乱れてむちゃくちゃだ。沸々と怒りが込み上げてきて、無性にイライラしてきた。
「勝手に話を進めないでよ!!。相手の同意も無しにこんなことして。最低だよ!!」
「えっ?。でも、嫌そうには見えなかったよ?」
「そういう問題じゃない!!。もう帰るから!!、じゃあね!!」
僕は、吐き捨てるだけ言葉を吐き捨て、彼女を一人置いて走って帰ることにした。
◆
やってしまった。
彼を怒らせてしまった。
完全に調子に乗り過ぎた。抵抗されても何とも無かったから、良いもんだと勝手に解釈しちゃった。
いつもの悪い癖だ。自分のものだと、独り占めしてしまいたいという欲が勝り、後先のことを考えず行動してしまう。これで彼を傷付けてしまうのは2回目になる。私は昔も今も最低な人間なんだ。
体が震える。やってしまったという事実に胸が裂けそうだ。
私はおぼつかない足取りのまま、無理やり駅まで足を進めることにした。
彼になんて謝罪の言葉を送ろうか。
◆
家に着いた僕は、荷物を投げ捨てベッドに横になっていた。
あと1時間もしないうちに、日和たちが帰ってくる。
夕御飯を作る為に立ち上がろうとするが、気力が沸かない。
目を閉じ、先程の出来事を思い返してみる。
星崎さんから熱烈なキスをされた僕は、怒り心頭に1人先に帰ってしまった。
スマホの着信音が鳴り響く。
覗くと、星崎さんから『ごめんなさい』の一言だけ送られてきていた。彼女もまた1人で後悔しているのかもしれない。
僕はどの場面で使用するのが正しいのかよく分からない動くイラストを、メッセージの返答として送ることにした。
実際の所、嫌だったかと言われたらそういう訳ではない。
どんな形であれ、人から好意を持たれることは嫌いじゃない。
証明の仕方が少々、いや大きくズレていたが、あの思いはきっと本物だ。それなら、思いを受け入れてあげるのが、愛されている者なりの義務であろうと思う。
───ガチャ。
遠くから玄関の扉が開く音が聞こえる。誰かが帰ってきたのだろう。
僕は、ベッドから立ち上がると食事の準備に向かった。
夕食、お風呂と一通り終えた僕は早めに寝ると日和たちに伝え、ベッドに横になっていた。
「今日は色々と疲れた」
体育祭の練習に星崎さんとの一件と、今日はいろいろと出来事が盛りだくさんだった。
共にリレーを走るメンバー的に、第2走者の藤宮さんと第3走者の僕が勝負の鍵となる気がする。運動が苦手な2人が連続で走るのだ。他チームに距離を縮められる可能性が大いにある。最悪抜かされまくるなんてこともあるかもしれない。他メンバーもそれは承知の上ではあると思うけど、できれば多少なりと役には立ちたい。
できることはなるべく抜かされないように全力で走ることだけだけなんだけど。
そういえば、星崎さんは日和のやっすい挑発に乗るのだろうか。その場合、最終走者は星崎さんということになるけど。現陸上部と元陸上部。足が速いといえど、ブランクがあるには違いない。分があるのは日和のほうだ。
「まぁ、リレーに関しては今深く考えても仕方のないことか」
陸上部の子たちが何とかしてくれるだろう。その分野に詳しい人たちに任せることが何よりも確実に成功する秘訣である。多分。
それよりも、それよりもだ。
本題は、星崎さんのあの行動だ。明日からどう接していったらいいんだろう。
昨日キスを交わした相手と何事もなかったかのように、普通に、接せる自信は僕にはない。しかも、同意のもとでは無いとなるとさらに気まずさMaxだ。
なるべく避けたい気分だが、席が目の前な上に、明日も体育祭の練習がある。まず会話は、避けられないだろう。
なら最適解は、何事もなかったかのように、過ごす。───これだ。
何事にも困ったらスルーが一番だ。向こうも気まずさにある程度の距離をとってくれるに違いない。さすがに、無神経に話しかけてくることは無いと願いたい。話かけてきたときは、御灸を添えることにしようか。
乙女男子と七つの罪 こたみん @kotamin0122
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