第2話 バットと刀
黒沼久兵衛の前に地元で名の知れたエースが立ちはだかった。
「練習相手が欲しかった。俺の球を打ってみろ!」
久兵衛はその挑発に乗り、打席に入った。
「偉そうに言いやがって、とっととかかってこい!」
男は大きく振りかぶり、足を高く突き上げると、腕を思いっきり回して球を久兵衛に向けて投げた。球は目にも止まらぬ速さで飛んできたが、久兵衛は素早く反応し、力強くバットを振り抜いた。
バンッ!
球は久兵衛の後ろへ飛んでいった。彼はすぐにバットに刻まれた目盛りを確認したが、数値は「一」のままだった。どうやら、前に飛ばさない限り目盛りは増えないらしい。
「やるじゃねえか!刀の名手、黒沼久兵衛に力で勝つとはな。」
「お前こそ、なかなかの腕だ。だが、次の球は打てるか?」
男は再び投球モーションに入った。今度は、大きく縦に曲がる球だった。久兵衛は驚いて一瞬の遅れを取り戻そうとしたが、空振りした。
「曲がる球だと? これは驚いた。しかし、次は打つ!」
男は無言で三球目を投げた。初球と似たような軌道だったので、久兵衛は「今度こそ!」と自信を持ってバットを振った。しかし、球は直前で沈み、久兵衛はまたしても空振りをしてしまった。三球三振。目も当てられない結果だった。
「なんだ、期待外れだな。もっとできると思っていたが、がっかりだ。」
エースは鼻で笑い、去っていった。
「なんだと!」
久兵衛は怒り心頭だったが、そこへ若者が近寄ってきた。
「すごいスイングだね。君は久兵衛っていうの?俺はカケル、よろしく。」
カケルと名乗る若者は、親しげに久兵衛に話しかけた。久兵衛は目の前の状況を理解するため、カケルに次々と質問を浴びせた。
「なぜお前はそんな奇妙な格好をしている?ここは本当に未来なのか?今は何年だ?」
「えーっと、2019年だよ。」
久兵衛は目を見開いた。
「なんと!? 慶長はあと2000年も続くのか!」
「いやいや、2019年って西暦だよ。君がいたのは1600年ごろの話でしょ?つまり、400年くらい経ってるんだよ。」
久兵衛はついに自分が未来にいることを理解した。だが、師匠が彼に400年後で修行させる意図が何なのかはわからない。
「まぁ、詳しいことは後にして、うってつけの場所があるんだ。ついてきて!」
---
久兵衛はカケルに導かれ、街中を歩いていた。見慣れぬ建物や服装、話し言葉に圧倒されつつも、彼は無言でついて行った。
「ここだよ、バッティングセンター。ここなら、君も心置きなく球を打てるよ。」
カケルが指さしたのは、巨大な看板が掲げられた建物だった。中に入ると、耳をつんざくような打球音が響き渡っていた。鋭い金属音、力強いスイングの音、人々がボールを打つ光景は、久兵衛には未来の戦場のように見えた。
「ここで、好きなだけ練習できるんだ。未来の剣術みたいなもんさ。」
カケルはチケットを買い、久兵衛に渡した。
「これを使って打席に立てば、機械がボールを投げてくれるんだ。まずはやってみなよ。」
久兵衛はそのチケットを手にし、打席に立った。彼の目の前に立ちはだかるのは、未知の機械だったが、彼は一度深呼吸をして、構えた。
「よし、やってやろう。」
彼の手にはバットが握られていたが、その感触は刀と似ても似つかぬものだった。しかし、長年の修行によって培われた感覚は、彼を支えていた。
――ビュン!
一球目が放たれた。久兵衛の目の前を、ものすごい速さで球が通り過ぎた。バットを振ろうとしたが、すでに球はキャッチャーネットに収まっていた。
「なんと、速すぎる!」
「まだまだ!次も来るぞ、しっかり見極めろ!」
カケルの言葉に励まされ、久兵衛は再び構えを取った。二球目が放たれ、久兵衛はバットを振り下ろした。
バンッ!
金属音が響き、球は勢いよく飛んでいった。久兵衛はその感触に驚き、同時に満足感が広がった。
「やったぞ、カケル!この球を斬った!」
「すごい!その調子で、もっと打ち込んでみな!」
カケルの言葉に勇気を得た久兵衛は、次々に球を打ち返した。そのたびにバットに刻まれた目盛りを確認すると、「二」に増えていた。
「少なくとも、あと三つか。だが必ず斬ってみせる!」
久兵衛の闘志は再び燃え上がった。未来の試練に打ち勝つべく、彼は更なる一振りを決意するのだった。
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