第11話 初めてのお菓子作り

嵐が過ぎ去ったかのように、リビングは一気に静けさに包まれた。

さっきの、エーベルハルトの話は衝撃的だったが、これから生活していく上で、重要な話だったと思う。それにーー。


「あの、アウラさん。一つ聞いてもいいですか?」

「なあに?」

「アウラさんは、趣味ってどうやって見つけたんですか?…正直、今やりたいこととか全く出てこなくって…。このままだと俺もダメ人間コース待ったなしです!…それだけじゃなくて、自分でもこのまま無為に一年を過ごすのは辛いっていうか…。」

「…そうね。私は、とりあえずちょっとでも興味を持ったことは全部やってみたわ。元々料理も、嫌いじゃないくらいだったんだけど、異国の料理を作ったりするのが楽しくて、その時初めて料理が好きだって思えたの。刺繍もちょっとやってみようかなって、軽い気持ちでやったら、はまってしまったわ。」

「なんでも、やってみる…。」

「ええ。そんなに難しく考えなくていいのよ。ちょっといいなとか、これができたらかっこいいなとか。きっかけなんて、そんなものでいいのよ。」

「でもそれで、できなかったり、思ったよりも楽しくなかったら、どうするんですか?」

「その時は、自分の好きじゃないこと、嫌いなことを見つけることができた、ということよ。」

「嫌いなこと…?」

「全てを好きになる必要なんてないわ。私も、色々試してみて、はまらなかったものも、いくつもあったわ。でも、そうしてなんでも挑戦してみることで、自分の好きなこと、嫌いなこと、苦手なことを知ることができたの。だから、たとえ好きになれなかったとしても、無駄にはならないわ。」


ふわりと微笑んだアウラさんの笑顔とその言葉が、胸に染み渡った。確かに今まで、何か様になるもの、無駄にならないものを見つけなくては、と難しく考えていたような気がする。胸に重くのしかかっていたものが、少し軽くなった気がした。


「そうだわ!」


アウラさんが、急に声をあげた。


「今から、お菓子を作らない?ちょうどレミーの実を収穫したところなの。どうかしら?一緒にやってみない?」

「え、お菓子ですか…!?僕、料理もほとんどしたことなくって。元の世界でも、お湯を注いでできる簡単なものとか、温めるだけのものしかやったことないですし…。お菓子なんて作ったこともないので…」

「私も一緒にやるから大丈夫よ。それに、できる、できないじゃなくて、嫌か嫌じゃないかで決めてみて。」

「嫌か嫌じゃないか…」

「想像してみて。お菓子を作るところ。どう?嫌な気分になる?絶対そんなことしたくないって思うかしら?」

「…いえ。上手くできるところは想像できないですけど…。別に、絶対嫌だとか、そんなことは思わないです。」

「じゃあ、やってみましょう!嫌じゃないなら、やってみる。それが第一歩よ!」


そう言ってアウラさんは立ち上がり、キッチンに向かって行った。


「ほら、ソータ。早く来て!」


こんな簡単に、始められるものなのだろうか。急な展開に戸惑いはするものの、嫌な気持ちにはならなかった。それが答えなのだろうと思い、椅子から腰を上げたのだった。


◇◇◇


「それじゃあ、今日は簡単なパウンドケーキを作るわよ。」

「パウンドケーキですか!?ケーキって難しいんじゃないんですか?」

「そんなことないわ。普通のケーキだとちょっとコツがいるけど、パウンドケーキは混ぜて焼くだけだから。」

「…そうなんですか?」


半信半疑に思いながら、アウラさんの言うとおりに、必要な材料を準備する。


「まず、お砂糖と薄力粉、バターを計ってくれる?」

「はい。」


アウラさんに言われた通り、赤色の計量器に材料を入れていく。これはただ測るだけなので簡単だ。


「次に、今日の主役のレミーの実ね。ちょっと酸味があるんだけど、ケーキに入れるとさっぱり、爽やかになるから、夏にピッタリよ。」


そう言うアウラさんの右手には、元の世界のレモンにそっくりな果物が一つあった。


「これを、半分に切ってくれる?」

「俺が切るんですか?」

「ええ。ほら、やってみて。」

「…はい。」


恐る恐る包丁を握る。包丁を触るのなんて、何年ぶりだろうか。別に料理は嫌いではないが、時間がかかるので面倒臭く、買った方が早いため、何年も作っていなかった。一応、授業で作ったりもしていたので、基本の使い方は分かっているつもりだ。


左手を添えて、包丁を実の真ん中に当てて、そのままストンと下に下ろす。


「いいわね。じゃあ、こっちの半分を輪切りにしてくれるかしら?」

「…分かりました。」


ーー輪切り…。こうか…?


