無題 起眞市にやってきたよ♪

召し上がれ♪



——いただきます。


………


……



「ここは……痛っ。」


突如、左眼に激痛が走って血がポタポタと砂浜に落ちるが、腹部にある筈の痛みはいつまで経ってもなくて…試しに血が染み付いた黒いスーツをめくってみると、包丁で刺された傷がなかった。


「えーと…」


靴越しの砂の感触。ただよう磯の香り…それに一定の間隔で流れる波の音。


公園にいた筈の私は気づけば、見知らぬ砂浜に立ち尽くしていた。


……



置かれていた時計が鳴る。


「…んーー!!」


私は大きく背伸びをして、ベットから起き上がった。


「朝のビールは冷やしてるかなっと。ごまだれ〜♪」


ビールはおろか、簡単に出来るインスタント食品やチーズすら何にも入っていない…すっからからんの状態だった。


(そういえば3日連続で、食い扶持だった賭け麻雀で負けたんだっけ。てかビールなんて暫く飲んでないし…習慣って怖いなぁ。)


「金欠でお腹も減ったし…こうなったら深夜にでも適当な人を襲って…」


ザザッ


——正直信じたくなかった。先輩が…稀代の殺人鬼だった事なんて。


「…今日はやめとこ。後輩ちゃんのあんな顔なんて2度と見たくないし…そろそろ仕事、見つけないとなぁ。」


部屋のカーテンを開け、その太陽光に目を細めながらもう見慣れた起眞きま市中央区を街並みを眺めた。


……


中央区にある起眞きま市役所の別室にて。


「名前は久留くるい あかね…年齢は24歳…で間違いありませんか?」


「うん。嘘じゃないからね。」


本当の名前は『明美あけみ 砂夜さよ』だけど…殆どこの名前で生きてきたし、ここでは久留くるい あかねの名前で生きていこうと、道中で既に決めていた事だった。


「…?その、市外からやってきた方でよろしいですか?」


「厳密にはまあ…ちょっと違うかもだけど、概ねそうなんじゃない?ここの住民票もマイナンバーカードもないからなぁ…私。」


「職業は『特殊清掃員』…と。聞いた事もないですね。」


「えっ?いないの??」


ペンで紙にサラサラと書き記した後、薄い緑色の眼鏡をクイっとして、見た目が6歳くらいで耳が少し長く黒髪の三つ編みの少女の金色の瞳が私を射抜くように見つめてくる。


「…ボブカットの白髪やその黒い左眼と血を連想させる右眼。1週間前、南区にある地下収容所から脱獄しましたか?」


「あっはっは!そうだよ。なんか来たと思ったら突然、現行犯とかいって逮捕されちゃったからね。素性が分かる物も何一つ持ってないから、もう…逃げるしかないよね♪」


ずっと黙って後ろにいた2人組の黒服の男に銃をつきつけられた。


「わお…物騒だなぁ。」


「すぐに警察を呼ばせて頂きます…といいたい所なのですが、脱獄時に看守達を殺さずに黙らせたあなたの力量を信用して…一つ頼みたい事があるのです。」


「黙らせたって。ただ、嵌められた手錠の鎖を使って背後から不意打ちで首をキュッとしただけで…こう見えて私、運動音痴なんだよ?」


「成功の暁には脱獄の件は不問とし、ここでの生活を保証してかつ、できる範囲でなんでもそちらの要求を一つ聞く…というのはどうでしょう?」


どうあれ、拒否しようものなら超絶美人な私の頭に風穴が出来ちゃうだけ…か。


(どこに行ってもまーた、お偉いさんの駒になるのかぁ…ここまで来ちゃうと、らしくもなく運命とか感じちゃうな。)


