何を思い、何を感じた?

次の日、またあの病院に来ていた。

「昨日ぶりだね」

ベットを見ると彼女がいた。

眠いのか目がまだ開いていない。

「今は夏休みで僕も暇。だからちょうど暇つぶしの相手を見つけられて嬉しいよ」

「その割に目が赤く腫れているのはなぜだろう」

「今は夏だからね。両目を蚊に刺された、それだけのことだよ」

「その傷はどうしたの?」

彼女の視線の先には僕の膝に貼られた絆創膏があった。

「昨日泥に車輪を取られてね。それで滑ったんだ」

「なるほど、天罰か。神様もいいことするね。」

「神なんていないよ」

僕の指摘に彼女が首を傾げる。

「その割に私が小学校の時に渡したお守りずっと持ってるんだね」

彼女の視線の先には僕の手の中で包み込まれた緑色のお守りがあった。

「それは…時と場合によるんだよ。ないものに縋りつきたくなる時くらいあるでしょ?」

「ふーん、その割に耳も赤くなって目も泳いでるけど…」

「…ハイハイ」

ハハハと楽しげに笑う彼女を尻目に外を眺める。

街中にひしめいていたはずの豊かな色彩はぼんやりと色褪せていた。

その風景を見渡していると彼女が話しかけてきた。

「死ぬのってどんな気持ちだろう」

そう言われても僕にはよくわからなかったから無難に返事をした。

「それは死んでみないとわからないね」

「そうかー、死ぬ前になんかやっておきたいことないかなー。君は死ぬ前にやりたいこととかある?」

「僕は犯罪をしてみたいな」

「え?」

「いや、人生一度きりしかないんだから少しは悪いことしてみたいってこと」

「いや怖い怖い。一度きりしかない人生薬物でダメにする理由がわからない。もっと楽しいことあるんだからさ、もっと楽しもうよ犯罪者予備軍として」

「なぜ薬物…そして僕は犯罪者予備軍でもない。道路の真ん中で寝転がりたいとかそれくらいのことだよ。君はなんかないの?」

「私は……なんでもないや」

「最後まで言ってよ」

「…ある人に想いを伝えたいってこと」

「あーそれはそれは」

「話を変えるけど実は私、病気のことを聞かされた時、少し罪悪感を感じたんだ」

「…なんで罪悪感?」

「私はもうすぐ死ぬのに何もできそうにないから」

「…………」

「でも君と話してたら少し楽になれた。ありがとう」

「」

「え?何?聞こえないよ」

「……ずっと考えてた。君が死ぬって言ったことについて、ずっとずっと考えていたんだ。」

「…嬉しいな。君の思考を一部陣取っているなんて光栄だ」

「目一杯考えた。そしたら…」

「おー」

「何も思いつかなかった」

「へ?」

「どれだけ考えても思いつかなかったんだ」

「そこは嘘でもねぎらいの言葉をかけるべきでしょ」

「確かに。でも、一つわかったことがある」

「何でしょう」

「僕は、君を、死なせたくない」

「フッ、私死ねないじゃん。神様にでもなれっていうの?」

「まぁ、長生きして欲しい」

別に好きとかそういうことじゃなくて、“早く死んでしまう”なんていう理不尽な理由で死んでほしくないだけだ。

「ん〜でも、神様になるくらいだったら天使になりたいな」

「天使?」

「そうだよ、私の病名は特発性過剰適応形質性白皮病って言ってね。別名エンゼル病なんて呼ばれたりしてるんだ。この病気は発症してから半年から一年で死に至るらしいね」

「まるで他人事だ。エンゼルの由来はなんなの?」

「実はこの病気にかかると、髪も肌も目も白くなるんだ」

「その髪色染めたんじゃないのか」

「実はそうなんです」

「そうなんですか」

「うん。…実は、私も、考えていたことがある」

「なんでしょう」

「私、君には生きていて欲しい。私の分まで生き続けて欲しい」

「ほへ?」

「だから自殺禁止ね」

「君と死のうとか考えていたんだけど」

「ダメです無理です残念です」

「…ずるいな。先に死ぬなんて」

「君にはまだ私の気持ちはわからないだろう」

「…」

会話が途切れた。

その沈黙が耐えられず無理やり話を広げた。

「君は後、どれくらい生きられるの?」

「う〜ん、、分かんないなぁ」

「…そう、なんだ」

予期せず言葉に感情を乗せてしまった自分に動揺し、それに動揺している自分にさらに動揺してしまった。

彼女と会ってから自分も知らない自分の存在に気付かされる。

自分の中にしまっていたはずの自分。

それは僕という人格を作る上で最も大事な根幹で、一番柔らかい部分だ。

「もしかして心配してくれてる?」

彼女が少し嬉しそうに僕の顔を覗き込んでくる。

「そうだね。君の頭が空っぽになっていないか、いつも心配している」

「あらあら〜、言語道断チョップ」

「アイタッ」

「言ったでしょ、今度は容赦しないって」

「聞いてない」

「そうかもしれないかもしれない」

「でもありがとう。君のおかげで入院してからずっと楽しかったよ」

「私も負けじと楽しかったよ」

そう言って笑い合い、その日は終わった。



※エンゼル病の概要

『詳しい原理はわかっていないが、この病気は寿命と引き換えに人を一段階進化させるような兆候が見られる。肌や毛は白く変わり、顔や体つきも自然とみんなに好かれやすいものになる。患者の中には白い翼が生えてきた者や驚異的な第六感を手に入れた者もいる。彼らは負荷に体が耐えきれず、例外なく死んでいる』

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2024年9月25日 17:00

君と隣で 夏はかき氷 @tomato_sauce

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