第4話 刀
久兵衛は、一心不乱に素振りを繰り返していた。バットを振る度に、少しずつ修行の本当の意味が心に染み込んでくるようだった。最初はただ球を斬ることが目的だったが、今ではそれが本質ではないことを悟り始めていた。未来での修行とは、己の心を磨き直すためのものだったのだ。過去の自分は、不都合なことをすべて他人のせいにしていた。しかし、それでは何も解決しない。相手がいるからこそ、自分の力が試される。だからこそ、目の前のことに正面から向き合い、自分にできることを全力でやる。それが大切なのだと久兵衛は思い至った。
すると、昨日対戦した男が再び広場に現れた。彼の顔つきは、昨日よりもさらに引き締まっていた。男は無言でマウンドに向かい、久兵衛も静かに打席に入った。二人は昨日の対戦とはまるで別人のように見えた。
男は一球目を全力で投げた。久兵衛は特訓で培った技術を思い出し、バットを振り抜いた。
カキンッ!
打球は高く遠く飛んでいった。それを見たカケルとその父は驚きを隠せなかった。久兵衛がバットを見ると、刻まれた目盛りは「四」になっていた。あと一つで修行が完了する。
「やるな。だが、これでは納得できん!」
男はそう言うと、すぐに二球目を放った。今度の球は大きく横に逃げていく変化球だ。久兵衛は球の軌道を冷静に見極め、バットを振るのを堪えて見送った。
男は久兵衛の成長を感じ、しばし考えた後、三球目を投げた。今までに見たことのない豪速球だった。久兵衛はその速さに一瞬ひるんだが、かろうじてバットに当てた。しかし、鈍い音とともに打球は後方へ飛び、バットは真っ二つに折れてしまった。
「我が刀が・・・。」
久兵衛は呆然とし、その場に膝をついた。かつて刀を折られたことなど一度もなかった久兵衛にとって、この出来事は大きなショックだった。修行への自信が揺らいだ瞬間だった。
その様子を見ていたカケルは、久兵衛に歩み寄り、新しいバットを差し出した。
「久兵衛、これを使って。諦めるわけにはいかないでしょ?最後の一球だよ、ここで立ち上がらなきゃ修行の意味がないじゃん。」
カケルの言葉に励まされた久兵衛は、決意を新たにし、新しいバットを片手に打席に立ち直った。
男は再び力強く振りかぶり、最後の球を投げた。久兵衛は一呼吸置き、今までで最も強い意志を込めてバットを振り抜いた。打球は男の頭上を超え、これまでにない高く美しい放物線を描きながら遠くへと飛んでいった。
カケルたちは歓声を上げ、久兵衛も笑顔を浮かべた。しかし、男は俯き、一人静かに打球を拾いに歩いていった。
久兵衛はカケルにバットを返し、折れたバットを手に取った。そして目を凝らすと、刻まれた目盛りは「五」になっていた。これで修行は完了した。しかしその瞬間、周囲が眩しい光に包まれ、久兵衛の姿は消えた。
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久兵衛が目を開けると、そこは元の時代だった。手にしていたバットは、再び立派な一本の刀に戻っていた。無事に元の時代へ戻れたことは嬉しかったが、カケルたちに感謝を伝えられなかったことが心残りだった。
気がつくと、久兵衛の足は師匠の道場へと向かっていた。道場に着くと、師匠の清助が出迎えてくれた。
「修行は終わったか?お前は何を学んできた?」
久兵衛は清助に、学んだことを語り始めた。
「はい、私はこれまで何もかも他人のせいにしてきました。しかし、相手がいることで自分が試されると知りました。これからは自ら行動し、自分の居場所を探します。そして、未来では球を斬るのではなく、打ち返すことを学びました。」
「なに⁉︎球を斬るだと? お前、本当に修行してきたのか?どれ、素振りをしてみろ。」
久兵衛は言われた通り、刀を抜き、バットを振るように刀を振った。
「なんだそれは! 舐めとんのか!」
慌てて久兵衛は、刀をしっかりと構え直し、豪快に振り下ろした。修行の成果を活かし、確実な動きで刀を振る姿に、師匠は満足そうに頷いた。
「うむ、前より上達しておるな。それより、お前にいい話がある。聞いておけ。」
久兵衛は刀を納め、師匠の話に耳を傾けた。
「実は近々大坂で戦が起こるかもしれぬ。徳川方に伊達家が加勢するということだ。そこで足軽が必要だという。お前もどうだ?」
久兵衛は迷わず承諾した。刀の腕を試す場所をようやく見つけたのだ。
道場を後にし、久兵衛は腰の刀を抜いて確認した。刃の根元にかすかに刻まれた変色があり、それが彼にとって修行の証であった。久兵衛は刀をしまい、道場の門をくぐり抜けて歩き出した。
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