私はやれやれと肩をすくめた。


「引き受けるから、とりあえずビールくれないかな?摘みは…イカが入ってる奴以外ならなんでもいいや。」


「…こんな朝早くに、ですか?」


「1週間くらい飲んでないから禁断症状で、そろそろおかしくなりそうなんだ〜…できれば安っぽい缶ビールとかで頼むよ。」


女性は一瞬だけ硬直したが…再度、眼鏡をクイっとしてから答えた。


「分かりました。今、部下に持って来させます。その間、依頼の内容についての説明を…」


「それはビール飲みながら聞くからさ、まずは可愛らしいお嬢ちゃんの名前を教えてよ。」


黒服の人達に指示を出していた手が止まった。


「それ……必要ですか?」


「必要だね。教えてくれないなら、眼鏡 クイットちゃんって呼ぶ事にするけど…いい?」


「…お前達は下がっても構いません。後は私がやります。」


黒服の男達は一礼してから部屋を出て行った。


「……如月きさらぎ 美鳥みどりと言います。くれぐれも、そんな不名誉な名前で呼ばないように。いいですね?」


「あいあーい。よろしくねっ、美鳥ちゃん!」


「…ちゃんをつけないで下さい。私はあなたと同じ24です。さん付けで結構。」


(凄い眉間がピクピクしてる…もう一押しかな。)


「分かったよ、美鳥ちゃん!!」


「ちゃん付けをしないで下さいと、私…言いましたよね!?!?」


少女は机を何度も叩いて、さっきとは打って変わって感情が顕になった。


「あっはっは、大の大人がキレちゃ駄目でしょ…情けないとか思わないの?」


「そんな事を言われたら誰だってキレますよ!!!ただでさえ、あなたみたいなちゃらんぽらんな人は見ているだけでイライラするのに。」


「我慢してて偉いねぇ。お姉ちゃんが褒めてあげよっか?ゴスロリ衣装…似合ってるよ♪」


「う、うがぁぁぁあ!!!!」


怒った少女を軽く相手どっていると、入った時に受付にいた人が缶ビールとかを持ってやってきた。


「缶ビールとおつまみ…言われた通り、買ってきました。」


「おっ…美鳥ちゃん、ビール来たけど飲む??あーでも、お子様には早…」


「飲みます。苦くて嫌いですが、私は24ですから!!!私のお金を使っても構いません。ありったけ買って、ここに持って来て下さい。」


「えっ?」


「あっはっはっは!!…飲みの勝負なら負けないぜ?」


「…望む所です。ここで何をしてるのですか。早く持って来てください…これは命令ですよ?」


「えっ…えぇぇーーーー!!!!」


訳も分からず何も知らない受付の女性の叫び声は、私と美鳥ちゃんの言い合いの中へ消えていった。


……


ザザザッ


———少しは禁酒して下さい。


(約束…破っちゃったな。)


「どうれすか、わたひ…の…勝ちれすよ…」


「ずっと思ってたけど、やっぱあんな堅苦しく振る舞うよりかは…君はそっちの方が似合うよ。」


「んぅ…後は任せました…むにゃむにゃ……」


…およそ5時間の熾烈な飲み比べが終わり、私は机に突っ伏して眠っている美鳥ちゃんの背中に、私の上着を被せてあげてから振り返った。


「じゃ…行こっか?」


「「………。」」


私は黒服の男達の後ろをついていき、缶ビールが散乱する個室を後にした。


それから9時間後。私は山の前に立っていた。


「…ここが。」


熊区の使山…登る事自体は可能ではあるが、頂上まではいけない神隠しの山で有名らしい。


車で移動中も終始ずっと無言だった黒服の男達は既にいない。


「登山かぁ…うぅ寒っ。缶ビール缶ビール…っと…かぁぁぁぁあ!!!あったまるぅ〜〜」


まさかここに来て、登山をする事になるとは思わなかった。


「登山の装備は黒服の人達から貰ったけど…」


現在時刻が20時ですっかり日が暮れた状態で山を登るなんて…運動音痴とか関係なく出来っこない事だった。


「なーんて。まっ、やってみなきゃ分からないか…ここでずっと足踏みしてたら何か呆れられちゃう気がするし、レッツ登山といきますか。目指せ!!山頂…ってね。行くの無理らしいけど。」


あっはっはと、自分を鼓舞して…暗がりの中、登山を開始しようとして、後ろを振り向いた。


「君達、この辺に住んでるのかな?」


「…っ!?」


街頭も殆どない暗がりで…あまり見えなかったが…


(5…いや6人くらい…あんな少年少女がこんな夜中になにしてるんだろ。まさか…ね。)


……


登山開始から1時間が過ぎた頃だった。


(馬鹿っ、早く右に避けろ!!)


