君にもう一度

次の次の日、彼女に外出許可が出た。

そして僕は今日彼女に呼び出された。せっかく外出許可が降りたんだから外で待ち合わせをしようと彼女から提案してきたんだ。

だから今僕はこうして病院の屋上に座っている。


辺りの景色が日の出と共に一寸の時を置いて景色が塗り替えられていく。

暗闇に紛れていた「何か」が目を覚ますと同時に周囲の様相も姿を表し、

止まっていた時、張り詰めていた空気が動き出す。

目に映る景色は移り変わる日常を広げる。

遥か高みから降り注ぐその光は平等に、そして優しく世界を包み込む。

惜しみなく降りかかる光に魅せられ鳥達は1日の始まりを告げる。

光が舞う一瞬の刹那、その瞬間こそが朝だ。


朝日というのはいつ見ても綺麗だ。

毎回太陽の壮大さに感情を揺さぶられる。

じっくり日の出を堪能していると彼女がいつの間にか横に腰掛けていた。

「いい場所でしょ。ここ」

随分上機嫌そうだ。彼女も日の出が好きなのだろうか。

「いいね。心が落ち着くよ」

「うん。君が気に入ってくれてよかったよ」

そう言って彼女は笑った。

「一昨日ぶりだね」

「そうだね」

今日彼女は白いワンピースを着ていた。

てっきり地雷系みたいな服を着てくるかと思っていたから正直見直した。

見たところ彼女は難病患者には見えない。

彼女の横を通り過ぎる彼らの中に彼女の寿命が残り少ないと見抜ける人は誰もいやしないだろう。

「どう?女の子らしいでしょ?」

「うん、髪型似合ってるよ」

彼女は長い髪の毛をショートに変えていた。

髪型ひとつで印象がガラリと変わるんだから驚きだ。

人によっては別人に見えることもある。

「うーん、30点」

またおかしなこと言い出した。

彼女はたまにおかしなことを言い出す。

いつものことだと割り切って返事を返した。

「どーした? 話を聞こうか?」

僕の返事に、やれやれと首を左右に振っ後ため息をつく。

「どうもこうも、褒め方に決まってるでしょ」

「いやー、どういたしまして」

「褒めてない」

「そうか」

彼女はまたため息をつく。

でも今度は少し笑っている。

「全く、君は本当に無愛想であんぽんたんだなぁ」

「そうかな?でも君は黙っていれば美人なのになぁ」

「へへ…それほどでも」

「褒めてない」

さてどこに向かうのだろうか。

昨日突然彼女に「明日行きたいとこがあるからついてきて」と言われたのでどこに行くのか全然知らない。

心のどこかで、自殺でもしようとしているのかと少しだけ思ったがすぐにかき消した。

今の彼女にはいらない心配なはずだ。


今日も病院には数多くの多種多様な人々が押し寄せている。

足繁く通うマダラ模様の人々はその列を崩すことなく、一定の速度で足を進める。

俯瞰して見るとますます奇妙な光景だ。

病院は角張った壁面を纏い、偽りの仮面で内面を覆い隠す。

だけど今日は心なしか少し暖かく感じる。

一応彼女にどこに行くのか聞いてみた。すると「一度行ってみたい場所があるからそこに行こうと思ってる」だそうだ。

とりあえず、電車に乗って視界一面に小さな青い花が広がる場所に連れてこられた。

あたりにかかっている霧が幻想的な雰囲気を醸し出しており、見るものを惑わすような神秘的な、不気味だが同時にワクワクするような気分になる。

ふと、天国があるとしたらこんな場所ではないかと思った。

「いい場所だね」

「君が気に入ってくれて良かった」

隣を見ると彼女も同じことを感じたらしく、珍しくソワソワしていた。

「実はここ、大昔には亡くなった人を祭っていたらしいよ」

「へぇ、神聖な場所なんだ」

見れば見るほど魅惑的な景色に意識を持ってかれそうになってしまう。

そういえば前にもこんなことがあったような気がする。

「なんだかこうして歩いていると初めて君にあった時のことを思い出すよ」

「ああ〜、そう言えば君、無愛想だったね」

「君は良くも悪くも真っ直ぐだったな〜」

お互いに言葉でジャブを打つ。

この探り合いがこの上なく楽しい。

「そう言えば聞いてみたいことがあったんだけど」

「存分に聞きたまえ」

「じゃあ遠慮なく聞くけど、他のみんなに病気のこと言ってるの?」

「私から言ったのは君だけだよー」

「ふーーん」

なんだか少し照れてしまう。

この特別な、痛むような気持ちになるのはどうしてだろうか。

「では今度は私から質問しようかな。 突然だけど君はわからないって怖いことだと思う?」

「怖いね」

「…へぇ〜、君はわからないものが怖いんだ」

何が起こるかわからないし普通はそっちの方が怖いんじゃないのか?と思ったがそのまま聞き返すのはやめておいた。

代わりに別の質問を投げた。

「君は怖くないの?」

「私はわからないものは怖いと思わないな。反対にわかっちゃうのが怖い。わかんないものは、なんかワクワクしない?」

「そうかなぁ?」

「分かんないからこそやってみようと思うじゃん。まぁ、君は冒険しなさそうだからなぁ」

「…」

「図星だったか」

確かに図星だ。

というより、安定とリスクではリスクを取る方が少ないんじゃないか?

