2 質問と無茶振り

「――質問があります」


 スミカの発言に、仙人ははっとこちらの方を向いた。


「……質問? そうか、どうしようか……いいぞ!」


 仙人は満面の笑みを浮かべ、爽やかにいう。

 ――正直言って殴りたいが、質問のことを思い出して踏みとどまった。


「わかりました――私の質問は、5つです」


2「質問と無茶振り」


「――1つ目。なぜ私達を転生させるのですか?」


 スミカにとって、これは譲れなかった。

 

(転生させるなら、なにか理由があるはず――仙人こいつだってヒマじゃないだろうし――)


 仙人は少し黙ったあと――スミカを激怒させる最悪の答えを出した。


「――趣味じゃ」

「趣味……?」


 スミカは言葉を失うが、仙人は気にせず話を進める。


「そう、趣味じゃ。わしはいろんな世界の人を別世界に送りこむのが好きなのじゃ!」

「――趣味で人の人生をぶっ壊さないでくれません?」

「人生? あの爆発はわしが起こしたのじゃないぞ、運命なのじゃ! わしがいようがいまいがそなたらはもう死んでいたのじゃ!」


 運命なんて信じない。それがスミカの信念だった。

 それなのに、この仙人は彼女の信念を片っ端から破壊している――

 まあ仕方がない。死んでしまったのは事実だろうし――理由がどうあれ、転生するのは確実だろう。


「――次に。どんな異世界なのですか? ファンタジーの世界とか、流行りの漫画の世界とか」

「それはこれから決めてもらうのじゃ――アオイちゃんに」

「え? 私に――発言権はない、んですか?」

「うん」


 仙人はニコニコしながら優しい声で言い渡した――スミカには残酷な判決に聞こえたが。


「――わしはアオイちゃんが好きなのじゃ」


 ――ここでついにスミカの怒りが爆発した。

 

「ロリコンじゃないですか!」


 彼女は仙人に向かい、渾身の力で平手打ちを決めたのだ。

 仙人は避けようともせず、パァン! という鋭い音が白い虚空に広がった。

 スッキリした――と思った次の瞬間、「いつものスミカ」が戻ってきた。

 

(――しまった)


 スミカは謝罪モードに入ろうとするが、仙人は顔をしかめる様子もない。

 それどころか、さっきよりも口角が上がってる……?


「……わしを殴るとは、相当な度胸じゃのう」


 ――あ、これやばいやつかも。第二形態になるときのラスボス的な?


「――こりゃ、見物が楽しみじゃ」


 ――いや、そっちかい。

 だがこれで理解した――あいつの辞書に「常識」という文字は存在しないのだ。

 

「さて」当惑するスミカに向かって、仙人は話を変えた。

「――彼女は「残酷な現実」で生きるにはあまりにも純粋すぎる。だから他の「優しい世界」に転生させて、のびのびと生きてほしいのじゃ」


 ――やべー奴じゃん。

 そうツッコミを入れたかったが、そんな気力さっきの平手打ちのせいで残ってなかった。


「――だがアオイ一人じゃちょっと不安だったのじゃ……怪しい奴らに騙されるかもしれん――だからそなたは付きそいとして、アオイちゃんの暴走を止めてもらいたいのじゃ」

「――はっきり言いますが、私はあなたの考えを理解できません」

「ブレーキ役は慣れてるじゃろ?」

「え、なんでそれを――」

「言ってたじゃろ? 見てたって」


 スミカは――記憶している限り生まれて初めて――大きな舌打ちをした。


(――こりゃ見ていたのは確実ね)

 

