第5話 時差にしては無理がある

あのよくわからない出来事から、一日が経った。

ちゃんと宿題を提出出来たし、スマホも無事だった。

あれ以降、特に彼岸さんからは何もされないし起きないから少しほっとしている。

「それじゃあ今日の授業はここまで!日直の彼岸!帰りの挨拶だ気合いを入れろ!」

……彼岸さん、日直だったのか。

「……起立、礼。」

彼岸さんが号令をかけると、皆がそろってお辞儀と「ありがとうございました」を口にする。一瞬、静かになって、その直後には教室に声があふれる。

『……片峯黎人』

あの時の彼岸さんの台詞が、頭の中に何故か残っていた。ずっと。昨日の夜から、ずっと。

はっ、と気付いたころには、ほとんどの人が教室から出ていて、もぬけの殻だった。

今までの思考を振り落とすように、頭を左右に振る。

「……僕も帰ろう。」

ぽつ、と言葉を残して教室を出た。

―――――――――――――――――――――――

「……あれ、ここのレジ店員いないのか?」 

ファストフード店にて、週に2回、バイトをしている。けど、

「いますよお客様」

「うわっ!?び、びっくりした……」

こんな感じに、レジにいても厨房にいても忘れられて役に立てなかったり、注文を聞こうとしても見えてなかったりで中々バイトにならない。……たまに店長が自分のこと忘れてバイト代出してないときもあったから、今はあと2つほど掛け持ちをして稼いでいる。

一応、頑張っているつもりなんだけどなぁ。

「ご注文はお決まりでしょうか」

バイトリーダーさんに教わった文句を一語一句漏らさず間違えずに口に出す。よし、噛まなかった。

「え、あ、あぁ……チーズハンバーガーとナゲットL、それとコーラと……」

「注文繰り返します。チーズハンバーガーがお一つ、ナゲットのLサイズが……」

――。

――――。

――――――。

数時間後。

「ありがとう、ございました。」

最後のお客さんに挨拶をして、自分の今日のバイトは終わった。カギを閉めたり、掃除をして今日はこのまま家に帰ろうか買い物をしようか悩みだした時。

「お疲れ様、皆!」

厨房の方から声が聞こえる。

この声は、バイトリーダーさんか。

「これから私たち飲み会行くんだけど、行きたい人ー!」

その声に反応するように、数人のバイトの人たちが手を挙げる。

飲み会……打ち上げかぁ。

「ん?新人君も行きたいのかな?」

バイトリーダーさんと目が合った。何でか、バイトリーダーさんには僕がしっかりと見えていて記憶にも残っているらしい。なんか幽霊みたいな言われようだなぁ。

そしてここは丁重にお断りすべきだろうな。未成年だし、学生だし。

「いや……まだ未成年ですし」

「ハッハ!確かに君はまだ学生だしね!」

「それでは、僕はそろそろ帰りますね。」

「うん、じゃーまた!」

―――――――――――――――――――――――

「……ふぅ。」

バイトリーダーさんの大きな声は聞き取りやすい反面、ちょっと心臓に悪いのでそそくさと制服に着替えて、忘れ物がないか確認してから裏口のドアノブを回して開けた瞬間―― 

「えうぉわぁ!」

ダンッ!

開けた裏口の隙間から手が伸びてきて手首を掴まれたと思ったら、背中に鈍い痛みが走った。

扉の外に引っ張られて、壁に叩きつけられた?

え、でもなんのために……

「……見つけた、片峯黎人。」

その、感情が乗っていないような冷たい無機質な言葉と同時に、首元に冷たい何かが当たった。

銀色のなにかが、近くの街灯に反射する。

……包丁だ、本物の。多分、昨日の夜に誰かを刺したあの包丁だ。 

つまりは。

「彼岸……さん。」

「ん。」

半ば無意識のうちに漏れてしまった声に対し返ってきたのは、鉄――または氷みたいに無機物な、機械的な、抑揚のない声だった。

というか、彼岸さんが何故ここに?

「……昨日、夜。」

「夜?」

夜がどうしたのか。そう問おうとした矢先、頭の中に昨日の記憶がありありと思い出された。

そして、一通りフラッシュバックした後、こう思った。

(あ、これはまずい)

どうする?逃げるか、いや駄目だ多分負ける。

それではどうすればいいのか。

こうなれば最後の手段を使うしかない。

「夜が、どうかしたの?」

知らないふりをするしかない。

「見た」

「見た……って、僕を?」

「正確に言えば、午後7時12分15秒」

「えぇ……」

しっかりと覚えられていた。しかも秒単位で。

こうなったら認めるしかない。

「……でも、1日経ったよね?僕に用があるならその場で捕まえてた方が良かったんじゃ……」

「……時差だから、問題はない」

これは逃げようがない。時差は仕方ない。なんかそう思えてしまった。あぁ、お父さん、お母さん。そして妹。忘れられてばかりだけど、それでも産んでくれて、育ててくれてありがとうございまし――


がしっ


そうオノマトペをつけるにふさわしい衝撃が、左腕に走った。

衝撃にびっくりして左腕を見る。と……なんと、彼岸さんの手が左腕の手首をがっしり掴んでいた。

怖くなって引っこ抜こうと腕を引いてみたり、逆に押してみるも、効果は無かった。

「来て」

そう言って彼岸さんは手首をつかんだまま、歩き出した。……けど

「あ」

という言葉の後、一拍置いて、反対方向へ歩き出した。

「え、えぇと……彼岸さん?」

行動が色々おかしかったので流石に聞きたくなる。

そして、その問いに帰ってきた答えは――

「買い物」

「か、買い物?」

そう、買い物だった。

「今日は葱と牛肉が安いから。」

そういって、駆け出すような速度で自分は引きずられていった。


―――――――――――――――――――――――


というわけで約一ヶ月ぶりに執筆した完全新作(笑)へ昇格したかもしれない「名いか」ですはいどうも皆様。前回が約2週間だったのでこのまま行けば次の更新は来月の1月末になるかもと若干の不安を抱えております。なんか学生達は修学旅行とかいうコミュ力ある人しか参加出来なさそうな行事の季節らしいので私は逃げます。


次回、「葱と牛肉と途中下車」

彼岸さんと片峯くんが今後どうなるのか、こうご期待!


※基本的に作者のメンタルがクソ雑魚ナメクジプランクトンミジンコレベルなので、執筆はとても遅くなります。ごめんなさい。

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