最終話 レベッカと後日談

 港にあった掃除用具とジェームズ達の魔法を駆使し、小一時間ほどで魔法陣を消すことができた。

 倉庫街に、闇の儀式が行われようとしていた形跡は一切ない。


 そして──。



「途中でやめたとはいえ、俺はとんでもないことをしようとしていた。そのけじめをつけないといけない。だから俺は……自分の弱く未熟な心をいましめるためにも、修行の旅に出る」


 全てが片付いた後、ジェームズがその場の全員に向かってそう宣言した。


「……そっか。じゃあ、わたしも覚悟決めるわ。お母さんと向き合って、あんたとのこととか……ちゃんと話し合うてみる」


 アンジェラはジェームズの両手を取り、真っ直ぐに彼の目を見つめた。


「アンジェラ……」


「もう、お母さんにあれこれ文句は言わせへん。もし納得してもらえんようなら……家を出て、一人で暮らす。わたしもそろそろ『お嬢様』を卒業してもええころや」


 ジェームズはアンジェラの手をしっかりと握り返した。


「待っていてくれ、アンジェラ。俺は必ず成長して、君を迎えに行く。強い魔法使いにはなれないかもしれないけど……正しい魔法使いになってみせる。世の中をより良い場所にできるような、そんな魔法使いに」


「はいはい、わかったわかった」


 レベッカが二人の会話に割って入った。ちなみに、彼女の口調はいつの間にか普段のものに戻っている。


「──二人とも立派よね。偉いわ。二人の仲が良いってことも十分わかった。もういいから、さっさと帰りましょう。普段だったらもうとっくに寝ている時間よ」


 いらついているように振る舞いながらも、実のところレベッカは達成感と喜びでいっぱいだった。


 だって、魔王復活を食い止めることができたのだから。


 これで騎士団は、予定通り慰安旅行へと出発できるだろう。


(エクベルト様が、お身体を休めることができる)


 その事実だけで、レベッカは幸せだった。


 とにもかくにも『魔王復活未遂事件』は無事解決し、翌朝レベッカは、温泉地へと出発する騎士団の姿をこっそりと見送ったのだった。



────────────────



 それから三日後の朝。


「レベッカさん、おはようございます」


 いつも通り朝の掃除をしていたレベッカの前に、見回り中のエクベルトが現れた。


「! エクベルト様……! おはようございます! 騎士団の慰安旅行から、お帰りになっていたんですね」


 エクベルトの姿を見たレベッカは、パアッと音が鳴るんじゃないかというくらいに顔を輝かせた。

 三日ぶりに会えたのも嬉しかったし、それより何より、エクベルトの顔色がとても良いのを確認できて、本当に嬉しかった。


 エクベルトの体調は万全の様子。きっと、温泉に入ってリフレッシュすることができたのだろう。


「はい、戻りました。今日からまた、リーベルメを守るという任務に全力を注ぎたいと思います」


 生真面目なエクベルトの態度に、レベッカは思わずほおを緩ませた。


(はあ〜やっぱり騎士のかがみ。素敵! 尊い!)


 魔王復活を阻止して本当に良かった。

 レベッカが改めて感慨にふけっていると、エクベルトが長方形の箱を差し出してきた。


「あの……レベッカさん。よかったら、これを受け取ってください。旅行先の温泉地で買ってきたお土産です」


「! えっ……!?」


 レベッカは目を丸くし、硬直した。


 綺麗な包装紙に包まれたその箱には、どうやらお饅頭まんじゅうが入っているようだ。

 包装紙には味のある字体で商品名が書かれているだけではなく、満月と思しきイラストも描かれていた。


 驚くレベッカを見て、エクベルトは気恥ずかしそうに言った。


「いつも街のことを気にかけてくださっているレベッカさんに、御礼がしたかったんです」


「! そ、そんな、受け取れませんよ! だって、わたしは……!」


 両手を振り回してあたふたするレベッカの横から、トマスがヒョイッと顔を出した。


「いやあ、違いますね。レベッカさんが気にかけているのは街のことじゃなくて──」


「!!」


 レベッカは素早くトマスの首根っこを掴むと、ずるずると彼を引きずっていった。

 そして話し声がエクベルトに聞こえないであろう位置まで来ると、トマスの耳元で低い声を出した。


「おいコラ、また余計なこと言おうとしてたやろ。あぁ?」


「す、すみません、すみません! 落ち着いてください! そんなことより、お土産受け取ったらいいじゃないですか! せっかく買ってきてくれたんですから!」


 レベッカはパッと手を離し、途端にモジモジとし始めた。


「駄目よ! だってわたしはあくまでこっそりひっそりとエクベルト様をお慕いしている一市民なのよ。掃除のことやらなんやらがエクベルト様にバレてしまったのはもう仕方のないことだけど、エクベルト様からお、お、お、贈り物をいただくなんて……! そんなの、許されないことだわ!」


「いやいやいや、そんな大騒ぎするようなことじゃないでしょう。あのお饅頭、温泉地で定番のお土産ですよ。どの店でも見かけるド定番。値段だって別に高いものじゃないし。『贈り物』なんて大袈裟な物じゃありませんよ。ただの、当たり障りのない御礼なんですから、照れる必要ないですって」


 冷静に意見するトマスを、レベッカはジトリとにらみつけた。


「……なんとなく腹の立つ言い方だけど、まあ、一理あるわね。それに、せっかくのご厚意なわけだし……受け取らないのは失礼よね」


 レベッカはトマスをその場に残し、エクベルトのもとに戻った。エクベルトは何がなんだかという表情で、心配そうにしている。


「すみません……お饅頭、苦手でしたか?」

 

「いえ! 違うんです! お土産をもらえるなんて思っていなかったので、驚いてしまっただけなんです! あの……わたし、とっても嬉しいです。受け取らせてください!」


 賞状でも受け取るかのような姿勢で、レベッカは両手を前に出した。


「よかった……じゃあ改めて、レベッカさん、いつもありがとうございます」


 エクベルトは安心した様子で微笑み、饅頭の入った箱をレベッカに渡した。


「どういたしまして……じゃなくて! こ、こちらこそ、お土産ありがとうございますっ!」


 レベッカはしっかりと箱を受け取り、礼を言った。ドギマギしながら見上げたエクベルトの顔はこちらの心が溶けてしまうくらい優しげで、その深く綺麗な瞳が自分を見つめているという信じがたい現実に、キャパオーバーで卒倒してしまいそうだった。



 レベッカにお土産を渡した後、エクベルトは見回りへと戻っていった。その背中を見送りながら、レベッカはうっとりと溜息をついた。


「……ああ、嬉しい……!」


「なんだ、やっぱりお土産もらって普通に嬉しいんじゃないですか……って、レベッカさん! そんなことしたら中のお饅頭が潰れちゃいますよ!」


 レベッカは饅頭の入った箱をギュッと胸に抱いていたのだ。それはもう、強い力で。


「えへへ……」


「レベッカさん! おーい!」


 トマスの制止もむなしく、夢心地のレベッカは饅頭の箱をきつく抱き締め続けた。

 果たして饅頭は原型を留めているのか。とは言え、たとえ潰れてしまったとしても、その饅頭はこれまで食べたことがないくらいに美味であることだろう。



「うち……幸せ者やなあ!!」



 朝のアスト地区に、レベッカの歓喜に満ちた声が響き渡る。



 というわけで、今日も明日も平和なリーベルメなのであった。

 


 めでたし、めでたし。


 

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一般市民は推しの騎士を休ませるため闇の儀式を食い止めたい! 胡麻桜 薫 @goma-zaku-12

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