つまり彼女は少数派に位置する。

だから僕の考えが普通でなんの問題もない。

「でもさ死んだらどうなるか分からないじゃん。…君は死ぬのが怖くないの?」

「うーんと、怖いよ?」

てっきり怖くないというと思ってた。意外と君は…

「怖いけど、怖がったってしょうがないんだよね。だからもう怖くない」

「…そうなんだ」

「まだまだ「先」のある君に私の気持ちがわかってたまるか!」

「それもそうだね」

「今すぐ死にたいらしいね」

とりあえず歩いているうちに大きな木の下に来た。

僕たちの背丈よりも何十倍にも空高く聳え立つ大木だ。

その周りを囲う様に風が吹き始めた。

地に立つものを根こそぎ掻っ攫おうとするような力強い風だ。

大地が揺れていた。

その膨大な質量に押し負けて大地が悲鳴を上げる。

その音に意識を取られてたその僅かな瞬間、彼女が倒れた。

僕があっちにこうと彼女の手を取ってすぐの出来事だった。

間一髪で彼女を抱き留める。

必死に彼女に声をかけると彼女が息苦しそうな表情で目を少し開いた。

「…もう最後だと思っていいみたい」

「…そうか」

そうだ。

いつかはこうなる時が来ると思っていた。

分かっていたことなんだ。

僕の頬に涙は流れない。

涙が流れないように必死に堪えているから。

君の最後は涙で悲しく終わらせたくない。

そう思っていた。

「むっちゃ涙出てんじゃん」

「…汗だよ」

彼女は笑っている。

でもその目には涙が溢れていた。

「嫌だな、死ぬの。もっと生きていたかったな。生きてもっと“君と”歩きたかった。私は君という人間に出会えてすごく幸せだった」

目から溢れた涙が頬を伝う。

「今更だけど、私は君のことが好きだよ」

「うん、知ってた」

「嘘つき。ほんとは、知らなかったでしょ」

「いいや知ってた。だって僕も、君のことが好き、だから」

嗚咽でうまく言葉を言い切れなかった。

代わりに彼女がかすかな、それでもはっきり聞こえる声で喋り始めた。

「君ともう一度会えた時、本当は、嬉しかった。ほんとは君と喧嘩で終わったのが、ずっと、心残りで、後悔してた。私は、死ぬのが怖くない。だって君がいるから。君はもっと生きて、もっと笑って?君に涙は似合わないよ」

今までありがとう、そう言い残して彼女は息を引き取った。

僕は君と歩き続けたかった。その言葉はついに彼女の耳に入ることはなかった。






彼女が亡くなってからいろいろなことがあった。

葬儀に火葬にスズカとの別れ。

目まぐるしく変わる日常の中でも、僕が彼女を、スズカを忘れることはなかった。

毎年、彼女のお墓にお参りをしている。

この墓参りを欠かしたことはない。

彼女が別れを告げた後、僕はたくさん泣いた。

泣いて泣いて泣きまくった。

でも、前には進み続けた。

いじめも、自分との葛藤も、全部乗り越えてきた。

それが彼女との、最後の約束だから。

そして僕は今、彼女より長く生きたその生涯を終えようとしている。

避けようのない事故だった。

彼女はそれを知ってどんな顔をするだろうか。

こんなに早く来てと怒るだろうか。それとも悲しむだろうか。

もしかしたら、喜んで、くれるかな。

不意に周囲の景色が変わった。

見渡す限りのあの日見た一面の青い花の広がる野原。

走馬灯、か。

かつては神を恨んだ。なぜ彼女を連れて行ってしまうのかと。

でも案外粋なことをしてくれる。

死ぬ前にこんなプレゼントを用意してくれるなんて。

「久しぶりだね」

「ああ…久しぶりだな」

久しぶりに見る彼女の顔は、やっぱり綺麗で、微笑んだ彼女は天使のように眩しかった。

「…まずは何から話そうか」

「ずっと、君を待ってたよ」

「…僕もだ」

僕もずっと君に会うことを、会えることを願ってた。

「まずは一緒に歩かない?」

「そうだな…そうしよう」

僕たちはまだまだ歩き出したばかりで、僕たちの物語はこの先まだまだ続く。

君の隣で僕はこれからも歩き続ける。

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君と隣で 夏はかき氷 @tomato_sauce

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