憧れだったらありますが、なにか

 ラファイエット侯爵に、とんでもない場面を見られてしまったロイ。


 だけど一応、ラファイエット様を納得させることに成功したらしい。

 ロイはとりあえず、「リナとはそういう関係ではない」を真っ先に主張。それから「かといって無理やり狼藉を働こうとしていたわけでもない」を通す。そして最後に「じゃあ何であんな状態に?」を、懇切丁寧に『説明』した。


「最後のが一番苦労した。あの『鉄頭』、装備だけでなく中身の脳みそまで意外と頑固で、納得させるまでに朝までかかったぞ」

「知らないわよ。あなたの自業自得でしょ、何を恩着せがましくあてこすってきてるのよ」


 私が言うと、ロイはフンと鼻を鳴らした。

 どうやら私の前で「執事ぶりっ子」は一切やめたらしい。主を『鉄頭』呼ばわりし、粗野な所作で壁にもたれている。しまいには煙草(パイプ)まで吹かしはじめたのを、私はジロリとにらみつけた。


「ちょっと、やめてちょうだい、今洗濯物を干したところなのに匂いが移るじゃない」

「そっちこそなんで朝っぱらから洗濯なんてしてるのさ」

「普通洗濯は朝にするものだわ」

「そういうことじゃなくて。それ、この館のランドリーメイドの仕事だろ」


 と、ロイが指さしたのは巨大な桶に浸けられた、大量の衣類。主には住み込みの下男の下穿きだった。水が真っ黒になるくらい汚い。


 私たちが今いるのは屋敷の裏手、井戸にほど近い、石畳の敷かれた小さなスペース。不潔ではないけど雨風をしのげるものがあるわけでなく、メイドの中でも低い身分の新人などが、キツイ仕事をする場所だ。

 じゃぶじゃぶこすってざっくり汚れを落とした布を、すすぎ用の桶に移し、またじゃぶじゃぶしながら、私は言った。


「お嬢様はまだしも、私はオマケの居候だもの。家のお手伝いくらいして当然よ」


 半眼になって、ぷかあ、と煙を吐くロイ。


「ほんと、リナさんは働き者だねえ」


 ……まあ、合ってる。ほんとのところ、退屈に耐えかねてなのだけど。

 フェンデル伯爵邸にいたころは、庭師の父と同居だった。屋敷の中庭にある小屋で寝泊まりし、早朝から薪割りや水仕事をし、朝食とお弁当を作り、身支度をして出勤する。侍女として夜まで勤め、帰宅をしたら、父の作った夕食を食べ、私が片付ける。休日には父と共に土いじりをさせてもらい、草花について勉強する――それが私の日課だった。

 お嬢様ひとり世話するだけでは、時間が余って仕方ないのだ。

 なのでメイドの仕事をするのは構わない。それより、ロイがそばにいることが不快だ。


「……いつまでいるの。私になにか用?」

「いや。とりあえず昨夜の誤解は解いたよと報告に」

「どうでもいいわ。いえあなたと恋仲だなんてのは不快だけど、強姦未遂と思われる分には問題ないわね。あなたがクビになるだけだもん」

「……おい」

「なんだったらありのまま、聞いた話をラファイエット様に報告してもいいのよ。困るのはロイ。私にはやましいことなんて何にもないんだもの」


 今度は私が「フフン」と鼻で笑ってやった。

 そう、主導権はこちらにあるのだ。国家機密級のヤバい話も、私は無理やり聞かされただけ。とりあえず黙っててあげているのは、あくまでもロイへの親切心だ。公爵様の御子? 知ったこっちゃないわよ。不敬罪でしょっぴけるものならやってみろ、表に出せないのはそっちのほうだろうけどね。畏まらなくていいと言ったのは本人だし、私の主はお嬢様。給料をもらっているわけでもない他所の家の、一介の執事相手にそこまでへりくだる必要はないのである。