「完璧よ。じゃあそれをこのお皿に入れて。上から、花蜜を大さじ1かけてちょうだい。」

「…かみつ?」

「花の蜜を集めたものよ。少しクセがあるけど、レミーの実と相性抜群なのよ。」


ーーハチミツみたいなものだろうか?


そう思いながら、ビンに入った蜜をすくい、レミーの上にかける。


「じゃあ、残りの半分は絞りましょう。」


アウラさんは、元の世界でもよく見る、レモンを絞るやつを持ってきた。それに、半分に切ったレモンをのせてねじり、汁を絞る。


「それくらいでいいわ。これで準備完了よ。あとは材料を混ぜるだけね。」

「え、これだけなんですか?」

「ええ、簡単でしょ?このボールに、材料を順番に入れていくわよ。」


まずバターを入れ、クリーム状になるまで混ぜる。混ざったら砂糖を入れて白っぽくなるまでまた混ぜる。レミーの果汁を入れ、二つ分の溶き卵を少しづつ加える。ここに薄力粉と、ふっくらさせるために必要だという、ふくらし粉というのをふるいながら入れる。木べらに持ち替えて、切るように混ぜる。


アウラさんに言われるがまま、材料を入れては混ぜるを繰り返す。


「型に流し入れて、上から花蜜に漬けたレミーの実を飾る。いいわね。じゃあ、あらかじめ温めておいたオーブンに入れる。40分くらい焼いて完成よ!」

「えっ、これで終わりですか!?」

「ええ。言ったでしょう?簡単だって。さあ、焼けるまで待ちましょう。」


10分ほどすると、オーブンからいい香りが立ち始めた。そわそわと落ち着きなく動き回っていると、カイから、鬱陶しいと言わんばかりにアタックされてしまった。

それを軽く流して待つこと40分。


完成したパウンドケーキは、上に乗ったレミーの実がツヤツヤして、見た目からして美味しそうだった。少し粗熱を取ってから小さくカットし、お皿に載せる。隣では、アウラさんがお湯を沸かしてお茶を入れてくれていた。


「…いただきます。」


緊張した面持ちでフォークを手に持ち、まずは一口。


「美味しい…!」

「うふふ。本当に、美味しいわ!ソータは料理上手ね!」


アウラさんも美味しそうに食べてくれている。足元のカピバラもどきも、もそもそと食べ進めており、特にいつもと変わりはなさそうだ。


ーーお菓子って、こんな簡単にできるんだ。


思った以上に簡単に、しかも美味しくできたとあって、何だか拍子抜けがしたが、でもそれ以上に、妙な満足感があった。自分の作ったものを、美味しいと食べてもらうというのは、今まで味わったことのないような高揚感を感じた。アウラさんが、喜んでもらうのが嬉しくて、人に尽くしてしまうというのも、分かるような気もした。


「ソータ、作ってみてどうだった?またやってみたい?」

「…はい。なんか、思ったより簡単だったので…。次はもっとすごいものを作ってみたいです。」

「うふふ、いいじゃない。キッチンはいつでも使っていいからね?」

「あ、ありがとうございます!」

「あと、料理の本もいくつかあるから、あとで見てみる?…文字が読めるか分からないけど、挿絵が多いから、それだけでも楽しめると思うわ。」

「見てみたいです!ありがとうございます!」


今まで、やりたいことを必死に考えていたが、そんなに難しく考える必要などなかったのだ。まずはやってみる、それだけでいい。


今まで悩んできたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、初めて作ったパウンドケーキは、甘酸っぱさがクセになるくらい美味しかった。

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甘やかし系魔女アウラさんと過ごした1年〜美人魔女に癒された社畜は、異世界で自分の趣味を探します〜 @noemi9

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