北領土編
第5話 傾国を探して
「はあ~~」
「でかいため息だな」
「だって!自分の騎士証見せてあんなことしたんですよ!?・・・はあ~~もう本部になんて戻れませんよ」
国境を越え、初めての景色を眺めながら沙羅は度々ため息をついていた。景色なんて楽しむ場合ではない。対して前を歩く勇斗は特に感情の変化を見せずスタスタと足を進めていた。関所では着けていた手枷もとっくに外されている。
関所にたどり着くまでに歩いてきた平原と似た景色が広がる北領土の平原をしばらく歩いていると沙羅のため息も徐々に減ってきていた。
「それにしても驚きました。まさか我妻さんが北国の人だったなんて」
「傾国は称号を与えられると国境を越える義務がある。俺のことを誰も知らない他国の土地で静かに暮らすこと。傾国を制御するにはそれが一番だと判断したらしいな」
「何で証書も持ってたんですか?国を出るなら返したりしないんですか?」
「返せと言われなかったから持ってただけだ。国境を越える手続きなんて誰もやったことがないからな。こうして役に立ったわけだし、結果としては持ってて正解だった」
傾国はそこに至る過程でほぼ確実に大衆に認知されることになってしまう。傾国に近づいてはならない。そのルールがあったとしてもそんな規格外な人間に興味を持って近づいてくる人間は山ほど居るし、良からぬことに利用しようという人間も存在するだろう。
それを封じるには国を移動するしかない。不干渉の誓いによりいくら一国で功績をあげようとそれが他国に認知されることはない。傾国を一般人に溶け込ませるのにまさに最適だったというわけだ。
そういった経緯で北国出身の勇斗が東国で生活することになったわけだ。
「それで、そろそろ聞かせてくれませんか?なんでこの国に来たのか」
「傾国に会いに来たんだ」
「傾国って・・・我妻さん以外にもいるんですか?」
「ああ、まあ俺とは全く違う人種だがな」
もう1人の傾国の存在に思わず沙羅の背筋が伸びる。
彼女にとって多大な代償を払って国境越えを敢行した意味があったと、そう思えた。目の前を歩く勇斗が全く傾国と呼ぶに足るような人間に見えないところからもその期待は高まっていた。
「それで、その人はどこにいるんですか?」
「知るか」
勇斗の足取りに迷いがないことからかなり期待していた沙羅だったが彼の足の先に傾国が居るかは定かではないようだ。呆気なく期待を裏切られ、一瞬刀の柄にかかった手を抑えて代わりに口を開く。
「それなら、今どこに向かってるんですか?」
「一番近い村だ。そこで改めて準備してそれからは色々と探る予定だ」
「……それなら、まあ」
沙羅の怒りは勇斗の平常心であっという間に冷やされた。どこに行こうと彼女は今や立派な脱国人の犯罪者だ。
勇斗の語る計画は粗末以外の何物でもないが犯罪者の身分で進む道としては贅沢なものだ。
「村に入ったら馬車を使える。まあ日が暮れるまでは歩きだろうから頑張れ」
「……それだけは信じさせてくださいね」
国が変わっても変わらないことも当然ある。関所から最寄りの村まで異様に遠いこともまた同じだ。怒りを燃料に変えて沙羅は平原を歩き続けた。
…………
勇斗の見立て通り2人が村に着く頃には日は完全に落ちていた。沙羅の決心もむなしく数時間前に限界が訪れ、そこから村までは彼の背中の上で時を過ごしていた。
「あの、ありがとうございました」
「別にいい。丁度いい時間だしな」
「どういうことですか?」
「お前の格好は目につく。だから人目の少ない夜で、なおかつ服を調達できる程度の時間がベストだ。それが今だ」
沙羅の服装は変わらず騎士の制服、それもこことは別領土のものだ。しかし脱国人の受け渡しを演じるためには旅行者のような荷物を持っていくことも出来ない。彼の作戦では服は現地調達するしかない。
「取り敢えず俺が服を探してくる」
「あの、わたしは?」
「そこで待ってろ。自分で選ぶのは明日だ」
「……わかりました」
勇斗は指で村の入口付近の木陰を指示すると村の中へと消えていった。彼を見送ると沙羅も言われた通り木陰に移動して腰を下ろした。
「なんでこんなことになっちゃったんだろ」
月が綺麗な夜だ。北国の夜風は少し肌寒いが、それが別の国に来たことを沙羅に実感させているようだった。
まだ勇斗と出会って2日だというのにあまりに色々なことがあった。
全てが平凡なはずだった。騎士として街の見回りに出かけたり、迷子の動物を探して走り回ったり、先輩のパシリに使われたり、剣の稽古をしたり、そんな平凡な日常だった。
そんな沙羅は今では脱国人となり、傾国と呼ばれる人間と共に世界で起きている何かを調査している。そんなこと話して誰が信じてくれるだろうか。
自分ですら実感が湧いていない現実に沙羅は大きく息を吐いた。
「私、これからどうなっちゃうんだろ」
「それはお前次第だな」
「ひゃあ!」
漏れ出る沙羅の独り言に返事が聞こえて沙羅は変な声を上げて飛び上がる。慌てて振り替えるとそこには右手に袋をぶら下げた勇斗が立っていた。
目があった。勇斗は袋を沙羅に渡す。
「どうなっちゃうかは知らないが、どうしていくかは決めただろう?ほら」
「……ありがとうございます」
袋の中にはコートが入っていた。シンプルなベージュのそれはチョイスとしては非常に無難である。
沙羅は袋に手をいれてトレンチコートを引っ張り出す。異様に速く帰ってとは思えないほど素材はしっかりしており、防寒は完璧であり尚且つ動きにくさもない。
似合っているからか、それとも騎士服がすっぽりと隠れていることに対してか、コートを羽織った沙羅を見て勇斗は「よし」とどちらとも取れるような短い言葉だけ残して再び村の方へ向きを変える。
「宿もみつけといた。今日はそこで泊まろう」
「はい。そういえばお金は大丈夫なんですか?」
「傾国は金は持ってる。今が使いどころだから遠慮せず欲しいものは言えよ」
「……はあ」
得意げに話す勇斗に沙羅は苦笑いしか出来なかった。取り敢えず彼と居ればこの国でも衣食住にはそう簡単には困りそうにはない。初めての夜を地面の上で過ごした時と比べればはるかに心にゆとりが出来たのを沙羅は感じていた。
「数日ゆっくりとこの村を散策して情報を集める。次村を出るまでにその足は何とかしておけよ」
「はい、すみません」
宿で受付を済ませ、2つ受け取った鍵の片方を渡しながら勇斗は疲労でかすかに震えている沙羅の足を見ながらそう言う。
コートでかなり隠れているがそれでも分かるほどだったのだろう。対して勇斗は最後の数時間沙羅を背負って歩いていたにも関わらず平然とした様子だ。
この人も中身はすごい人なんだな。小さいが勇斗の傾国としての片鱗を見た沙羅は彼と別れて部屋に入る。しかしいくらすごい人だといっても今は彼女も一緒に行動する仲間?なのだ。助けられっ放しというわけにはいかない。
1日ぶりのベッドで羽を伸ばし、深い眠りの片隅で沙羅はそう決心した。
超凡人騎士と3人の傾国が影で世界を救う Barufalia @barufalia
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