「私は優しいから、昨夜のことは聞かなかったことにしてあげる、優しいから。あなたの計画を止めもしないわ、関係ないから。それで終わりにしましょ」


 濯ぎ終わった洗濯物を、ぱんっと伸ばし、物干し紐にひっかけていく。これが済んだらドーノトのところへ行って、昼食を受け取る予定だ。

 ……これからラファイエット様と、お嬢様がふたり、デートに出かけるためのお弁当を。

 洗濯物を干し終えて、ハンカチで手をふきながら、屋敷へ向かう。その通路に、まだロイが居た。無視して通り過ぎようとした、けど肩を掴まれ、壁にドッと押し付けられる。


「なっ……!?」

「やましいところがない?」


 低い声で囁かれる。


「ほんとうに?」


なんのことだと問う前に視界が真っ暗になった。失神したのではない、私の目元を、ロイが手のひらで隠したのだ。


 ……なにを……しているの?


 ロイの悪戯は案外すぐに解かれた。明るくなった視界で、ロイが剽軽な仕草で肩をすくめていた。


「こんなことしても、僕は分からないんだけどね。現場にいなかったから」

「……何の話よ……」


 問い詰めてもへらへらと逃げる。


「まあいいや、それはそうとして……昨夜の話。僕の提案は、君にもメリットはあるだろう。愛しいラファイエット様が君の彼氏になるという」


 私は犬歯を剥いた。


「またその話。いい加減にしてよ」

「デタラメなものか、隠しても無駄、っていうか隠せてないよ。お嬢様が侯爵にくっついていったとき、もんのすっごい顔でお嬢様を睨みつけているぞ。ぎろぉおおおーっって」

「嘘つき、そんなことはありません」


 実際ないので断言する。お嬢様が侯爵といちゃつくのは、お嬢様の当然の権利だ。彼女は正統な婚約者、しかも生まれる前から両家の間で決められていたこと。私がお嬢様を恨むことは無い。速足で進む私の後ろをついてきながら、ロイは「まあこれは嘘だけど」とあっさり認めた。適当な男だ。


「だけども顔に出てるのは本当。侯爵とお嬢様が楽しそうにおしゃべりしているとき……どちらかというと侯爵のほうを睨むようにして、悲しそうな目をする――『私以外の女の子と、仲良くしないで』っていう顔だ」


 ぴたりと、足が止まった。


 …………えっ。……ほ、ほんとに?


 全身が紅潮していく。真っ赤になった耳を、ロイが指でつまんだ。


「かわゆ。耳たぶほかほかじゃん」


 ……う、ぐ、ぐぅっ。

 ロイの手を乱暴に払いのけ、数歩進む。だけどどうしても足元がふわふわして転んでしまいそうだった。それにここで逃げたら、最大級の解釈で確定されてしまう。私は諦めて、呟いた。


「仕方ないでしょう。侯爵は……あれだけ顔がいいんだもの。上級貴族で、お金持ちで。女の子ならみんな憧れるわ」

「んー? んんん」

「でも雲の上にある高嶺の花を欲しがって、目先の仕事を失うような馬鹿ではないの。ろくに話したこともないプリンスより、二年仕えたお嬢様のほうがよほど大事です。わかったら去れチンピラ執事モドキ」


 しっしっと手で払う仕草をすると、ロイはやれやれと頭を掻いた。


「その意固地なくらい生真面目なとこ、ほんとよく似てるというか……実際、気が合うと思うんだけどね、君たち二人」


 私はべえっと舌を出した。

 厨房へたどり着き、ドーノト料理長からランチを受け取る。


「ご苦労さん、そこにあるやつを持って行きな」


 指さされた先には、おべんとうの包みが三つ置かれていた。

 みっつ……誰のだろう。特別大きな一つは、巨漢のラファイエット様のだろう。もう一つはお嬢様。あともう一つは……ロイもついていくのかな? 護衛の兵とか?

 バスケットに詰めながら問うと、ドーノトは不思議そうな顔をした。


「あんたのだよ。ラファイエット様から直々にそう聞いて、三人分作ったんだけど。なに、あんたもなにか食べられないものがあんの」


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侯爵様が恋したのはお嬢様ではなく身代わり侍女の私です。ごめんなさい。 とびらの@アニメ化決定! @tobira

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