第3話 旅立ち
「痛たた!!」
「我慢してください。ほら、あとちょっとですから」
「そんなごど言っても・・痛うぅぅ・・・」
勇斗の家に移動した後、沙羅は喜助から治療を受けていた。戦いの最中は必死で気づかなかったが、腕や頬など所々に傷を受けていた。そのどれも軽傷ですんでいたのは一重に運が良かっただけだろう。
沙羅が治療を受けている間に勇斗も着替えを済ませていた。寝間着で人通りの多い商店通りを平然と歩く神経は中々だが、他所様に見せても恥ずかしくない格好は普通で安心した。
まだ治療は途中だが、もう話は出来るだろうと判断したようで、座布団に座ると早速本題に入る。
「災難だったな、騎士さん」
「あの、沙羅です」
「騎士さん実践経験ないだろ?遠目からでもわかったよ」
「えと、沙羅なんですけど」
「まあそれでも立ち向かった勇気を称して、騎士さんが知りたいだろうことを俺の知る範囲で答えてやろう」
「……お願いします」
沙羅の右腕に包帯を巻く喜助の手が笑いを我慢して震えているのを感じたが、今はそれにいちいち口を出している時ではない。勇斗もまた同じ考えか。一瞬だけ喜助に向けた視線を戻し、封筒を取り出すと沙羅に渡した。
「お前が俺に持ってきた封筒と同じものだ。読んでいいぞ」
「え?いいんですか?」
「見た方が理解しやすい。早くしろ」
何も書かれていない茶色の封筒。一目見ただけでは本当に同じものなのか判断が難しいような代物だが、疑う必要はない。沙羅は慎重に封筒に入っていた三折りの紙を取り出して開く。
「……なにこれ」
「どうだ、何かわかったか?」
沙羅は自分の目に映るものが信じられず、勇斗の言葉に反応することすら忘れてしまっていた。
真っ白の紙というのがあまりに的確な表現だ。汚れも、文字すらも書かれていない。あるのは折り目だけ、手紙としてあまりに異質なそれを見て沙羅の思考は完全に停止していた。
「騎士団長は優秀な奴だ」
「なんのことですか?」
「俺は国への利害行為を禁止されている。だが同時に俺に対して何らかの依頼を行うことも禁止されている。だからまっさらな紙をよこすことはグレーだがセーフ。そうなる」
1人で納得したように頷く勇斗を見て沙羅は改めてまっさらな紙に視線を落とした。しかし何度見ても彼女ではこの紙に含まれる「意図」を理解することはできなかった。
「意味がわかりません」という沙羅の表情に気がついたか、勇斗はため息をついて彼女から紙を奪い取る。
「騎士団は何らかの依頼を俺にしようとしているのは確実だ。伝えたいことがあるのに白紙にする理由なんてそれしかない。それに何も知らないお前を向かわせてただの届け物を装う小賢しさも何か意図があると思わせる作戦だろう」
「……一体どんな依頼なんですか?」
「さあな」
「さあなって」
「これから読み取れるのはなにかが起きていて、俺に協力して欲しいということだけ。内容まで分かるほどエスパーじゃない」
いつの間にか治療を終えた喜助が2人にお茶をだした。勇斗は湯飲みを掴むと一気に飲み干す。
「さて、俺は世界を見て回ろうと思う。何が起きているのかは知らんがまあ暇潰しにはなるだろう。お前はどうする?」
「どうって……本部に戻りますよ。団長に報告しないと」
「必要ない」
勇斗は不意に立ち上がると壁沿いの棚を物色し始める。背を向けた状態でも彼の言葉遣いは全く変わらない。返事を求めておいて彼女の言葉をバッサリと否定する。
「お前は使い捨てのコマだ。騎士団長が白紙の紙を持たせたのは奪われても問題ないようにするためでもある。つまりお前が俺に届けようが邪魔が入って殺されようがどうでもいいんだ」
「そんなことない!あの人は…」
「そう断言できる程お前は奴を知らない」
「……」
「俺と来い。お前には使い道がある」
そう言って勇斗は沙羅に視線を向けた。
試すような、問いかけるような、感情らしきものを感じさせる瞳に彼女もまっすぐに視線を返す。彼女にとってあまりに、全てが唐突すぎる話だ。しかしそれを受け入れる心の準備はあっさりと決まってしまった。
何かが起きていることだけは沙羅にも理解できた。そして騎士団にいてはそれが何かを知ることはできないだろうということも。
「わかりました。私もあなたを利用することにします。騎士として何かが起きているのを見過ごすことはできませんから」
「良い返事だ。よしそれじゃあ留守は任せたぞ」
「……仕方ありませんね」
棚を物色した割には何かが増えた様子もなく、勇斗は引出しを閉めて喜助といくつか会話を交わす。
留守中にどうするかの話のようで、彼を止めるような言葉は1つも聞こえてこなかった。最初に騎士団である沙羅を頑なに拒絶していたのはなんだったのだろうか。
「待たせたな。それじゃあ行くか」
「はい…そういえば行くと言ってもどこに?」
「北」
勇斗はそう言うとさっさと玄関の方へ歩いていってしまった。
「早く行かないと置いていかれますよ」
「え…あ、はい!」
呆気に取られる沙羅を横から喜助が背中を押す。我に返った彼女は急いで準備を済ませると勇斗を追って部屋を出ていった。
慌ただしく2人が出ていった後、喜助は一転して静かになった座敷を見回し、机に置かれたままの白い紙を拾い上げる。
「随分と決断が早かったですね。我妻と一緒にいるという意味をあの人は理解しているのでしょうか……まあ、いずれ分かることになるでしょう」
喜助は紙を丸めてくず籠に入れ、中断していた掃除を再開する。窓をあけると雲1つない快晴から吹き込んだ爽やかな風が少し思い部屋の空気を綺麗に洗い流していった。
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