「え…うわっ!?」


かすかに聞こえた懐かしいような誰かの声に従って、咄嗟に右に避けると…振るわれた獣爪が通り過ぎて行った。


「———」


「く、熊!?てか熊じゃん…私、初めて見た……てかビジュアル怖っ!?」


「——————!!!」


熊鈴を鳴らしても効果がない…口から涎を垂らしていて…空腹の状態なのは嫌でも分かった。


「あっはっは。」


ここで、チーズになっちゃうのかな。


「それでもいいか。私は…」


正直…この依頼を達成出来ずに…何も分からないまま終わってしまうのはちょっぴり悔しいけど。直前にお酒もお摘みも沢山飲んだり食べたりしたからもう、後悔なんてな…


——後輩ちゃんと夏祭り…行きたかったなぁ


「……ぁ。」


獣爪が私の首に当たって、地面と見分けがつかないぐちゃぐちゃのチーズになる寸前にいる筈のない◾️◾️くんが私の目の前に現れて……


そこでブツリと途切れた。


……



お囃子の音で私はゆっくりと目を開けた。


『本当に、お前は底なしの馬鹿だ。』


「…あれ、何で…」


見知った顔の筈なのに。思い出せない。


浴衣姿の◾️◾️くんは取り出した綿菓子を頬張ってから、串を捨てて後ろを向き歩いて行く。


「あ、待ってよ!!」


『でも僕は…そんな砂夜ちゃんを幸せにしたかったんだ。』


「…何を言ってるの?私は充分…」


自然と言葉が出るが、少年の名前が…どうしても思い出せない。


段々と遠ざかっていく◾️◾️くんを追いかけようとするが、足が全く動かなかった。◾️◾️くんのいる辺りが激しい炎に包まれて、誰もいない出店が燃えて…灰になっていく。


『ここに救いがないなら…僕が意地でも連れ出してやる。その果てに…概念として、2度と砂夜ちゃんから忘れ去られようと。』


「ねえ止まってよ…。」


◾️◾️くんは止まらず進んで行き…やがて消えていって…気づけば、場面は昔、私が住んでいた家に変わった。


『…お腹。減ったな……』


三角座りで睨むように私を……違うか。


私の後ろにある芳醇になった両親…チーズを食べる為にむくりと立ち上がり、ヨダレを床に垂らしてふらふらした足取りで私をすり抜けて…大きく口を開けた。


『あー。』


ボリボリ…グチャグチャ…ガツガツ……


『……◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️』


「……。」


今でもその行為自体に一才の後悔はない。生きる為…だったから。でも…もし、この場でチーズを食べていなかったらと…そう思わなかった日はない訳じゃない。けど結論は変わらない。


場面はまた…暗転する。


『…砂夜先輩。たこ焼きを食べましょう。それからお好み焼きと、イカ焼き…きゅうり漬けとかも。ポテトフライも捨てがたいですね。』


『あっはっは!!!…後輩ちゃんがたくさん食べるのは知ってるけど、流石にお金が足りなくなるんじゃないかな?』


『…今日は給料日ですから、少しは使ってもバチは当たりません。それとも甘い方が好みでしたか?』


『よっし、射的やろうぜ!!どっちが商品全部手に入れれるか…よーいドン!!!』


『え…待って下さい砂夜先輩!こんな人混みで走ると危ないですよ!!』


「……。」


後輩ちゃんが私を通り過ぎていく。


私が知らない結末。私の過去…あったかもしれない未来。


(そっか。)


私はあの個室で美鳥ちゃんが言っていた依頼内容を思い出す。


天野あまの 村雲むらくもヒック…彼は手で触れた対象にあらゆる可能性を見せりゅ…または認識させりぇる『能力者』れす。


1週間前にあなたが起こした騒動で、地下監獄から逃走して使山に逃げたって話でぇ…ねえ、ちゃんと聞いてますぅ?…ヒック…それを捕まえて欲しいんですよ〜地下収容所のぉ上層部は普通に殺しちゃっても全然いいって、いってるけどー…生かした方がいいもん。誰であれ殺しって悪なんだもん!!…あ、あはははは!!!