 自分が「アオイのブレーキ役」だというのは、自分と先生たちだけの秘密だ――多分アオイは勘づいているが、それは今関係ない。


「これでわかってくれたじゃろう? ――わしが神様で、そなたらを見ていたと」

「はあ……」


 仙人のよくわからない発言に、スミカは黙りこむことしかできなかった。


  ▽ ▼ ▽


「じゃ、次はアオイちゃんの番じゃ」


 激しい論争の末スミカを説得――正確には「スミカが仙人の言い分を理解できず折れた」というべきだろう――した仙人は、すぐそばで話を聞いていたアオイに向き直った。


「――どんな世界に行きたい?」

「うーん……どうしよう……魔法がある世界がいいな……」


 ――ねえ、そこは「元の世界」って言ってよ……そんな言葉が喉まで出かかった。

 だがスミカはさっきの論争で疲れていた――それにもし言ったとしても、アオイが納得するとは思えなかった。


「魔法ならたくさんあるぞ! オーソドックスな中世ファンタジーとか、魔法少女がいる現代とか、魔法が戦争に使われてる世界とか……」

「うーん……一番最初に言ったのでお願い!」


 ――あ、終わった。

 中世ファンタジーってことは、ろくな教育すらないのだろう。言語すらも違うかもしれない。

 学校での知識があるとはいえ――ただの中学生が知識で無双できるとは到底思えない。


「そうかそうか――じゃあそなたらには「異世界転生スターターパック」を差し上げよう」

「え!? なにがもらえるのです!?」アオイが仙人に詰め寄った。

「中身はスキルと初期装備じゃ。はい、これガイド」


 二人の手元に、紙が分厚く挟まれたクリップボードが現れる。

 スミカは黙ってそれを受け止めた。

 一枚目はでかでかと真ん中に「転生ガイド 異世界編」と書かれているだけ――ここはタイトルだけのようだ。


「――転生時にスキルとして脳に埋め込んでおくから、全部読めとは言わない。今読むべきとこは「転生直後について」「異世界転生スターターパックについて」「一つだけの願い」ぐらいじゃな」

 

 仙人がそういうのを横目に、スミカはページを捲る。

 2ページ目は目次のようだ。さっきの3つはは重要らしく、目次の上の方にあった。

 スミカはより上の方にあった「1つだけの願い」から読むことにした。


  ▽ ▼ ▽


 ――どうやら集中していたようで、いつのまにか最後のページにたどり着いていた。

 パラパラとめくり最初のページへ戻すと、津波のように感情が押し寄せてきた。


(――このちびハゲ仙人……)

(――でもよかった、翻訳スキルはあるみたい)

(――新しい肉体ってことは、メガネもいらなさそうね)

(――1つだけの願いは……慎重に選ばないと)


 スミカはネガティブな感情だけを鎮めると、仙人の方へ向いた。

 仙人はアオイと話している――おそらく「転生ガイド」の説明をしているのだろう。


「――お、もう読み終わったのじゃ?」


 仙人は視線に気づいたのか、こちらの方を向いて言った。


「はい、全部読みました」

「じゃあ「1つだけの願い」を聞くことにしようか――もちろん優先権はアオイにあるのじゃ」


(――「もちろん」の使い方絶対違うよ……)

 

 あらかじめ仕組まれた漫才のようなツッコミを心のなかで入れるが、口に出す気力もない。

 「転生ガイド」によると、「1つだけの願い」の条件はこうだ。


 『具体的かつわし(もちろんあのチビハゲ仙人のことだ)が楽しめるものならなんでもOK!』


 つまり、選択肢はほぼ無限大だ……まあ「仙人が楽しめるもの」という条件のせいで、スミカの「平穏に生きたい」という願いは叶わないだろうが。


 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 選択肢が多いということは、それだけ迷う確率も高いのである。

 彼女が迷ったところにつけこみ、「アオイの願い」という名目で自分の願いを通すことも「理論上は」可能だ。

 ――まあ、現実はすぐ仙人に気づかれ「アオイちゃんに変なことを吹き込むのじゃない!」とか言われて終わるのだろうが。

 

 閑話休題。

 アオイは迷う素振りもみせず、仙人の問いに即答した。


「――お姫様になりたい! あとアイドルにも、魔法少女にもなりたい!」


 ――「1つだけ」じゃないやん。

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アホの子は異世界行ってもアホでした~天然系中二病女子とちょっぴり脳筋優等生、ゴリ押しで大賢者になる~ あじゃぴー @seijo-ami

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