刀の名手久兵衛
にゃーQ
第1話 修行の始まり
夕日が西の山々に沈み、薄暮が町を包み始める頃、仙台藩の片隅を一人の男が歩いていた。名は黒沼久兵衛。かつて足軽として名を馳せ、刀の腕前は師範からも一目置かれる存在であったが、今はその栄光も過去のもの。戦は終わり、藩内も平和が続く中で、久兵衛には職がなく、日々の時間を持て余していた。
「刀の腕は衰えていないが、使い道がないな・・・」
独り言を呟きながら、久兵衛は足を止め、懐かしい師匠の道場を見上げた。道場の門は閉ざされているが、師匠の鋭い目がその向こうから彼を見つめているような気がした。考え込む間もなく、門が音もなく開いた。
「久兵衛か。久しいな」
重々しい声が門の奥から響いた。現れたのは、長年彼に剣を教えた剣の達人、天野清助。白髪交じりの髪と、年老いても衰えを知らぬ鋭い眼差し。久兵衛は一礼して、久々に師匠の前に立った。
「師匠聞いてくださいよ、あちこち職を探しているのですが、刀を使う職が見つからないのです。おまけに伊達のお殿様は天守閣がなく立派でもない城の築城と大御所様に頭を下げてばかりのせいで藩の財政は苦しくなっているそうです。今の時代に必要なのはやはり戦ですよ!」
久兵衛はそう愚痴をこぼしつつ刀を振った。
「お前は戦をするのにどれだけ費用がかかると思っているのだ。それよりお前の刀さばきが鈍るのを見過ごすわけにはいかん。暇ならお前に修行を命じる。」
久兵衛は顔を上げ、目を見開いた。久々の使命感が胸を熱くする。
「修行ですか?」
「そうだ。だが、ただの修行ではない。これからお前に課すのは、未来を見据えた試練だ。」
清助は謎めいた微笑みを浮かべながら、久兵衛に一振りの刀を差し出した。その刀は久兵衛のものと見紛うほどの出来映えだが、何か異質なものを感じさせる。
「この刀を持って、あるものを斬ってこい。五つ、だ。」
「五つ、ですか・・・」
何を斬るのか、久兵衛は問うことができなかった。ただ、師の言葉には逆らえず、刀を受け取り、深々と頭を下げた。次の瞬間、清助が軽く頷くと、久兵衛の視界は突然の光に包まれた。
まばゆい光に目を閉じ、次に目を開けると、彼は全く見知らぬ場所に立っていた。周囲を見渡すと、目の前には草原も山もなく、石造りの道と鉄の巨塔が天高くそびえ立つ奇妙な町並みが広がっている。
「ここは・・・?」
混乱する久兵衛は、すぐに刀に手をかけた。何が起こるか分からない状況で、まずは武器を確かめるのが常だ。しかし、刀を鞘から抜いた瞬間、目に飛び込んできたのは、まったく別の物体だった。
「何だこれは!」
刀だと思っていたものは、握りが長く、刃はなく、代わりに丸みを帯びた棒のような形状になっていた。バット、と呼ばれるものであったが、当時の久兵衛にはその名も用途も分からない。ただの木の棒にしか見えなかった。
「師匠・・・これはどういうことだ・・・」
頭を抱えながら、彼はふと耳を澄ました。遠くから声が聞こえる。人々のざわめきと共に、何かを打つ音が次第に近づいてきた。
音の方へ足を向けると、広場のような場所に人々が集まり、何かを熱心に見守っているのが見えた。人垣の隙間から覗き込むと、そこでは男たちが大きな棒を振り、遠くに投げられた玉を打ち返しているのだった。久兵衛はしばし呆然と立ち尽くしたが、次第にその光景が彼の心を掴んだ。
「あれは・・・斬るのか?」
彼は無意識のうちに、自らのバットを構え、広場の端に立っていた。その時、声を掛けてきたのは一人の若者だった。
「おい、そこの君!初めて見る顔だね。バッターやる気なの?」
「ばったぁ・・・?」
言葉の意味は分からなかったが、何か挑まれているような気がして、久兵衛は黙って頷いた。若者は笑みを浮かべ、久兵衛にボールを渡した。
「まずはこれを打ってみろ。」
受け取ったボールを眺め、久兵衛は改めて自分が置かれた状況を理解し始めた。これはただの試合ではない。このボールを打つことが、自らに課された試練の一つであると直感した。
「斬るものが、これか・・・」
彼は静かに息を整え、バットを握りしめた。若者が軽く投げたボールが久兵衛の目の前に飛んできた瞬間、彼の体が自然に反応した。バットでボールを地面に向けて叩きつけた。
「違うよ、ボールの正面に立つんじゃなくて横に立つ。あとボールは叩きつけんじゃなくて遠くに飛ばすんだよ。」
久兵衛は若者にそう教わると、再び若者はボールを投げた。バットを大きく振り、ボールを捉える音が響いた。
ガキンッ!
その瞬間、目の前の光景が一瞬にして変わり、彼の持つバットに刻まれた目盛りが一つ増えた。
「なんだ⁉︎これは・・・一つ目、か」
まだ状況は飲み込めないが、師匠の言葉が頭をよぎる。五つのものを斬れ――それが、この「球を打ち返す」という未来の試練に違いない。久兵衛は再びバットを握りしめ、広場に立つ。
「次は・・・誰が来る?」
その言葉に応えるかのように、周囲の観衆がざわつき始めた。次に彼の前に現れたのは、地元で名高い投手であり、その肩は「鉄砲肩」と称されるほど強靭な男だった。彼の名はまだ知らぬが、その威圧感から一目で只者ではないと感じ取った。
「次の一球・・・」
久兵衛は、己の修行の道が始まったことを実感しつつ、未来の剣士として新たな挑戦に挑む覚悟を決めた。
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