私は山の中で、目を覚まし起き上がった。


「…色々と見せてくれてありがとう。これであっちへの未練はなくなったよ。」


「ば、馬鹿な…吾輩の力を破ったのか!?っ、あの少年は…」


「あっはっはっは!!!どこまで行ってもたとえ…や後輩ちゃんに何を言われようが、ビールや摘みに依存して、今でも大好物なチーズを喰べたいって疼いてる…それが私なのさ。」


私はさっきまで熊だと認識していた既に傷だらけの天野さんを取り押さえて…登山用ナイフを首に当てた。


「気が、狂ってる…こ、殺すのか!?吾輩は…そうだ、金ならある!!暫くは遊んで暮らせる金だ。これで、取引を…」



唐突にキュルルルと私のお腹が鳴った。きっと、昔の美味しかったチーズを見てしまったからだろう。



「…そう言えば、夜ご飯がまだだったっけ。」


………


……


♣︎ いつだって…私は名前で呼ばれない。


「…これでは話と違うぞ?ハーフエルフ。」


「左様。どう責任を取るつもりかのぅ?」


「……。」


ハーフエルフ。私は…そんな名前じゃない。


『美鳥ちゃん♪』


生まれて初めて、そう呼んでくれた人がいた。


しかも初めて…私の下の名前を呼んでくれて、不気味とかじゃなくて…私を可愛いって言ってくれた。


立場も、種族も…関係なく、ビールやツマミを飲んだり食べたりはしゃぎまわって…それがまるで幼い頃、施設の本で読んだ事がある仲がいい友達みたいで…嬉しかった。


凶悪犯であろうと私は殺しに加担したくない。殺人はどう言い訳しても悪でしかないからだ。

だから地下収容所の一件において不殺を貫いたあの人にこの依頼を任せた。


その結果は…私の思い描いた通りで。


「こうなれば、始末せねばならんかもな。暗殺をしくじりおった愚か者も含めて…」


「いいえ。私に考えがあります。」


殺させない…私の初めての友達だもの。


「ほほう…では我々に聞かせたまえ。その考えとやらを。」


「はい。」


ここからは、私の仕事だ。


……


後日談。というか、一ヶ月後の話。


「吾輩を生かしてくれた…このご恩、絶対に忘れません!!」


「一応、釘を刺しとくけど…もしまた何か企もうとしたら私…今度はちゃんと天野さんを食べに来るからね?」


「あ…わ、分かっています。もう…2度とそんな真似はしませんとも。」


なくなった左腕をさする仕草をして苦笑いを浮かべた。


「もう行っちゃうの?」


「遊ぼうよ〜」


私が天野さんの軍資金で一から作った明美孤児院を去ろうすると、多くの子供達に囲まれた。


「また今度来るからさ…ねっ、頼むよぉ…」


「やくそくする?」


「私は約束を破った事は…あるにはあるけど、ないっちゃあ、ないものだから…ね?」


「「「「「「………?」」」」」」


そう言って子供達が戸惑っている内に、着陸していたヘリコプターに乗ると、そこには美鳥ちゃんも乗っていた。


「あのさ。何で行きは大体9時間で、帰りは1ヶ月以上かかるのさ!!!ビールもまともに買えない環境で、どんだけ私が苦労したと…暇すぎてポンっと孤児院建てちゃったよ美鳥ちゃん。」


