第7話 レベッカと恋人達

 レベッカの怒りが港にとどろいた。


「都合良く考えすぎや! 魔王なんぞが復活したら、リーベルメだけじゃなくて世界中が大混乱になるんやぞ!? もちろん、アンジェラの暮らすロゼタルタもや!」


「うっ……!」


 ジェームズの顔が一気に青ざめた。


「そんなことになってみい! アンジェラのオカンに認めてもらうどころじゃないで!」


「ツッ……言われてみれば、確かに……!」


「確かにじゃあらへんがな! 考えりゃ分かることやろ! やっぱり、あんた阿呆やないかいっ!!」


 レベッカはどつきたいのを必死にこらえた。


 愕然がくぜんとしているジェームズと、憤慨するレベッカ。

 いまいち話が進みそうもない中、押し黙っていたアンジェラが静かに口を開いた。


「ジェームズ。魔王が復活して世界が大変なことになったら……もうあんたと、チオンモールにデートしに行くこともできんくなる。わたし、そんなの嫌や。あんたは、それでもええんか?」


「アンジェラ……俺だって、そんなのは嫌だ。でも、俺はこのままじゃ……!」


 ジェームズは追いつめられ、本気で葛藤している様子だ。

 その姿を見て、レベッカは大きな溜息をついた。



 この男は間違いなくアホだが、彼なりにアンジェラのことを大事に想っているのだろう。というか、大事に想っているからこそアホになっているのかもしれない。


 

 レベッカは深呼吸をしてから、ジェームズに向かってビシッと指を突きつけた。


「おい、よう聞け! 大切な人がおるんなら、世の中が無茶苦茶になるようなことしたらあかん。むしろ……世の中をより良い場所にするための、努力をするべきや。大切な人が、明日も笑顔で暮らしていけるようにな」


「レベッカさん……」


 迷いなく言い放ったレベッカを、トマスが感服しきった表情で見つめた。


「……」


 ジェームズは真一文字に口を結び、手元の巾着を見下ろした。それから、アンジェラの方を見つめた。


「ジェームズ……」


 アンジェラはすがるような面持ちで、ジェームズを見つめ返す。


「……」


 ジェームズは何かを決意したように頷き、それから、巾着を放り投げた。


 

 魔法陣の中心に向かって──ではなく、魔法陣の描かれていないまっさらな地面に向かって、だった。



 巾着が地面に落下するのを見届けてから、ジェームズは魔法陣へと手をかざし、何か呟いた。

 すると、魔法陣の中心で勢いよく燃えていた炎が、音もなく消えた。

 

「……俺の負けだな。悪かった。魔王復活の儀式なんてやめるよ」


 誰に言うでもなく、ジェームズがそう呟いた。


「! ジェームズ!」


 アンジェラがジェームズに駆け寄り、そのまま彼をぎゅっと抱きしめた。



「──レベッカの言う通り、あんたはホンマ阿呆や」


「アンジェラ……ごめんな」



 二人はしばし抱き合った後、照れくさそうに身体を離した。

 その光景を遠巻きに眺めながら、レベッカは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「あ〜あ、いちゃついとるわ。結局、二人の世界やん。人騒がせなカップルやで、全く」


「いやあ、一時はどうなることかと思いましたが、さすがレベッカさん! 無事、魔王復活を食い止めましたね!」


 トマスはひたいに浮かんでいた汗をぬぐいながら、しきりにレベッカを賞賛した。


「……まあ、一件落着ってことにしといたるか。正直あのジェームズっちゅう奴には、まだまだ文句言ってやりたいとこなんやけど……あんな風に二人が仲良うしとるとこ見せられると、怒る気も失せてくるわ」


 その時、地面に転がったままの巾着がレベッカの視線をとらえた。

 レベッカはツカツカとそちらに歩み寄ると、巾着を拾い上げ、おもむろに紐をほどいた。


「!!」


 巾着の中に入っている物を見たレベッカは、驚きのあまり大きな声を上げてしまった。


「なんやこれ! 何が入っとんのかと思ったら、季節のお野菜をカットしたやつの詰め合わせやん!」


 ジェームズがレベッカの方を振り向き、至って真剣な顔つきで言った。


「ああ、そうだ。儀式の説明書によると、焼き野菜が魔王の好物だったらしい。だから、野菜を焼いた匂いにつられて復活するんだろうな」


「そ、そうなん……まあ、なんでもええわ。これは……あんたが持ち帰って、シチューの具材にでもしいや。ところで──」


 レベッカは巾着をジェームズに手渡すと、拍子抜けしたような表情から一転して、厳しい表情を浮かべた。


「一件落着ってことにしてもええけど、このまま帰らすわけにはいかへん。の片付けは、きちっとやってもらうで」


 そう言って指差した先には、地面にべったりと描かれたままの魔法陣があった。


「……ああ、分かってる。ちゃんと魔法陣を消して、地面を元通りの状態に戻しておくさ」


 ジェームズは反論することもなく、素直に頷いた。そして、所在なげにしている手下二人の方を振り返った。


「ケビン、マーティン。付き合わせて悪かったな」


「「ジェームズさん……」」


 手下二人改めケビンとマーティンが、同時に顔を上げた。


「! なんや、あの二人まだおったんか。ていうか名前あったんやな」


「レベッカさん! 茶化しちゃ駄目ですよ! 話がいい感じにまとまりそうな雰囲気なんですから!」


 トマスはレベッカの服のそでを引っ張り、ジェームズ達をそっとしておくよううながした。


「ここから先は、俺一人で始末をつける。俺が魔法陣を消しておくから、お前達はもう家に帰ってくれ」


 ケビンとマーティンは顔を見合わせ、それから言葉を交わすことなく互いに頷き合った。


「いえ、俺達も残って手伝います!」


「魔法陣を描いたのはほとんど俺達ですし……最後まで付き合わせてください!」


「! そうか……二人とも、ありがとう」


 ジェームズは二人に向かって深く頭を下げた。



「……なあ、レベッカ」



 アンジェラが不意に声をかけてきたので、レベッカはきょとんと首を傾げた。


「? なんや」


「ごめんな。恋人に会いに来たってこと、あんたに黙ってて。えらい照れ臭くて……言えへんかった」


「ああ、そのことか。ええよ、別に」


 レベッカは優しく笑い、アンジェラの肩を軽く突っついた。


「──実を言うと、さっきあんたの彼氏をチャカで撃ってもうたし……おあいこってことにしといたる」


「は? チャカ!? 撃ってもうた!?」


「あはは、まあええやん! 一件落着なんやから!」


 困惑するアンジェラの肩を、レベッカはバンバンと叩いた。そして逃げるように彼女のそばを離れた。


「ちょ、レベッカ! わたしが着く前、何が起こったん!?」


「ジェームズ! うちも手伝ったるわ! 掃除は得意やからな!」



 それから、一同は力を合わせて魔法陣を消し、倉庫街を元通りの状態に戻したのだった。


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