超凡人騎士と3人の傾国が影で世界を救う

Barufalia

東領土編

第1話 極秘の任務?

 傾国、この世界でこの言葉は特定の人間に与えられる称号として使われている。力、知識、はたまた美貌、傑出した才覚を開花させ、たった一人で国を傾け得る。そんな夢物語のような人間に与えられる称号。

 傾国の称号を与えられた人間は一生の安泰を保証される代わりに国への利害行為のあらゆるを禁止される。放たれた傾国の辿る末路は英雄か大逆者の2つに1つ。それを世界が制御することはできない。だから世界はこの肩書きを作った。

 傾国とは最高の称号であると同時に世界の例外を収める鞘でもあるのだ。

 そして、この世界では新たな傾国を巡る炎が広がろうとしていた。


「・・・失礼します」


 壁により分断された3国、そのうち東の領土を治める国、フォームアスト。

 この国の騎士として働く少女、音露沙羅は酒場すら静まった夜遅くに召集の令を受けて街の南西にある騎士団の詰所に来ていた。

 会議室の中に入ると中にいた男が彼女に視線を向ける。


「夜分遅くにご苦労」

「……騎士団長?」


 机の上におかれた小さな灯りのみで照らされた部屋、そこにいたのがこの騎士団の最高司令官であると気づくには少し時間がかった。

 お互いの顔すら満足に見えない灯りでは、本来20人は余裕で座れる空間を持つこの部屋もどこか狭く感じる。

 召集令とのみと聞いていた沙羅はまさか騎士団長が居るとは思わず思わず声が上ずってしまった。部屋の静けさと相まって心臓の音も嫌に大きく感じる。

 しかし騎士団長は人差し指を立てて彼女の言葉を制止し、手振りでこっちに来るように指示する。


「・・・」

「・・・」


 どちらも何も声を発さず、灯りが意味を成す距離で沙羅は足を止める。騎士団長は鋭い視線で彼女を上から下まで視線を回した後、懐から紙と封筒を取り出してテーブルに置いた。

 

『これを届けて欲しい』


 紙にはそれだけ書かれていた「これ」とは封筒のことだろう。しかし封筒は茶色の無地で宛名も何も書かれてはいない。首を傾げるしかない沙羅だったがそれを問うことを騎士団長は許さなかった。変わらず眼だけで彼女に問いかける。首を縦に振るか横に振るか、彼女に許されたのはそれだけだった。

 しかし騎士団長からの問いかけに首を横に振るという選択肢は加入して1年も経っていない新米の一般兵である沙羅にはない。視線が封筒と騎士団の間を何度も往復した後、彼女は静かに頷いた。


「それじゃあ、よろしく頼むよ」


 沙羅の意思を確認した騎士団長は幾何か表情を緩め、懐からもう一枚の紙を取り出すと封筒と一緒に彼女に手渡した。

 そして最後に囁くようにそう言うと彼女の反応も待たずに部屋を出ていった。


「……なんなの、一体」


 1人になって少しした後、沙羅は大きく息を吐いた。

 この空間でわざわざ声を発さないコミュニケーションを徹底する異様な雰囲気に今でも先ほど起こったことを理解しきれていなかった。

 何度か深呼吸を繰り返したあと、騎士団長に渡されたもう一枚の紙を確認した。


「……住所?」


・・・・・・


 騎士団長から不思議な指令を受けた翌朝、沙羅は馬車に乗って彼から渡された紙にあった場所に向かっていた。既に何らかの手回しがあったのか、彼女が急遽遠方に向かうことを問う者は無く、スムーズに目的の村まで来られた。

 都市からの距離を考えればこの村は辺境の部類だが、その割には大きな規模だ。入り口正面は商店通りになっており大勢の人で賑わい、通りを抜けた先も二階建ての建物が立ち並び、商売が繁盛していることを感じさせる。

 しかし沙羅の目的はその建物のいずれでもなく、むしろ村の外れに位置していた。


「……ここ、だよね」


 屋敷、そこまでの大きさはないが造りはしっかりしておりどこか豪華さを感じさせる建物の前で沙羅は足を止めた。何度か住所を確認したがここで間違いはないようだ。


「我妻さん…どんな人なんだろう」


 表札にはそう書かれていた。騎士団長直々の指令の相手、それが一体どんな人間なのか、一度深呼吸をして息を整え呼び鈴を鳴らす。


「はい、どなたですか?」


 鈴の音とともにドアの向こうから即座に男の返事と共に足音が聞こえてきた。沙羅の心の準備も整わない内にドアはすぐさま開かれた。出てきたのは沙羅よりも頭一つ以上高い男だった。黒いスーツ、金髪、そしてつり目で鋭さのある眼。ヤバい人間かと思わず後退りしてしまうが、そのまま逃げ出さずに踏みとどまれたのは彼が外見にそぐわない笑顔を彼女に向けたからだ。