「こっちはこっちで、天野 村雲の処遇で揉めていて……あなたが彼を生かした所為でもあるのですよ…でも、少しだけ見直しました。」


空へ飛んでも尚、いつまでも手を振っている子供達を一瞥した。


「あなたのようなアル中が、あんな慈善事業をするなんて…」


「あの子達はね…家族に捨てられて、明日生きる為の食べ物やお金を稼ぐ為に、深夜に徘徊して…えっと、盗みを働こうとしていたんだ。まるで古い鏡を見せられたみたいで…うん。言語化が難しいや。」


「……」


「いや、真面目に黙り込まれても困るんだけど。てか話変えるけど、ゆうて美鳥ちゃんも飲んでたよね?お酒が嫌いって言ってた癖に。」


「さあ。何の事でしょうか?」


美鳥ちゃんが側にあったクーラーケースを開けて、こちらに手渡した。


「誤魔化してもそうは…はっ、これは…!?!?」


プシュ…


「んっ……んっ……かはぁぁぁぁ!!!!う、うんまい、うんめなぁ〜!!!ここ、まともに冷蔵庫とかないから買ってから戻るまでに、ぬるくなって悲しくなるんだけど…これは美味い!!!誰かーお摘み持って来て!!今日は枝豆と柿ピーの気分…」


「枝豆はありませんが柿ピーなら、ここにありますよ?」


業務用の柿ピーの袋を破いて、美鳥ちゃんはドヤ顔で笑った。


「これで少しは私を敬ってくれますよね?」


「あー…うん。今日だけは美鳥様って呼ぶわ。ささっ…飲みましょうよぉ?私がよそぎましょうか?」


「えっ…いや、これは全部あなたの分で…」


「私、実は少食でしてね。」


プシュ…


「1人で飲むのも乙だけど…はい、美鳥様も飲みましょ!!今日は無礼講ですよ無礼講!!!飲まないなら、じゃあ〜運転席の君が飲むかい?ほうら飲み頃だよ?」


「ええっ、いいんすか!?」


「いや駄目に決まってるでしょ!?だったら、私が代わりに飲むから、渡さないで!!!」


そんな感じでヘリコプターでドンチャン騒ぎをしながら、中央区へと戻った。


……



その翌日。起眞市役所の受付にて。


「私が言うのもアレかも知れませんが…本当にこんな事でいいのですか?欲がないといいますか…」


「むぅ…私は孤児院の院長なんてよりも、元々やってた職をしたくてね。私はお酒とチーズが絡まなければ、基本無欲なのさ。」


「確か…『特殊清掃員』でしたっけ。基本的な業務内容を教えて下さい…特殊とついているといえば、風の噂では『電脳特殊捜査隊第六課』という組織があるのだとか。そういう感じでしょうか?」


「え…いや、そんなすごい感じじゃないよ。言っちゃえば、誰もがやりたがらない場所を掃除しにいく…って感じかな?」


ペンの動きが鈍った。


「…まさか、暗殺者とかと近い感じですか?」


「全然違うよっ!!確かに、昔は生きる為に夜な夜な人を…あ。」


「ぅ…うるさいですよ…人を…何ですか。その詳細をお聞きしても?場合によっては…あなたを。」


「黙秘権を主張します!!美鳥ちゃん、よく考えてみて…私が快楽目的で人を殺すような悪逆非道な人間に見える…?私、『能力』とかもないただの一般人だよ??」


眼鏡越しでも明らかに目の色が変わったのが分かって、咄嗟に私は全力で否定した。


私にとってそれは、金銭ゲットと美味しいチーズ……食料を手に入れる為の手段であり、そこには人をチーズにするのが好きとか、楽しいとかそういった感情は全くないのだから。


「清掃業者みたいな事もやってたから…その括りでいいよ!」


「頭が痛くて釈然としませんが…これで終わりです。」


そう言って、書類の束を渡されて軽く目を回していると、美鳥ちゃんがそれぞれ説明してくれた。


「これがこの起眞きま市の住民票とクレジットカード…銀行の口座についてはこの資料で、身分証はこちらです。ファイルに挟んで手提げに入れておきますので、絶対に無くさないように。」


