わけあいっこアイス
星見守灯也
わけあいっこアイス
横から「ちょっと分けてー」と言われた。答える前に一口食べられた。
これは、私が買った、私のために買ったちょっと高級なアイスだったのに。
今季の新商品。気になっていた味。ずっと楽しみにしていたのに。
こんなのひどい。思わず子供のように泣きたくなった。
それなのに相手は何にも考えずに飲み込んだ。せめてもっと味わえ!
昔っからそうなのだ。人にカニをほじらせといて自分は食べるだけ。むかむか。
そんなわけで絶賛ケンカ中である。ぼたぼたこぼれる涙でアイスの味はわからなかった。
「そのくらい、いいじゃん……」と言われたらもう、顔も見たくなかった。
「許してよー」と言われて買ってきたアイスが150円のアイスだったので口を聞かなかった。
そんなことを友達に言うと「くだらないなあ」と笑われた。
「こっちは真剣なの! そりゃアイスだけど、たかがアイスって思われたくないじゃない」
「まあねえ」と友達は笑った。
「この歳になるとどうでも良くなってこない? あーそういう人だもんねーって」
「だいたいのことはそうなるわよ。でも今回はダメ! 許せない!」
アイスひとつで怒りすぎだとも思ったが、降り積もった火薬に火をつけたのはあいつのほうだ。
「もうアイスと結婚したら? 冷え切った関係になるけど」
「冷えてるからこそ甘くてしあわせなのよ」
「あはは、それはそう。で、冷えてるの? その相手と」
「うーん……熱々ではないなあ。平凡で気のきかない同居人って感じ」
「そ」と友達はそっけなく返し、
「ま、冷えてたほうがいいものってあるわな」
帰ってくると、そいつは珍しくしょんぼりとして待っていた。
「ええと、ごめん」
「……うん」
「君が美味しいと思うものを知りたくてさ……」
「へえ〜……そう思えない雑な食べかただったけど」
「美味しかったよ! だから、俺が美味しいと思うの、買ってきたんだけど」
「たしかに値段の割にはめちゃ美味しいけどね!? スーパーカップのバニラ!」
もう十何年も、同じことの繰り返し。この後も……。この後も?
ぺしっと薄くなってきた額を叩く。いい音がした。
「これで痛みわけ」
「……うん」
「こんどパピコ買ってくるから。たくさん。それなら分けてもいーよ」
「あ、あれも美味しいよねー。チョココーヒーがいいな!」
分け合うことは諦めである。
自分の一口を諦めれば違う味の一口を味わえる。
それが割に合うかは別として。
「そんで高いアイスはいないとき食べる! 絶対そうする!」
病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も。
愛している時も憎んでいる時も、敬う時も蔑む時も、慈しむ時もぞんざいな時も。
私たちはいろんな味を分け合いっこするだろう。
時に分かち合えないこともあるけど。
それでも、この人と一緒にアイスを食べようと思ったのだ。
わけあいっこアイス 星見守灯也 @hoshimi_motoya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます