流れ星と落ちていく

ファラドゥンガ

流れ星と落ちていく

 「これは、遠い遠い昔のお話……」




 * * *




 ある嵐の日、空の上のタケシが、「大変だ、すぐにこっち来て!」と声を響かせた。僕は熱い大地に水を撒くのに忙しかった。申し訳ないと顔を空に向けたが、タケシは「大地と俺と、どっちが大事なんだ!」と怒った。


 水撒きは上司である後藤さんの命令だった。 後藤さんのたまわく、


「命なき場所にも、いつの日か命は芽吹めぶくもの」


 何やら重大な仕事らしい。どうしても手が離せない。タケシに会おうとすれば、尖った岩山に登って空を目指す必要がある。ずいぶんと時間がかかるのだ。

 

 タケシには会えない理由だけでも伝えようと、僕は嵐の上に手を伸ばして、これから天駆あまかけようと構えていた星を捕まえた。迅速にメッセージを送るには、流れ星が一番である。


 ところが、その星は真っ赤に光って、

 「ちょっと!どういうつもり?」と僕の手の内でスパークした。


 「うわっ」


 思わず手を離してしまった。星は怒りに身を燃やしながら、

 「私はね、すでに先約があるの!恥を知りなさい!」と天の彼方へ飛んでいってしまった。


 これが、清子星きよこぼしとの最初の出会いだった。






 二度目に会ったのは、後藤さんが僕の仕事に不満を漏らしている時だった。僕の流している水は塩辛くてしかも毒々しい、とのこと。後藤さんのたまわく、


 「清らかなる水こそ、命をはぐくむにふさわしい。君の水では駄目だ」


 うなだれる僕をよそに、後藤さんは水の浄化作業を黙々とこなしていった。


 「はあ、僕は馬鹿だ。命を生み出すどころか、命にとって危険な水を撒いていたとは……」


 その時、タケシの笑い声が空に響いた。「ほんと、お前は馬鹿だな」と空からこちらを覗き見ていた。


 さすがに僕は怒って、「こらっ!これでも一生懸命なんだぞ!」と空に向かって叫んだ。その時ちょうど、シュルルル……、と明るい尾を引いて、清子星が流れてきた。そして彼女に僕の愚痴が当たってしまったのである。


 彼女の頭に、べとつくような愚痴が絡みついた。


 「ちょっとなにこれ?最悪っ!」


 僕は慌てて隠れた。彼女は不満をぶちまけながらも、誰かの願いを乗せてどこかに飛び立っていった。ほんとうに申し訳ない、としばらく涙に暮れた。






  三度目に事件が起こった。その日はくもりだった。タケシは相変わらず「なあ、仕事なんかやめてこっち来いって」と呼び掛けてくる。


 僕は水の撒きすぎによって水害を引き起こしたために、後藤さんにこっぴどく叱られているところだった。後藤さんのたまわく、


 「命あるところ、常にゆりかごのように揺らいでいるもの。君の撒き方は逆巻さかまく荒波ではないか」


 後藤さんに謹慎処分をくらった。そんな僕の不幸を歯牙しがにもかけないタケシは、「俺の魂が燃えているうちに早くしろ!」と急かしてきた。


 まあ、無視し続けるのも良くないかと思い、どうにかしてタケシのもとへ行くことにした。しかし、謹慎中なので、後藤さんに見つからないように向かわなくては。僕は夜空に手を合わせ、お祈りした。


 「誰か、後藤さんにバレずに、僕をタケシのもとに……」


 その時、雲間からぴかりと一筋の光。僕の上を颯爽と輝く流れ星。


 「願い事聞きました……、て、あんたは変態水男みずおとこ!」


 「お、お前はスパーク娘!」


 「ふん、あんたなんて、願い下げよ」 


 彼女は去ろうとした。しかし、ここで引き留めなければ、一生、願い事が叶わない気がした。


 「待って!君となら、後藤さんにバレずにタケシに会える!手を貸してくれ」


 「……対価は?」


 僕は水以外に何も持っていない。ゆえに、この身をささげるほかなかった。


 「へえ、意外と男らしい真似するじゃない」と清子星。彼女はぐるぐる飛び回り、ウキウキしている様子。


 「それじゃ、早いとこ願いを叶えに行きましょう。私の尾に乗りなさい!」


 まさか生きている間にライドオン・シューティングスターができるとは。清子星は暗い雲に隠れながら、スイスイと空を駆けて行く。これなら後藤さんに見つかる心配もない。


 飛行中、ふいに清子が声をかけてきた。


 「タケシって、空から声をかける人?」


 「そうだよ、知ってる?」


 「いつも声だけなのよね、あの人。一目ひとめ見てみたいかも」


 清子星は分厚い雲を突き抜けて、夜の空に出た。






 「なんて綺麗な空なんだろう……」


 真っ白に照る月と、煌々こうこうと輝く星たちの空は、嵐の中で水を撒いてばかりの僕には、美しすぎる光景だった。僕の感嘆に、ふふん、と得意げな清子星は、「あの人は友達ね」と知り合いの星々に挨拶の光りを送った。チカチカと反応が返ってくると、空はさらに輝きを増すのだった。