「二日酔いの癖に、仕事はっやーい!!!」


「これが本職ですから。後、声が頭にガンガン響いて痛いです。受付では静かにして下さい。」


「あいあーい。んじゃ、またね〜美鳥ちゃん。色々とお世話になったよ。」


そう言って市役所の外に出て、少し歩いているとふいに背中を叩かれて反射的に振り返ると、何かを持って、受付から走って来た息も絶え絶えの美鳥がそこにいて…


「あの…また、暇な日があれば…」


「……ビール。ハマっちゃったね♪」


「ち、違います。あなたと一緒に飲むと不思議と美味しく感じられるだけで…別に他意はありませんので悪しからず。」


頬をわずかに赤らめて、そっぽを向いた。


「素直じゃないなぁ…でも私と同じくらい飲める女子は貴重だし。寧ろこっちから誘いたかったくらいだよ!!」


「…後、これを。さっきのお誘いはあくまで、おまけでこっちがメインです。」


そう言われて、渡されたのが…


「っ、私の上着!!正直すっかり忘れてたよ。血もついてないし…洗濯してくれたの?」


「当然です。ついでに糸のほつれてた部分があったので、暇つぶしに全部直しておきました。」


「あ、ありがとう〜この服だけが、唯一の持ち物みたいなものだったから…私のスマホは送信なら出来るけど案の定ここじゃ、圏外判定だからさ。日記くらいにしか使えなくて…」


上着を着てみると…美鳥ちゃんがかなり頑張ってくれたのがよく分かった。


「すんすん…お花の香り。ねえ普段どんな香水使ってるの?」


「!?!?…の、ノーコメントです。」


「えぇ。結構…好きな香りなんだけどなぁ。」


「こ、これで用事は済みました…それでは『特殊清掃員』久留くるい あかね殿。あなたの今後の勇ましい活躍を市役所の代表として、心より願っています…また遊びに来る日があれば日取りはそこで決めましょう?」


「はーい!」


足早に去っていく小さな背中が見えなくなるまで眺めてから…私はズボンからスマホを取り出して、待ち受けを見る。


「………よっし。やるかぁ。」


数分間立ち尽くした後、電源を切ってまずはホームページを作って宣伝をする所からだろうと起眞中央商店街にある電気屋へと歩き出した。


(後輩ちゃん。今頃、元気でやってるかなぁ。)


こうして、どんな現場でも依頼すれば何処へだってやって来て掃除を行う『特殊清掃員』がこの起眞市に誕生したのだった。

                   了



———21◾️◾️年 9月♦︎日


今日も1人で仕事を終わらせて…家路につく。


「…溶けてる。」


9月の癖に今日の最高気温は38度。


あまりの暑さで渋々スーパーで買った棒アイスが液体になって、勿体ないから、ぬるくなった液体を飲んでいると…ズボンに入っていたスマホが何度か鳴った。


(また仕事かな…今度は遠い場所じゃなければいいけど……このメールアドレスって。)


あり得ない。だって、砂夜先輩はもう……


◾️月❤︎日


チーズになったと思ったら、気がついたら変な場所にいる( ^ω^ )どうしよっ、持ち物が着てる服とスマホしかないよぉ。無一文スタートってそりゃあないでしょ!?ん…誰か来たぁ!?


◾️月❤︎日


なんか雰囲気とか怖かったから、ヤバそうな看守達の意表をついて、没収されたスマホと私のスーツ一式を回収して変な収容所から脱獄しちゃった☆追跡を振り切る為に、車に乗ってた男の人を説得して外に出させてから不意打ちで持って来てた手錠で首を絞めてチーズにして車の鍵とか諸々手に入れたよ☆やったね(^∇^)


お腹はそんなに減ってなかったから、車に乗せて…誰もいない寂れた港に重しをつけて暗い海の底に沈めて、特に行くアテもなかったからカーナビでその人が住んでた中央区って所をこれから目指す事にした。ん…この世界だと私って無免許なんじゃ…大丈夫かな?(汗)


◾️月❤︎日


男の人が住んでた5階建てマンションの403号室に一週間くらい路地裏の賭け麻雀でチーズを調達して暮らしてたけど…ちょっと限界が来たから、いい加減に職を手に入れるべく、起眞きま市役所って所に行ったら突然…拘束されて別室に連れ込まれて如月きさらぎ 美鳥みどりちゃんって、6歳くらいの見た目の少女に尋問されたんだ〜でも、私と同じ24歳らしいよ?ビックリだよね…もしや人とは違う種族かも…小説の読みすぎかな?


