第2話 力の傾国
馬車乗り場は商店通りから少し横に逸れた場所にある。それなりに大きい村だが、辺境だけにここに来る客は多くはないのだろう。乗り場は比較的静かで人の姿もほとんど無かった。
沙羅が本部に戻るべくここに着いた時、馬車の傍に立つ見慣れた服装の集団が目についた。彼女と同じ騎士団の制服だ。しかもその内の1人は軍隊長の証を左腕につけていた。
「お疲れ様です」
「ん、ああご苦労…見ない顔だね、どこの所属かな?」
「第13軍の音露沙羅です」
「そうか、13軍は本部の警備を主としているはずだが、なぜこんなところに」
近くまで寄るとそれが誰か判別が出来た。今沙羅と話す軍隊長の証を身につけた彼は第7軍軍隊長の吉良だ。所属する以外の軍との関わりはほとんどないのだが、念のため沙羅は軍隊長の顔と名前だけは覚えており、すぐに判別が出来ていた。
吉良は話している分には物腰が柔らかい方で印象も良いのだが、外見で損している性質だ。目は威圧的だし、日に焼けた肌と制服の隙間から見える肌にはいくつも傷が見えた。騎士の制服でも来ていなければヤクザにしか見えない。沙羅は話していて声が震えていないか心のなかで心配になってしまう。
だが取り敢えずその心配は杞憂に終わりそうだ。
「任務で来ていました。もう終わりましたので今から本部に戻るところです」
「ほう、それはご苦労」
「あの、吉良さんは何故ここに?」
笑顔も怖い、そう思いつつひきつった笑みを沙羅も返す。
「ここは私の軍の警備エリアだ。だから君がそれを私に聞くのは間違いだ。少しづつ覚えていくといい」
「はい、ありがとうございます。では私は失礼します」
沙羅は最後に会釈して足早に馬車に足を向ける。少し苦手な人だ。外見とあまりに似つかわしくない言動が不気味に感じてしまう。だが彼女が一歩目を出す前に吉良の後ろにいた騎士が彼女の行く手を阻む。
「……え?」
「君は我妻という男と会っていたね?」
「なんでそれを……」
沙羅の疑問には目の前の騎士ではなく吉良が答えた。しかしそれは彼女の疑問を解決するものではなく、むしろその真逆だ。疑問が膨らむ沙羅に対して吉良は彼女の言葉に満足したようだ。小さく頷くと周囲の騎士に何か指示を出す。
「君を帰すわけにはいかない。私達と来てもらおう」
「…なんでですか?」
「それに答える必要はない」
吉良が何か指示したかと思うと騎士達はあっという間に沙羅を取り囲んでしまった。中には剣を抜いている者もおり、敵対意識を向けているのは明白だった。理由は何も分からないが、吉良に従ってはならない。
沙羅もそれだけは確信し腰の剣に手を掛ける。
「なんだね、抵抗する気か?」
「他の軍からの指令に従う義務はない。そう教わりましたから」
「なるほど、素直な子かと思っていたが……お前達、抵抗できんよう痛め付けてやれ。殺すなよ」
会話はそれ以上は無かった。
正面からいきなり斬りかかってきた騎士の剣を沙羅も剣を抜いて受ける。彼女の剣の腕はお世辞にも誉められるようなものではない。そもそも普段は街の警護や雑用がほとんどで剣を用いた訓練は週に2回程度で実践経験も皆無。そんな彼女ではこの騎士達の包囲はおろか正面で剣を合わせる騎士1人にすら勝てはしない。
斬り結んで数秒で実力の差が分かったのか、いつでも斬りかかれるように剣を抜いていた周囲の騎士達もいつの間にか鞘に収めて沙羅の抵抗を楽しそうに眺めていた。
「なんでこんなことするんですか!」
「へへ、呑気に喋ってる場合かよ」
何とか反撃に出ようとするが、返しの剣はあっさりと避けられその隙をつかれて剣を弾かれてしまった。弾かれた剣は2人を包囲していた騎士達の頭上を超えて後方の地面を転がった。
沙羅自身も衝撃で尻餅をついてしまう。すぐに立ち上がろとするが、彼女の身動きを封じるように目の前に剣先を突きつけられた。
「ひっ!……」
「威勢がいいのは口だけか。簡単な仕事だったな」
吉良は勝利を確信したように口角を上げる。沙羅は剣を突きつけられ、尻餅をついた状態のまま抵抗はおろか身動きも封じられてしまった。
「さて、連れていくか。縛って馬車に乗せろ」
「いや、来ないで……」
吉良はどこかから縄を取り出して手近にいた騎士に渡す。沙羅は必死に後退りで逃れようとするがこの状況では全く意味をなさない。
ガキィィン!!
