第6話 レベッカと意外な展開

 リーダー格の男が高らかに宣言したその時、倉庫街にまたも闖入ちんにゅう者が現れた。



「ジェームズ! やめぇや!!」



 その場にいた全員が一斉に、駆け込んできた人物の方を見る。


 レベッカは目を丸くし、チャカを落としそうになるほど驚いた。


「ええっ! アンジェラ!?」


 現れたのは、ロゼタルタからやって来たレベッカの旧友、アンジェラだったのだ。

 アンジェラはレベッカには目もくれず、真剣な表情でリーダー格の男の方を見つめている。急いで走ってきたのか、息を切らし、ひたいには汗を浮かべていた。


 驚いているのはレベッカだけではない。

 リーダー格の男もレベッカと同じくらい──いや、レベッカよりも衝撃を受けていた。


「! アンジェラ! どうして君がここに!? 君はロゼタルタにいるはずだろう!?」


 男は巾着を握りしめたままの右手を下ろし、困惑げに声を上げた。


「ジェームズ! あんたに会うために、はるばるリーベルメまで来たんや!」


 アンジェラはズレてしまった眼鏡の位置を直しながら、必死に訴えた。


 見つめ合うアンジェラと、リーダー格の男、改めジェームズ。

 ハッと見開かれたジェームズの瞳は、心なしかさっきまでよりも光を宿しており、綺麗に見えた。


 ただならぬ雰囲気をかもし出す二人を前に、レベッカは解せぬという様子で眉根を寄せた。


「ちょ……二人は知り合いなん? ていうかアンジェラ、リーベルメに来たのは会うためやったんちゃうの!?」


「……ごめんな、レベッカ。もちろん、あんたにも会いたかったんやけど……メインの目的は、こっちやねん」


 アンジェラはバツが悪そうな顔をレベッカに向けつつ、ジェームズの方を指さした。



「──このジェームズは、わたしの……遠距離恋愛中の恋人や」



「「ええっ!?」」


 レベッカとトマスは二人同時に、驚きの声を上げた。ついでにレベッカは、チャカをポケットの中にそそくさと戻した。


「あんたとおしゃべりした後、わたしはリーベルメの街を一人で歩いてみた。あんたやジェームズが暮らしてる街がどんなところか、気になってたからな。それから……ジェームズ、あんたの家を訪ねたんや」


 アンジェラはジェームズの方に向き直り、両手を胸に当てた。


「アンジェラ……」


「だけど、あんたは留守にしてた。あんたの弟さんは家におったから、あんたがどこに行ったか聞いてみたら『兄さんは仲間と出かけていった。港がどうとか言っているのが聞こえた』って……そう言われたんや。それだけやない。弟さんは……あんたがここ最近、仲間とコソコソ『何かの準備』をしてたってことも、教えてくれたわ」


 ジェームズは不満げに頭を抱えた。


「……あいつ、余計なことを……」


「分かったれや。弟さんはあんたを心配してんねん。とにかくな……弟さんの話を聞いて、わたしは不安になってん。トマス君がレベッカに話してた、港で行われる魔王復活の儀式。ひょっとしたら、それの首謀者は……ジェームズ、あんたなんじゃないかってな。だから急いで駆けつけたんやけど、なんや……正解だったみたいやん」


「……」


 ジェームズはうつむき、黙り込んでしまった。罪悪感からなのか、アンジェラの真っ直ぐな視線に耐えられなくなったようだ。


「ジェームズ! なんでこんなことするん!? 魔王復活なんて……あんた、そんなこと企むような悪い奴とちゃうやろ!」


「アンジェラ……俺はただ、君を失いたくなくて……!」


「なんやそれ! どういう意味!?」


 夜の港はすっかり二人の世界と化していた。

 そこに割り込むように、レベッカがおずおずと手を挙げた。


「ちょ〜待って? 二人で盛り上がってるとこ申し訳ないんやけど……全然ついていけへん。どういうことなのか、もうちょい説明して?」


 その隣で、トマスもうんうんと頷いている。

 ジェームズの手下二人は事情を知っているのか知らないのか、ただ居心地悪そうに息を潜めていた。


 重い沈黙が流れた後、口を開いたのは意外にもジェームズだった。


「……俺は、ロゼタルタに住む親戚の家に滞在している時、アンジェラと出会ったんだ。俺達は意気投合して……そして、付き合うことになった。俺がリーベルメに帰った後も、手紙のやり取りをしながら交際を続けたんだ」


 ジェームズは項垂うなだれ、不意に悲壮感を漂わせた。


「──だけど二ヶ月前、アンジェラに会うため久しぶりにロゼタルタを訪れた時……アンジェラの母親に、ハッキリ言われたんだ。交際には反対する。二人が付き合うことは絶対に許さない、ってな」



 落ち込んでいるジェームズに同情的な視線を投げながら、レベッカはトマスにそっと耳打ちした。


「……実はアンジェラって、すっごいお嬢様やねん。うちの両親がやってる雑貨屋なんて目じゃないくらいデッカい商店やってる家の、一人娘」


「え、そうなんですか!?」


「そんでな、アンジェラのオカンはうるさい……もとい厳しい人で、娘の交友関係に何かと口を出してくんねん。うちもロゼタルタにいた時は、アンジェラのオカンからよう文句言われたわ」


「な、なるほど……」



 コソコソと言葉を交わす二人を無視し、ジェームズは話を続けた。


「アンジェラ。君の母親は『貴方のような三流魔法使いに娘と付き合う権利はない』って、そう言ったんだ。俺が……俺が、名高い『モグモグチャーッス魔法大学』に入学できなかったから、俺のことを将来性のない駄目な魔法使いだって思ってるんだ」


 アンジェラは切なそうに唇を噛み締め、ジェームズの方に一歩近づいた。


「ジェームズ……あんたはリーベルメに帰ってから、手紙の返事をくれんようになった。やから心配になって、リーベルメまで会いに来たんやけど……あんたが手紙を返さなくなったのは、やっぱり……わたしのお母さんが言ったことのせいやったんか」


 アンジェラの思い詰めたような暗い声を聞き、ジェームズは慌てて顔を上げた。


「アンジェラ、勘違いしないでくれ。君との交際を諦める気なんて俺には全くない! だけど……俺は決めたんだ。君の母親に認められるような、強い魔法使いになるって!」


 力強く言い放つジェームズ。

 その右手には、まだしっかりと巾着が握られていた。


「でも……なんでそれが、魔王復活の儀式に繋がるん? 訳分からんて!」


 アンジェラに問い詰められ、ジェームズは一瞬、視線を泳がせた。だが覚悟を決めた様子で、大きく息を吸った。



「……魔王を復活させれば、魔王は俺に感謝して、褒美をくれるはずだ。願い事だって叶えてくれるだろう。俺は……魔王に頼んで、魔力を高めてもらう。そして、もっと強い魔法使いになる。それが俺の『目的』だ!」



 倉庫街に沈黙が流れる。

 その静寂を、レベッカの大声が突き破った。



「……って、おかしいやろ!! いくらなんでも見通し甘すぎるで!!」



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