で、なんやかんやで天野あまの 村雲むらくもって言う能力者(?)をチーズにする依頼を引き受ける事になっちゃった♪終始…真面目さんを装っていたけど、怒った時とか、お酒を飲んだら年相応な感じになって、すっごくからかい甲斐があって可愛かったなぁ。ずっとあんな感じでもいいのに…


寝ている美鳥ちゃんを置いて黒服の人に連れられて車に乗ったと思ったら暫くして、潜伏しているらしい◾️◾️の◾️◾️って場所で降して登山道具だけ渡すだけ渡して帰っちゃったよ。これ本当に酷いよね。冷静に考えて街頭もまともにない田舎の夜にこんな超絶美人を放置したら、それはもう大変な事になるよ…?事実、気づいていなかったら、危うくあの少年少女にチーズされてたかもしれないしね。


【データの取得に失敗しました。】


◾️月❤︎日


いつまで経っても迎えが来なくて、暇で暇で仕方がなかったから天野さんの軍資金を使って孤児院運営…始めたよ☆名前は明美孤児院。単純でかつ覚えやすくていい名前でしょ?


子供達(私も含めて)に教育(主に天野さん)が率先してやってくれたり、食事もちゃんと作れて意外にちゃんとしてて関心しちゃった。依頼に背いてでも、チーズにせず生かしておいて良かったよ。もし迎えが来なかったら、ずっとこのまま運営しててもいいかもね…でも。ここじゃ…お酒、飲みにくいんだよなぁ。


◾️月❤︎日


ついに迎えが来た!!…と思ったら、美鳥ちゃんもそのヘリコプターに乗っていた。てっきり私がその依頼をしくじったから、直接私をチーズにしようとやって来たのかと少しだけ警戒したけど、美鳥ちゃんは私にビールと柿ピーをくれて労ってくれた。どうやら天野さんや私の処遇について、裏で頑張ってくれたらしい。あぁ…いい子だなぁ。私の目に…狂いはなかった(*'▽'*)


だから美鳥ちゃんにもビールと柿ピーを分けてあげた。ヘリコプターが墜落しそうになるくらいに…はしゃいだぜ!!いえい♪


◾️月❤︎日…◾️月❤︎日…そうやってずっと読み進めていく内に、あんなに長文だったのにいつの間にか全て読み終えていて、スマホをポケットに入れて夜空を眺める。


「…砂夜先輩…っ。」


4年前に充分、涙は流しきったと思ってたのに。

私はアル中で色々と頭がおかしい先輩にまた会いたいと思ってしまっている。


(あの夜…先輩を食べた所為で、異常性が移ってしまったかもしれませんね。)


左眼から流れる涙を拭って、私は両頬を何度か叩いて心を切り替える。


(砂夜先輩が別の場所で頑張ってるなら…私も頑張らないと。)


普段は酔っ払っていて情けない所ばっかりなのに、いざ仕事になれば、真面目に未熟な私を引っ張ってくれたあの不器用な先輩みたいに。


「4年ぶりに居酒屋…行こうかな。弟にも何かお土産…買ってあげよう。」


文字通り…人類最後になった『特殊清掃員』は依頼が来れば、たとえ祝日であろうともすぐに現場へと向かう。でも、その足取りは…前よりもずっと軽くなっていた。



——3ヶ月後の…クリスマスが来るまでは。


          番外『潜伏期間』 

                   了




































































































 
















































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チーズが好きな茜さん 蠱毒 暦 @yamayama18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説