 下がった足を戻して沙羅は一度深々と頭を下げる

 

「あの、騎士団長からここに届け物をして欲しいと頼まれたのですが…我妻さんですか?」

「違います」

「違うって、でも表札には……」

「騎士団の方から受けとる物はありません。他を当たってください」


 男は沙羅の言葉をまともに取り合わず、さっさと会話を切り上げ扉を閉めようとする。最初に向けられた笑顔から一変して冷淡な態度に彼女も困惑しつつも食らいつく。咄嗟に足を出して扉が閉まるのを阻止した。


「待ってください。私も騎士団長からの指令で来てるんです。受け取って貰わないと困ります」

「さっきも言いましたが人違いですし、あの人からの物なら尚更受けとるわけにはいきません」


 男はそう言うがその態度から彼が目的の人間であることを沙羅は確信していた。しかし押すしか策のない彼女とそれを受け入れる気のない男とでは一向に事態は進展しない。足ひとつ分開いたドア越しに2人はしばらく睨み会う。


「そう邪見にすることはないだろう喜助」

「勇斗、あなたは下がっていてください」

「こっちのセリフだ。お前こそ出しゃばりすぎるな」


事態の膠着を破ったのは男の後ろから現れたもう1人の男だった。こっちはボサボサで不清潔に伸びた髪、気だるげな瞳、昼間の時間に似つかわしくない寝間着姿。最初に現れた男とのあまりの落差に沙羅は言葉を失ってしまった。

 しかしその間にも話は進む。奥から現れた男は頭をかきながら彼女に視線を向ける。


「俺が我妻勇斗だ。久しぶりの客だし歓迎するよ騎士団さん」

「え?・・・あ、はい」


 勇斗がそういうと沙羅と争っていた喜助は諦めたように扉を開いて手振りで彼女に入るよう促す。明らかに納得していないような態度に困惑しつつも勇斗の後に続いてそのまま奥の座敷に進んだ。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 2人が机越しに座ると喜助が少し遅れてお茶を持って入ってきた。最初の笑顔はすっかり無くなり、無愛想にお盆ごと机におくと足早に出ていってしまった。

 喜助の態度を意に介さず勇斗は置かれた湯飲みを手に取り一口すする。沙羅をおいてけぼりのまま、緊張感の欠片もない様子でそのまま本題に入った。


「お前の目的の我妻は俺のことだ」

「あ、はい。あの、私は騎士団の音露…」

「べつにお前には興味ない。要件は?」

「……あの、これを我妻さんにと、騎士団長から」


 一瞬ムッとしたがこらえて沙羅は騎士団長から預かった封筒を取り出して我妻の前に置く。

 勇斗は興味深そうに封筒を手に取ると中身を見る前に何度も表裏をひっくり返したり、太陽に透かしたりと遊びながら確認する。しばらくそうした後ゆっくりと封筒の中身から紙を取り出して内容を確認した。

 沙羅からは紙の内容は見えない。一言も発さず、目線もほとんど動かさず、じっくりと勇斗が手紙を読み終えるのを待つ。

 手持ち無沙汰になり沙羅がお茶を2口程口をつけた頃、ようやく我妻が動きを見せた。


「1つだけ確認するが、お前は俺に渡す前にこれを見たか?」

「見ませんよ。見ていいとは言われてませんし」

「そうかよし、これは確かに受け取った。もう帰っていいぞ」

「え、さっきの質問はなんなんですか?」

「気になっただけだ。いいからさっさと帰れ。本部はここから遠いだろう?」


 沙羅は喜助に続き勇斗からもよく分からないままに帰らされるように促される。急な言葉に納得できず反論しようとするが、はぐらかされてしまう。

 確かに勇斗の言う通り、本部からここまでは馬車でも数時間かかる距離、今から帰れば日が暮れる前に帰れるだろう。任務を果たした今、余計な詮索も無用だ。気になることは多いが勇斗の言葉に従うことにした。

 沙羅が頷くと戻ってきた喜助に入口まで案内された。


「では、失礼します」

「ええ……そうだ、我妻から伝言です。気をつけてお帰りください。だそうです」

「・・・ありがとうございます。失礼します」


 沙羅を見送る喜助の表情はいくらか柔らかくなっていた。気圧されそうな雰囲気は無くなり、彼女の挨拶に彼も笑顔を返す。


「これで終わり、でいいんだよね?」


 ドアが閉められた後、思わず沙羅は首を傾げてしまった。何とも不思議な体験だった。届け物をするという至極単調な仕事を終えた沙羅の心中は作業の単純さに反して様々な感情が彷徨っていた。

 騎士団長直々の依頼、そこにいた2人の男、そして彼らの態度。一体どういった関係なのだろうか。戻ったら聞いてみよう。そう思いつつ沙羅は寄り道することもなく真っ直ぐ入口の馬車乗り場に戻った。

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