 「ありがとう、スパーク娘」


 「清子と呼びなさいな」


 「分かったよ。き、きよ……」


 その時、空がびりびりと震えだした。小さな星たちはわぁわぁと飛び回り、大人星おとなぼしたちは何事だ、とぐるぐる回って警戒する。南の空の一面が、荒波のように大きくめくれ上がった。


 ふわぁ、と夜のとばりを布団代わりにしていたタケシが、のっそりと上半身を起こした。うーん、と背中を伸ばし、まぶたを擦ったあと、僕を見た。


 「おう、とうとう来たか!」


 「お星さまに願ったからな。それで、大変なことって?」


 「そうなんだよ、これを見てくれよ」


 そう言ってタケシ背中を向けた。ごろ寝したときに潰したと思われる星々が、赤く煌めいている。それを見た清子は「やってくれるわね……」と唇を噛んだ。


 清子には一瞥もくれずに、タケシは「もっと下だ、これ、これだよ!」


 よくよく眺めると、タケシの臀部でんぶのあたりに、潰れた星とも違った、真っ黒な丸い物体ができていた。


 「……黒子ほくろ?」


 「やっぱそうかなぁ。でも吸盤みたいに吸い付いてくるんだよ。おまけに触れようとしても、恐怖心で触れられないんだ。まさかがんじゃないよな?」


 その時、清子がその身を振動させた。パチパチと赤紫のスパークが、彼女の周囲を囲んでいく。


 「あんた……ぶしたからでしょ」


 「はい?」とタケシがとぼけた声で聞き返した。


 空にカチンと音が響いた。そして清子は声を爆発させた!


 「あんたが!星を!潰したからだろが!」


 清子は赤く燃え盛り、凄まじい熱を帯びてタケシに突進した。彼女の隣にいた僕もついでに燃えた。そして色々なことを思い出して、僕も特異点付きのタケシに突進した。


 「ちょ、待った!どうしたんだ!」とタケシ。


 「星たちの恨み!」と清子。


 「ちょ、お前は、なんで?」


 「すべて捧げるって流れ星との契約だ!あと、タケシ、お前はうるさいんだよ!」


 「ぎゃああああっ!」






 僕らは力の限りを尽くして、タケシをぶっ飛ばした。タケシは地平線の向こうへと消え、太陽が「わっ!」と驚いて顔を出した。


 清子には、空を飛ぶ力は残されていなかった。朝焼けに染まる雲の切れ間から、僕らは海に向かって落ちていった。ただ二人、 互いをかばうように抱き合いながら。


 清子は僕の耳元でささやいた。


 「あの時のあんたの愚痴、もうすっかり取れたみたい」


 僕は二度目に彼女を見た日を思い出した。僕は身を隠したつもりだったが、彼女にはバレバレだったようだ。


 「ごめん、変な愚痴を付けちゃって」


 清子はフフッと笑った。そして、

 「そうよ、どうせなら素敵な言葉を付けてよ」


 僕は清子を見つめた。彼女も真っすぐな目で、僕を見つめている。僕の口からよどみなく、言葉が溢れた。


 「好きだ、清子。ずっと一緒にいて欲しい」


 「その願い、受理します」


 僕らの周りがパチリ、とスパークした。そうして二人でひとつの火の玉となって、地上に向かって流れていく。


 僕らの落下する海の上に、後藤さんが立っていた。後藤さんは両手を開いて、顔に微笑みをたたえていた。後藤さんのたまわく、


 おお、命が、始まる……―—————




 * * *




 「……海に落ちた火の玉は、地球上に有機物をもたらした。そこからアミノ酸が生まれ、やがてタンパク質となり、自己複製を始め、遺伝子を残し……、こうして、地球に生命が誕生した。お前のお父さんお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、そのまたおじいちゃんおばあちゃんも……、さかのぼれば皆、その二人の愛にたどり着くのじゃ。分かるかな、孫よ」


 「嘘だっ!」




 

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