しかし騎士の手が沙羅に伸びた瞬間飛来した剣が二人の間に入って地面に突き立つ。この場にいる人間の仕業ではない。突然の出来事に地面に突きたった剣が先ほど弾かれた詩織の物だと気付いた人間は誰もいなかった。
その乱入者に最初に気付いたのは正面にいた吉良だった。沙羅を相手に終始余裕を崩さなかった彼に突如動揺が走ったのを沙羅も感じていた。
「あなたの出る幕じゃないでしょう」
「・・・我妻さん?」
動揺は苛立ちに変わったのか、吉良は声を荒げて現れた勇斗にいい放つ。対する彼はごく自然体で表情は読み取れない。先ほどの寝間着状態のままゆっくりと沙羅達の方へ近づいてくる。
「そいつに用があるんだ。渡してもらおうか」
「ほう、しかし私達が先客だ。後にしてもらえないか?」
「だったら奪い取るだけだ」
2人の会話は淡々としているが、その裏には一触即発のピリピリとした空気を含んでいるのを沙羅も感じていた。
「あなたにそんなこと出来ませんよ。傾国のあなたには騎士団の活動に手を出すことは出来ないはずだ」
「・・・傾国?」
「おや、本当になにも知らないのですね。特別に教えてあげましょうか」
傾国は公式に認められた称号ではあるが世間一般には認知されず、その存在を知らずに生涯を終える人間が大半だ。傾国を鞘に収めるために手っ取り早いのがそもそも認知されないことだ。知らなければ目に入らず、それを利用しようと思う者もいない。
沙羅も例に漏れず初めてその言葉を耳にする。しかし吉良は勇斗が傾国だと、はっきりと認識しているようだった。
「この男は力の傾国、10数年前に南国で起きた巨大な闘争をたった1人で終わらせたとされる伝説の英雄。その功績と、危険度から傾国の称号を与えられたのがこの男だ」
「・・・我妻さんが」
そんな英雄話は聞いたこともなければ、寝間着姿で気だるげに頭をかく勇斗がそんな人間には到底見えなかった。
しかし周囲の騎士達に漂う異様な緊張感と吉良の一瞬の隙も与えないような表情がそれが冗談ではないと物語ってた。
「傾国となった人間は国に対する利害行為を禁じられている。そんなあなたが騎士団の活動に手を出すことはできない」
「不用意な言葉は口にしない方がいい。確かに俺は公的機関である騎士団の活動に干渉出来ない。それが例え間違っていたとしてもだ。だがこれを騎士団の活動として通すのはお前にとって都合が悪いんじゃないか?」
「なるほど、力だけの男ではない。ということですか。・・・おい」
勇斗の言葉に吉良は小さく舌打ちをした後表情を崩して騎士に剣を収めるよう指示する。
「確かに我々はあなたと事を構えるつもりもありません。ここは退くとしましょう。では、もう会わないことを願っていますよ」
そう言うと逃げるように吉良達は足早に馬車に乗り込み何処かへと去っていった。張り詰めるような緊張感は遠ざかる馬車の音と共に消え去り、後には静寂が残った。
「あの、我妻さん?」
何故か足に力が入らず、沙羅は尻餅をついたままの体制で勇斗を見上げる。吉良達が去った方角を見ていた彼も彼女の声でようやく視線を変える。
最初に会った時も、この場に来た時、吉良と話す時、そして今、いつどの場面でも表情を崩さない彼の感情や考えは掴めず、吉良とはまた別種の不気味さを与えていた。
助けてくれた恩人にも関わらず沙羅の警戒心が消えない理由もここにあった。何より吉良から明かされた勇斗の正体。それを聞いてなお、いやむしろその聞いたからこそ増した得体のしれなさが本能的に警戒心を高めていた。
だが沙羅の向ける警戒心など意に介さず、勇斗はスタスタと彼女に歩みより左手を差し出す。
「来い」
「…なんでですか?」
「気が変わった。お前にも知る権利はある」
淡々とした返事だがそれは沙羅を頷かせるには十分すぎる答えだった。何も知らされず、振り回されてばかりだった彼女にとって、この勇斗の言葉は願ってもいないものだ。
少なくともこの男は彼女をどうこうしようというつもりはないはずだ。
返事の代わりに沙羅は差し出された手を握り小さく頷く。
「よし、じゃあ帰るか」
勇斗は軽そうに沙羅を引っ張り上げて立たせ、そのまま彼女の手を引っ張って足早に家へと帰った。
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